「アメとムチ」トヨタはこうしてメディアを飼い慣らしている
豊田章男社長「PV稼ぐなら私にもギャラを」発言のウラ- トヨタ自動車の豊田社長が記者会見でメディアに大胆な物言いで苦言した背景
- 従わない記者は会見に呼ばない…徹底した取材統制。株主のメディアに“恫喝”も
- 「番記者表彰制度」まで。豊田社長の意向にひれ伏す記者たちだが…
「私という有名人を使って、たとえばページビューを稼いだり、話題になったりしたいのなら私にもギャラをください」
こう啖呵を切ったのは、トヨタ自動車の豊田章男社長だ。9月9日、日本自動車工業会の会長として臨んだ記者会見で、前日の8日に一部メディアが豊田氏の自工会会長任期が2年延びて24年までになると報じたことに関する質問への回答として述べたものだ。
自工会会長2年延長報道に不快感
豊田氏はトヨタの人事も含めて、役員人事が事前にメディアに漏れることを非常に嫌う。かつてグループ企業である豊田自動織機の社長人事が新聞で先行報道されると、「サラリーマン人生が狂いますよ」と言って、それを変えたことがある。人事に限らず、発表前に出し抜こうとする記者と、会見や囲み取材で厳しい質問をする記者を嫌い、遠ざけ、出入り禁止に近い形にしている。今回の発言も冗談っぽく言いながらも、目が笑っておらず、かなり怒っていたと見られる。
自工会は「何も決まっていない」とコメントしているが、任期延長は、報じた時点では正しい情報だ。22年まで豊田氏が会長を務めた後は、次の会長はホンダから出す予定だったが、四輪事業の業績が芳しくないホンダ側が本業に集中するために引き続きトヨタに会長職をお願いしたため、豊田氏の任期が24年まで延びることになったのだ。
これは業界をちょっと取材すれば分かる話だ。それを書かれて、まるで憂さ晴らしのように記者会見で嫌味な回答をする豊田氏の「人間としての器」に疑問を感じてしまう。
トヨタのような日本を代表するグローバル企業はニュースの宝庫だ。中部地区だけに限らず九州や東北などに生産拠点を構え、多くのサプライヤー(下請け企業)もそうした地域に進出しており、トヨタの動きが地域経済に与える影響は大きい。
国内に限らず、世界に40万人近い雇用を抱え、常に独フォルクスワーゲンと世界販売トップの座を争っているトヨタの動きは世界の投資家ら多くの経済人が注目する。1995年の日米自動車協議では、水面下でトヨタが米国政府と交渉し、米国への投資を拡大することで制裁を回避した。米国や中国では時の権力者が常にトヨタの動きに注意を払っている。だから番記者はトヨタの一挙手一頭足を報じるのである。
こうしてメディアを萎縮させる
筆者もかつて朝日新聞記者時代に経済部豊田支局駐在として3年ほど「番記者」を務めた。フリーランスになって筆一本で飯が食えている一つの理由は、その時に得たノウハウや人脈を発展させながら今でも活用しているからである。私の話はさておき、豊田社長が前打ち記事を嫌うのは自由だが、それに合わせて今のトヨタは取材統制がかなり厳しい。率直に言うと、リーク以外の前打ちを書かない、厳しい質問をしないといった暗黙のルールを守らないと、記者会見や囲み取材に呼ばれなくなる。
呼ばれなくなる前に、まず豊田社長から「不審者が囲み取材になぜ来るのですか」とか、大声で「あっ不審者がいる」と大勢の前で指摘され、それを忖度した広報部が措置を取る流れだ。
「番記者」の多くは大手メディアに属するサラリーマン記者だ。豊田社長に嫌われ、取材のネットワークから外されると、取れる情報も取れなくなり、デスクら上司に叱られるので豊田社長の意向にひれ伏すしかない。
従わない「番記者」がいると、豊田社長が役員になる前に2度上司を務めた小林耕士代表取締役「番頭」か、長田准執行役員チームコミュニケーションオフィサーが突如、そのメディアの社長や編集局長を訪れ対応を迫る。ちなみに「番頭」は正式な肩書で名刺に刷り込んでいる。トヨタはテレビ朝日系の名古屋テレビなどのメディア株を保有している。トヨタが株主のメディアに対しては、「これ以上書くと株を売るぞ」と恫喝することすらある。
豊田社長は株主総会でもメディアへの怒りが爆発したことがある。昨年6月11日に開催された定時株主総会で、株主から出た「5000億円の利益予想はあてになるのか」という質問に対し、豊田社長はこう答えた。
「ロバを連れながら、夫婦二人が一緒に歩いていると、こう言われます。『ロバがいるのに乗らないのか?』と。また、ご主人がロバに乗って、奥様が歩いていると、こう言われるそうです。『威張った旦那だ』。今度は奥様がロバに乗って、ご主人が歩いていると、こう言われるそうです。『あの旦那さんは奥さんに頭が上がらない』。
そして夫婦揃ってロバに乗っていると、こう言われるそうです。『ロバがかわいそうだ』。要は『言論の自由』という名のもとに、何をやっても批判されるということだと思います。最近のメディアを見ておりますと『何がニュースか?は自分たちが決める』という傲慢さを感じずにはいられません」
番記者に「表彰制度」。第1号は…
トヨタがこうした対応を取っているので、表に出てくる今のトヨタ関連のニュースは単純な発表ものか、事前確認などによってトヨタのお墨付きを得たものか、やらせに近いものが多い。トヨタ関連のニュースがネットメディアに流れると、そのコメント欄にもヨイショが多いが、おそらくサクラによるものであろう。
一方で、豊田社長はすべてのメディアや「番記者」が嫌いなわけではない。気に入られた「番記者」が異動すると、頼んでもないのに次の担当企業の社長宛に豊田社長から「○〇君をよろしくお願いします」といったような直筆の手紙が送られることもある。
そして最近、豊田社長が始めたのが「番記者表彰制度」。批判せず、嫌がる質問もせずに任期を全うした「番記者」には感謝状が贈呈される。その第1号はあるブロック紙の女性記者だった。
当然ながら「番記者」の中には面従腹背の記者もいる。「担当を外れるときに、もし感謝状が出たらどうしよう。いい恥になる。こんなのをもらったら、後でこっそり破って捨てよう」といった声が出ているという。
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