コロナ禍と憲法:国民を守れるかは、法の整備と運用する人次第
緊急事態、実のある対応するには- 田上嘉一弁護士がコロナ1年を機に持論の緊急事態法制問題を再検証
- 3度の緊急事態、ワクチンの遅れなど法整備で追いつかない現実も
- 法整備は「万能薬」ではない。体制整備と法を運用する人の問題
国民の権利制限は然るべき法的根拠で
昨年私は、『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)という本を上梓し、その中の一章を割いて新型コロナウイルス対策を含めた緊急事態法制の不備という問題について論じた。
その内容をざっくりまとめるとこういうことだ。
日本では、戦前の憲法下における戒厳や緊急勅令に国家緊急権が悪用されたことへの反省がすぎるあまり、戦争やテロ、内乱のような政治性が強い緊急事態については、未だに法制度を設けることへの強いアレルギーが強く、特措法というツギハギばかりのパッチワークであり、緊急事態法制が体系だって整えられていない。
また、法の余白を多く認める英米法的な憲法と、明文によって詳細かつ具体的に権限を規定していく大陸法的な法律という特殊な法体系によって空白が生じてしまった結果、全体としてちぐはぐな状態になってしまっている。
立憲主義によって人権を保障するため、憲法そのものに緊急事態を創設し、それを受けて法律で正面から緊急事態に対処するための基本法を制定すべきである、といったような論調である。
現時点でもこうした考え自体はいささかも変わってはいない。何事もお上からの「察してくれ」と言わんばかりの自粛要請に国民が空気を読んで唯々諾々と従っているものの、それは「法の支配」ではない。いやしくも法治国家であるならば、国民の権利制限は然るべき法的根拠をもって行うべきであるからだ。
たとえば、日本では欧米のように人々の行動を直接の強制力をもって制限する都市封鎖(ロックダウン)を行うことができないという点は、これまでもたびたび指摘されてきたが、状況次第ではこうした措置を講じることが必要となることもあるだろう。諸外国にできて日本だけできないというのは理屈が通らない。
法制度だけでは感染を防げない
しかし、昨年の年明けから春にかけての新型コロナの狂騒から1年経ってみると、感染者数・死亡者数については、欧米などの諸外国と比較して文字通り桁が一つ違う。それにもかかわらず、実効性のない対策を続け、再びの感染者数増加、医療体制の逼迫という状況に追い込まれ、3度目の緊急事態宣言の発出を余儀なくされてしまった。
日本では小規模医療機関が分散して点在し、地域医療機関の連携も不十分であることが長らく指摘されている。結果として、コロナ患者用に確保されたのは全病床の0.87%と、英米などと比較して10分の1以下と極めて少なく、重症者用病床と医療人材のミスマッチも相まって感染者数が相対的に少ないものの医療体制が逼迫していることの一因となっている。
加えて、4月末時点でアメリカやイギリスなどでは40%から50%といったワクチンの接種率は、日本ではわずか1.8%にとどまっている。ワクチンの確保において大きく出遅れただけではなく、打ち手や接種会場の確保接種のロジスティクスにおいても混乱が見られる。
さらに、厚生労働省のスマートフォン向け接触アプリ「COCOA(ココア)」が3割のユーザーにおいて機能不全であったこと、そのココアと連携する感染者等情報把握・管理システム(HER-SYS)もフル稼働できていないという体たらくである。おまけに、国民には自粛をお願いしつつ、政治家や官僚は会食を続けているという有様だ。
昨年4月の緊急事態宣言時には、国民が一つとなって我慢してきたものの、それによって稼いだリードタイムを浪費して再度の感染拡大を招いてしまった挙げ句、政府や自治体の権限を強化し、人々の行動や商業活動を制限するような法制度を整備するといっても国民の理解は到底得られないだろう。
こうした現状は法改正によって解決できる類のものではない。緊急事態法制を整備したからといって、ワクチンや重傷者用病床・医療人材が確保でき、アプリやシステムが機能するようになるわけではないからである。
昨春、感染者の急増で医療が崩壊状態となった米ニューヨーク州では、州政府が知事令を出し、州内の全病院に病床の増設を指示した。各州の州法では、緊急事態での知事による強制的措置を可能としている。 さらにワクチン接種が進むことで、アメリカは日本より遥かに多い感染者数・死者数を出しながらも、2021年1~3月期のGDP速報値は前期比年率換算で6.4%の上昇となっている。
日本でも緊急事態宣言の発出をトリガーとして、国立大学病院をはじめとして医療機関における重症患者と中等・軽症患者の割り振りや役割分担について、国が司令塔となって指揮命令を行えるようにする法整備は必要であると考える。また病床確保は一次的には都道府県知事の責任であるが、国がもっと主体的に関与できる余地はないのかといったような国と地方との役割や責任についても整理が必要だろう。
行政の権限が及びにくい民間病院による病床の確保はなかなか進まない現状を鑑みても、有事の際における医療体制確保について、より強制力をもたせることについては検討の余地があろう。
プラグマチズム的視点で憲法・法律を使い倒せ
繰り返しになるが、自然災害や感染症、武力攻撃事態やテロといった緊急事態に対応するためには、軍隊や災害救助隊、感染症対策の専門家や集中治療専門医、病床などといった体制を用意する必要がある。
法制度はそのうちの一つに過ぎず、法制度があればそれだけで魔法のように緊急事態に対処できるわけではない。法整備は他の体制確保とあわせて行わなければ功を奏しない。
法律家がこういうことを言ってしまうと身も蓋もないかもしれないが、プラグマチズム(実用主義)的視点に立って考えれば、憲法も法律もそれ自体は崇め奉って飾っておくものでもなければ、それだけでどんな問題も解決できる万能薬でもない。
憲法・法律というものは、最終的には国民の人権を守るためのツールであり、システムにすぎない。それらを運用するのはあくまで人の行うことだ。だからこそ、我々は、こうした緊急事態においても、そのツールとしての憲法や法律をフルに活用して、目の前の課題に対処することが必要なのである。
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