自民党総裁選:自衛隊OBとして思う「有事に相応しい」リーダー像とは
「聴く力」以上に大事な「力」とは?- 自民党総裁選が注目を集めているが、コロナや尖閣など有事と言える状況
- 菅首相の五輪成功は賞賛だが、優秀な参謀が必ずしも有能な指揮官とは限らず
- 有事は人命を賭けた「決断」がリーダーに求められる。必要な「力」とは?
菅総理が任期の満了とともに辞任する意向を表明し、自民党の総裁選挙が世間の注目を集めている。誰が「コロナ禍で衆院選目前」という現下で火中の栗を拾うのか。自民党員または党友しか選挙には参加できないが、メディアを中心に様々な人が候補者に対する意見を述べており、これも多少は結果に影響を及ぼすことになるのだろう。

今回の総裁選は重要なターニングポイント
今回の総裁選挙は、わが国にとって重要なターニングポイントになる可能性があると筆者は考えている。というのも、5月27日の拙稿「“ワクチン敗戦”と河野前統幕長の憂い:危機意識なき国家の体質が露呈」でも述べたが、新型コロナによる世界的なパンデミックと国内の感染状況などに鑑みれば、まさに現在わが国は有事と捉えるべき状況にある。
新型コロナだけではない。北朝鮮は、弾道ミサイルに続いて長距離巡航ミサイルも実戦配備しようとしており、再び強硬路線に戻り軍事的挑発行動に出てくることが考えられる。また、南西地域においては、中国が「尖閣諸島での海警船舶の領海侵入」や「台湾周辺での海軍艦艇や戦闘機等による軍事的挑発行動」などを常態化させており、東シナ海周辺海域はすでに平時ではなく「グレーゾーン事態(平時と戦時の狭間)」にあると認識しなければならない。

このような状況下で、我が国のリーダーを選出するわけであるから、今回の選挙に参加する方々には、かかる情勢を十分に認識したうえで、これらの対応に相応しい総理を選出してもらいたい。このような観点から、この場をお借りして筆者も意見を述べさせていただきたいと思う。
菅総理は平時向きの首相
まず、この1年を振り返ると、僭越ながらやはり菅総理は有事のリーダーというタイプではなかったのだろうと感じる。5月27日の拙稿「“ワクチン敗戦”と河野前統幕長の憂い:危機意識なき国家の体質が露呈」でも述べたが、今回の辞任に至るきっかけとなった「コロナ対応のまずさ」がそれを顕著に表している。打つ手打つ手がすべて後手後手となり、危機管理としては完全に失敗したと言っても過言ではないだろう。しかし、だからといって、首相として失格であったというものではない。
都市部を中心に「緊急事態宣言」を出さざるを得ないような状況下においても、東京2020オリンピック・パラリンピックを曲がりなりにも成功させたことは称賛に値する。「批判はあるだろうが、東京でなければ、日本人でなければ、開催すらできなかった」と、東京での本大会開催に合わせて前大会の開催地であるブラジル・リオデジャネイロで行われた「聖火再点火式」において、エドゥアルド・パエス市長が述べたように、国際的な評価は極めて高い。国内においては、元々開催反対派であった人たちが本大会を貶(けな)すこと喧(かまびす)しいが、必ず歴史が「世界的なパンデミックの中で開催された東京2020オリンピック」を再評価してくれることであろう。これは、菅総理が愚直なまでに本五輪開催に執着した成果だと思う。
指揮官と参謀の違い
そもそも菅総理は、2012年12月から2020年9月まで8年近くも官房長官として第2次安倍政権(第2~4次安倍内閣)を支えた人物である。参謀(自衛隊では幕僚)としての能力は抜きんでていることは間違いない。しかし、優秀な参謀が必ずしも有能な指揮官となるとは限らない。これは軍隊においては常識である。特に、戦時(有事)においてはこれが顕著に表れる。
例えば、先般のアフガニスタンにおけるわが国の「在外邦人輸送(本来は、軍事作戦であるNEO:Non-combatant Evacuation Operations非戦闘員救出作戦)」の(結果的な)失敗は、何よりも自衛隊派遣の政治決断が遅かったことが最大の要因であると考えられる。
筆者は現役時代、防衛省の情報機関で本任務に携わっていた経験があるのでよく分かっているが、自衛隊はいつでも本オペレーションが発動されれば直ぐに行動開始できるよう各種準備を整えて待機している。ましてや、今回のアフガニスタンのような情勢ならば、事前にいつ何があってもおかしくないという情報を米軍から提供されていたに違いない。反政府武装勢力タリバンが首都ガブールを占拠した直後、米軍の要請を受けた時点で直ぐに自衛隊の派遣を決断していれば、韓国のように米軍の協力を得て(空港付近でのISILによる自爆テロ事件が発生する前に)退避を希望する邦人の空港までの輸送はほぼ完了し、この救出作戦は成功していたであろう。
過去2013年1月16日に発生したアルジェリア人質事件においては、アルジェリア軍が(事件を起こした)アルカイダ系の武装勢力を制圧した21日の翌22日の深夜には、初めて航空自衛隊の特別輸送機(政府専用機)が「在外邦人輸送」任務でアルジェリアに派遣され、現地邦人と戦闘で犠牲になった邦人のご遺体を救出した。(派遣に難色を示していた)防衛省を始めとする関係省庁を強引にまとめてこれを取り仕切ったのは、誰あらぬ当時の菅官房長官である。その後、1月25日には、本件に関して「在アルジェリア邦人に対するテロ事件の対応に関する検証委員会」が設置され、菅官房長官はこの委員長となって、「(テロや騒じょう事件との緊急事態に際し)在留邦人および在外日本企業の保護の在り方等」に関わる政府の対策を取りまとめた。
今回のアフガニスタンに関わる「邦人救出作戦」に関して政府が意思決定するに当たり、これ以上(本オペレーションを熟知している)適任の総理はいなかったはずである。にもかかわらず、結果は真逆となった。これが指揮官と参謀の違いなのである。

参謀は「頭」で、指揮官は「腹」で仕事をする
(特に有事の)指揮官に最も必要なのは、機を失さない決断力である。一方、参謀に最も必要なのは、指揮官の決断に必要な環境を整えることである。この環境とは、時機に応じたより多くの適切な判断材料の提供や、指揮官決断後これを速やかに行動に移すための各種準備などである。
誤解を恐れずに極論すれば、参謀は「頭」で仕事をし、指揮官は「腹」で仕事をするということである。事態が緊迫すればするほど、指揮官の肝っ玉が物を言う。
このような観点からすれば、今回の総裁選挙で立候補の決断が中々できなかったような方は、有事のリーダーとして適性を欠いているのではないかと思う。
有事のリーダーに必要な資質
有事の際など、リーダーは往々にして人の命が懸かる(自らの部下など国民の一部が犠牲になる)ような重要な決断をしなければならない場面がある。このような時、周りの参謀らは、息をのんで指揮官の決断を待つ。指揮官にとってこれは極めて孤独な瞬間だ。これが国のリーダーたる総理だとすれば、あらゆる国民が様々な手段を通じて総理の決断に傾注するだろう。つまり、総理の決断とその意図を知ろうとするということだ。そして、総理はこれを明確に伝える義務がある。この義務を果たしてこそ、国民も場合によっては「自らの犠牲も止む無し」と覚悟するのである。
ある候補者は、「今こそ、多くの国民の声を丁寧にしっかり聞き、政治のエネルギーに変える」という主旨を訴えておられたが、いかがなものであろう。国民の声に傾注することはもちろん大切なことではあるが、これは政治家すべてに必須の要素である。現在のように、国民に犠牲を強いるような場面で国民の声を聴いても多くの人は政府の決定に反対するであろう。この(有事の)ような際に、総理に必要なのは、「聴く力」ではなくて自らの決断をしっかりと伝えてより多くの国民を納得させるための「伝える力」なのではないだろうか。
メディアなどからのバッシングも恐れず、新型コロナ対策においては、「小さいリスクを許容してでもより大きなリスクを回避する」。安全保障政策においては、「彼の強大に委縮することなく、死活的な国益は命がけで守る覚悟を国民の心に育む」。との信念に基づき、責任を一気に背負ってこれを決断する胆力とこれを国民の心にしっかりと伝えられる器量と行動力のある総理を選出していただきたいと思う。
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