「台湾海峡有事シミュレーション」で露呈した日本の致命的弱点とは

米軍のアフガン介入にも言えること
2021年09月19日 06:00
地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員
  • 月刊「正論」の台湾海峡有事シミュレーションを評価も「絶望的」な問題とは?
  • 政策シミュレーションの危機や戦争は短期戦になりがちだが、歴史的現実は…
  • 根本的に日本社会が、法整備の面でも防衛力の面でも長期戦を想定しない問題

「根本的な欠陥は見落とされがちである」という、やや絶望的な話をしてみたい。

産経新聞社発行の月刊『正論』は、数年前までは主に党派的な論文が多く占められていた印象だが、喜ばしいことに、ここ最近は本格的な安全保障や戦略論に関する議論が多く掲載されるようになった。

AlpamayoPhoto /iStock

台湾有事の危機シミュレーション

最新号となる2021年10月号には、特集記事として「台湾海峡危機・政策シミュレーション」という実に興味深い論文が掲載されている。

記事は、「日本戦略研究フォーラム」という民間シンクタンクが、元政府高官や防衛省や外務省の幹部クラスのOBたち総勢15名ほどを集めて8月半ばに2日間にわたって行った、政策シミュレーションの様子を紹介している。

政策シミュレーションとは、複数の参加者がそれぞれ本物の政府高官を演じて行うシミュレーションゲーム(机上演習)だ。いくつかの仮定の(ただしなるべく現実に近い)シナリオを用意して、緊急事態にどのように対処するのかを、実際の政策担当者役を決めて「プレイ」し、そこから教訓を得ようとするものだ。

今回は、1995年から台湾での初の民主選挙開催を巡って米中間で発生した、いわゆる「第三次台湾海峡危機」に似たような事態が起こったと仮定して、ゲームを行っている。

近代戦を戦えない日本の現状

記事では、それぞれの具体的なプレイの中身についてはほとんど説明されていない。ただし、その記事に掲載されている「ゲームの最中に交わされたプレイヤー同士の白熱した議論」のハイライトの部分が掲載されており、これはこれだけで読み応えのある、実に「刺激的」なものだ。

なぜ「刺激的」なのか。その内容が「絶望的」なものだからだ。

たとえば実際にシミュレーションに参加された各パートの担当者たちの言動から、日本政府が完全に機能不全に陥ったり、中国国内に多数の日本人が救出できない状態で取り残される可能性などが示唆されており、どう見ても日本が近代戦を戦えない状態にあることを、嫌というほど実感させられるのである。

興味のある方はぜひ当記事を実際にお読みいただきたいのだが、私が論じたいのは、さらに根本的な問題である。

4月、沖縄海域を航行する中国海軍の空母「遼寧」(防衛省リリース)

戦争は「短期」では終わらない

それは何か。上記のような政策シミュレーションで使われるほとんどのシナリオにおける危機や戦争が、いずれも「短期で終わるもの」と想定されがちなことであり、今回のシミュレーションも例外ではないことにある。

考えてみればそれは当然のことであり、政策シミュレーションというのは、数日間のスパンにおける政治面での決断を迫るものだ。そもそも忙しいプレイヤーたち(元高官たち)を集めてプレイをするというスケジュール的な都合もあり、「長期のシナリオ」を設定してシミュレーションを行うことには不向きなのだ。

ところが歴史を見ていくと、危機、とりわけ戦争が、短期間に一気に決着がつくような事態は、かなり例外的であることがよくわかる。

そのことを教えてくれるのが、アメリカのボストン大学の軍事史家カハル・ノーラン教授が2017年に出版した『戦闘の魅力』(The Allure of Battle)という本だ。この分野では高い評価を得ているが、残念ながらその分量の多さ(原文で700頁超)からか、邦訳はない。

この本の全般的な分析結果は、戦争を始める国というのは、どの国も英雄的に指導者が指揮する短期決戦や「決戦」と言われる大会戦で勝つことを理想としながら、現実には長期戦に直面して苦しんできた、というものだ。

Amazonより

もちろん危機であれば、1962年10月の「キューバ危機」のように、たった「13デイズ」で終わったものもある。

戦争においても短期的な決戦で終わったように思えるものがあり、たとえば1870年9月1日に起こった普仏戦争における「セダンの戦い」などは、プロイセン軍がたった一日の戦いで10万近くのフランス軍を降伏させ、ナポレオン三世率いる第二フランス帝政を崩壊させるきっかけとなっている。

上記のノーラン教授も、この「セダンの戦い」は一見すると例外的な「短期決戦」であるように見える、とする。

セダンの戦い(ilbusca /iStock)

ところがその実態を詳しく見てみると、このあとにパリに入城したプロイセン軍は翌年の3月に普仏戦争の講和に反対したパリ市民が蜂起して成立させた「パリ=コミューン」という世界最初の労働者政権の存在などで「決戦」から8ヶ月後の翌年の5月まで、降伏後に誕生したフランス新政府に対する反乱が続いていたことから、実質的な戦争状態は継続しており、実際は「決戦によって短期に決した戦い」とは言いきれないことがわかる。

つまり戦争では、短期的な戦争や、決戦での勝利というのはほとんど存在せず、そのほとんどが短期決戦を狙いながら、実際にはズルズルと長期戦になってしまったものばかりなのだ。

露呈した日本の弱点

今回の政策シミュレーションの題材として使われた「第三次台湾海峡危機」も同様だ。実際は開始から収束まで8ヶ月ほどかかった「長期戦」であった(1995年7月から96年3月まで)。

アメリカのアフガニスタン介入もこの典型的な例だろう。当時のドナルド・ラムズフェルド国防長官は、同時多発テロ事件の直後の10月に侵攻を開始したが、翌年の2月までにはタリバンを崩壊させて撤退するつもりであった。ところがこれが20年間というアメリカ最長の戦争となったのはみなさんもご存知の通りである。

※画像はイメージです(gorodenkoff /iStock)

つまり、日本が今回のような「短期的な危機」を想定したシミュレーションを活発に行うようになったことは実に喜ばしいことだとしても、その根本的な欠陥として、それが長期戦になることまでは想定できていないことが露呈してもいるのだ。

もしくは想定していても、長期戦を戦う能力やリソースを持っていない可能性が高い。

今からできることを着実に

もちろん準備が出来ていない原因は、戦後の日本の政治家や政策担当者、そしてわれわれ国民たちが、台湾有事のような可能性に、法整備の面でも防衛力の面でも、本気で備えてこなかったことにある。

不可能であることは承知の上で提言するが、日本政府に求められるのは、万が一に長期戦になっても対応できるように、少しずつでも国内の体制を整えておくべきことではないだろうか。

短期戦を想定しながらも、実際には長期戦に直面して苦しむことになった例の方が圧倒的に多い、というノーラン教授の警句に、日本は耳を傾けるべきだろう。

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地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員

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