「台湾海峡有事シミュレーション」で露呈した日本の致命的弱点とは
米軍のアフガン介入にも言えること- 月刊「正論」の台湾海峡有事シミュレーションを評価も「絶望的」な問題とは?
- 政策シミュレーションの危機や戦争は短期戦になりがちだが、歴史的現実は…
- 根本的に日本社会が、法整備の面でも防衛力の面でも長期戦を想定しない問題
「根本的な欠陥は見落とされがちである」という、やや絶望的な話をしてみたい。
産経新聞社発行の月刊『正論』は、数年前までは主に党派的な論文が多く占められていた印象だが、喜ばしいことに、ここ最近は本格的な安全保障や戦略論に関する議論が多く掲載されるようになった。
台湾有事の危機シミュレーション
最新号となる2021年10月号には、特集記事として「台湾海峡危機・政策シミュレーション」という実に興味深い論文が掲載されている。
記事は、「日本戦略研究フォーラム」という民間シンクタンクが、元政府高官や防衛省や外務省の幹部クラスのOBたち総勢15名ほどを集めて8月半ばに2日間にわたって行った、政策シミュレーションの様子を紹介している。
政策シミュレーションとは、複数の参加者がそれぞれ本物の政府高官を演じて行うシミュレーションゲーム(机上演習)だ。いくつかの仮定の(ただしなるべく現実に近い)シナリオを用意して、緊急事態にどのように対処するのかを、実際の政策担当者役を決めて「プレイ」し、そこから教訓を得ようとするものだ。
今回は、1995年から台湾での初の民主選挙開催を巡って米中間で発生した、いわゆる「第三次台湾海峡危機」に似たような事態が起こったと仮定して、ゲームを行っている。
近代戦を戦えない日本の現状
記事では、それぞれの具体的なプレイの中身についてはほとんど説明されていない。ただし、その記事に掲載されている「ゲームの最中に交わされたプレイヤー同士の白熱した議論」のハイライトの部分が掲載されており、これはこれだけで読み応えのある、実に「刺激的」なものだ。
なぜ「刺激的」なのか。その内容が「絶望的」なものだからだ。
たとえば実際にシミュレーションに参加された各パートの担当者たちの言動から、日本政府が完全に機能不全に陥ったり、中国国内に多数の日本人が救出できない状態で取り残される可能性などが示唆されており、どう見ても日本が近代戦を戦えない状態にあることを、嫌というほど実感させられるのである。
興味のある方はぜひ当記事を実際にお読みいただきたいのだが、私が論じたいのは、さらに根本的な問題である。
戦争は「短期」では終わらない
それは何か。上記のような政策シミュレーションで使われるほとんどのシナリオにおける危機や戦争が、いずれも「短期で終わるもの」と想定されがちなことであり、今回のシミュレーションも例外ではないことにある。
考えてみればそれは当然のことであり、政策シミュレーションというのは、数日間のスパンにおける政治面での決断を迫るものだ。そもそも忙しいプレイヤーたち(元高官たち)を集めてプレイをするというスケジュール的な都合もあり、「長期のシナリオ」を設定してシミュレーションを行うことには不向きなのだ。
ところが歴史を見ていくと、危機、とりわけ戦争が、短期間に一気に決着がつくような事態は、かなり例外的であることがよくわかる。
そのことを教えてくれるのが、アメリカのボストン大学の軍事史家カハル・ノーラン教授が2017年に出版した『戦闘の魅力』(The Allure of Battle)という本だ。この分野では高い評価を得ているが、残念ながらその分量の多さ(原文で700頁超)からか、邦訳はない。
この本の全般的な分析結果は、戦争を始める国というのは、どの国も英雄的に指導者が指揮する短期決戦や「決戦」と言われる大会戦で勝つことを理想としながら、現実には長期戦に直面して苦しんできた、というものだ。
もちろん危機であれば、1962年10月の「キューバ危機」のように、たった「13デイズ」で終わったものもある。
戦争においても短期的な決戦で終わったように思えるものがあり、たとえば1870年9月1日に起こった普仏戦争における「セダンの戦い」などは、プロイセン軍がたった一日の戦いで10万近くのフランス軍を降伏させ、ナポレオン三世率いる第二フランス帝政を崩壊させるきっかけとなっている。
上記のノーラン教授も、この「セダンの戦い」は一見すると例外的な「短期決戦」であるように見える、とする。
ところがその実態を詳しく見てみると、このあとにパリに入城したプロイセン軍は翌年の3月に普仏戦争の講和に反対したパリ市民が蜂起して成立させた「パリ=コミューン」という世界最初の労働者政権の存在などで「決戦」から8ヶ月後の翌年の5月まで、降伏後に誕生したフランス新政府に対する反乱が続いていたことか
つまり戦争では、短期的な戦争や、決戦での勝利というのはほとんど存在せず、そのほとんどが短期決戦を狙いながら、実際にはズルズルと長期戦になってしまったものばかりなのだ。
露呈した日本の弱点
今回の政策シミュレーションの題材として使われた「第三次台湾海峡危機」も同様だ。実際は開始から収束まで8ヶ月ほどかかった「長期戦」であった(1995年7月から96年3月まで)。
アメリカのアフガニスタン介入もこの典型的な例だろう。当時のドナルド・ラムズフェルド国防長官は、同時多発テロ事件の直後の10月に侵攻を開始したが、翌年の2月までにはタリバンを崩壊させて撤退するつもりであった。ところがこれが20年間というアメリカ最長の戦争となったのはみなさんもご存知の通りである。
つまり、日本が今回のような「短期的な危機」を想定したシミュレーションを活発に行うようになったことは実に喜ばしいことだとしても、その根本的な欠陥として、それが長期戦になることまでは想定できていないことが露呈してもいるのだ。
もしくは想定していても、長期戦を戦う能力やリソースを持っていない可能性が高い。
今からできることを着実に
もちろん準備が出来ていない原因は、戦後の日本の政治家や政策担当者、そしてわれわれ国民たちが、台湾有事のような可能性に、法整備の面でも防衛力の面でも、本気で備えてこなかったことにある。
不可能であることは承知の上で提言するが、日本政府に求められるのは、万が一に長期戦になっても対応できるように、少しずつでも国内の体制を整えておくべきことではないだろうか。
短期戦を想定しながらも、実際には長期戦に直面して苦しむことになった例の方が圧倒的に多い、というノーラン教授の警句に、日本は耳を傾けるべきだろう。
関連記事
編集部おすすめ
ランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
- 「子どもに会いたければ正論はダメ」実子誘拐被害者を追い込む、裁判所実務
- 【スクープ】「町田小6いじめ自殺」新事実浮上、真相解明のカギ握る遺書
- 「国にも事故の責任」知床遊覧船・桂田社長の陳述に、竹田恒泰氏「謝罪は単なるパフォーマンス」
- 自民党の裏金問題「真のヤバさ」とは?上場企業の経費不適切支出と比べてさらに見える化
- 自衛隊が宗教を避けてきたからこそ、隊員を脅かす「洗脳リスク」
- 「毎日新聞としておわび」記者のSNS炎上、問題の投稿を削除・謝罪
- ウクライナ軍が領土奪還も、逆に膨らむロシア「戦術核」使用への懸念
- 「Tポイント」と「Vポイント」統合、加盟店離脱相次ぐ「Tポイント」は起死回生なるか
- Colabo問題、都議会で自民が追及するも、小池知事は福祉保健局長に“丸投げ”
- 【スクープ】町田小6女児自殺“延焼”、謎の学生団体が学校前デモ敢行で、渋谷区と保護者激怒
- 【スクープ】「町田小6いじめ自殺」新事実浮上、真相解明のカギ握る遺書
- 防衛費増額なのに…弱体化した防衛産業をどう立て直していくか
- 「子どもに会いたければ正論はダメ」実子誘拐被害者を追い込む、裁判所実務
- 安芸高田市長にヤッシーが喝!田中康夫氏「やり方が下手っぴ。頭でっかちな偏差値坊や」
- 「共同親権」報道訴訟、SAKISIRU・西牟田氏が一審勝訴
- 「24時間、僕の社長室は3シフト制」ソフトバンク孫正義社長の発言が話題
- 「女性限定公募」は差別なのか? 〜 理系の女性研究者が少ない理由
- 町田小6女児自殺:講談社フライデー、岡田・岩崎両氏の悪質極まるフェイクとミスリード
- 「AV新法」で業界は死活問題。それでもDMMがダンマリな背景
- 5%減税でも…名古屋市の市税収入増加に注目。河村市長「減税で経済を盛り上げる」
- 「共同親権」報道訴訟、SAKISIRU・西牟田氏が一審勝訴
- 「毎日新聞としておわび」記者のSNS炎上、問題の投稿を削除・謝罪
- 毎日新聞記者のSNS炎上を巡る同社への質問状公開
- ビットコインの生みの親、サトシ・ナカモトの正体がついに判明 !?
- 福原愛さん代理人弁護士の声明文に、紀藤弁護士「意味不明な見解」
- 安芸高田市長にヤッシーが喝!田中康夫氏「やり方が下手っぴ。頭でっかちな偏差値坊や」
- 防衛費増額なのに…弱体化した防衛産業をどう立て直していくか
- トヨタ「エース社員」退社続出は、“改革者”の豊田社長についていけないからなのか?
- 東京23区の格差がネットで話題、1位の港区と23位の区の差は半世紀で倍に拡大
- 小学校に寄付をしたら確定申告を:寄附金控除のしくみ
特集アーカイブ
人気コメント記事ランキング
- 週間
- 月間