【連載】新聞社の黒歴史に迫る #2 営利追求、首相とメシ自慢…今も息づく「新聞資本主義」

『言論統制というビジネス』著者、里見脩氏に聞く
2021年09月25日 06:00
ライター・編集者
  • 戦争を煽ったのに戦後は軍部批判。里見氏「新聞資本主義というべき体質が残る」
  • 現代もコロナ禍の東京五輪開催に反対したのに、開催後は「日本選手頑張れ」
  • 戦時期の言論空間がどう形成され、いかに影響を残したか。里見氏が指摘する

戦時期のメディアの「黒歴史」に迫った新刊『言論統制というビジネス―新聞社史から消された「戦争」―』(新潮選書)が注目される里見脩さん(元時事通信記者、大妻女子大学人間生活文化研究所特別研究員)への連続インタビュー。2回目は戦時中から今も息づく、業界独特の「新聞資本主義」について迫ります。(全3回の2回目)

太平洋戦争の開戦を報じた東京日日新聞(写真:毎日新聞社/アフロ)

戦前ドイツの報道機関は全廃、日本は焼け太り

――「新聞が戦争を煽った」「その反省もなく、戦後は他人事のように軍部批判を繰り返している」という新聞社批判は今もあります。新聞社のそのしれっとした態度が批判されるのは仕方ない気もします。現に『言論統制というビジネス』でも指摘があるように、戦後、ドイツの報道機関は新聞を含め、すべてお取り潰しになった。一方で日本のメディアは存続しています。

【里見】業界主義、新聞資本主義というべき体質も残っていますよね。

――例えば消費税増税時の「軽減税率」対象に新聞を入れろという働きかけ。各社が自身の利益を最優先し、一致団結して政府に何らかの圧力をかけようという新聞社の「横並び体質」は、私がいた出版業界にはないものなので驚かされます。

里見脩(さとみ・しゅう)1948年、福島県生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得満期退学。博士(社会情報学)。時事通信社記者、四天王寺大学教授、大妻女子大学教授などを経て、2021年8月現在は大妻女子大学人間生活文化研究所特別研究員。主な著作に『新聞統合 戦時期におけるメディアと国家』(勁草書房)、『ニュース・エージェンシー 同盟通信社の興亡』(中公新書)、『岩波講座「帝国」日本の学知』第4巻(共著、岩波書店)、『メディア史を学ぶ人のために』(共著、世界思想社)など。

【里見】記者クラブに根を張り、当局の発表をうのみにして、それを記事にするという安易な記者の意識も戦時期に醸成されたもの、と言えるでしょう。

「一県一紙」制をはじめ、統制の名残であっても、営利上都合のいいものは残している。だから本書では、言論統制下の新聞について「被害者」としてだけではなく、「参加者」としての側面に光を当てています。

戦時期の言論空間は、政府、新聞メディア、そして国民の3つの絡み合いによって形成されました。政府と新聞メディアの関係は、縦軸と横軸の関係があり、「言論統制」も上から抑えられただけでなく、自ら政府と一体化していく横の関係もあった。

例えば昭和15年12月には、消極的統制と積極的統制の2つを併せて実施する政府機関として内閣情報局が設立されました。このため情報局は「言論統制の総本山」と位置付けられています。興味深いことに、その最高幹部、情報局総裁には2人の朝日新聞出身者が、ナンバー2の次長には毎日新聞出身者が就任。一体化の具体例ですよね。

確かに自由な報道が厳しく規制されたことは事実です。しかし、自ら参加したことも事実です。このため、「政府から言論統制を強いられた新聞社」という縦方向だけでなく、横軸でも捉えるべきでしょう。

さらに横軸には、戦時報道を求めた読者である国民も加えることが出来ます。政府、メディア、国民が一体化している構図も、今と変わってはいません。

五輪開催に反対しながら「愛国報道」

――確かに現在の総裁選報道なども、与党に都合がいいというだけでなく、国民が求めている面があります。だからメディアも大きく取り上げる。ただ、読売や産経は別として、現在の朝日、毎日、東京新聞などは政府批判に力を入れていますよね。この点は、戦時中とは全く逆の立場に見えます。

【里見】明治期に「萬朝報(よろずちょうほう)」という新聞を創刊し、経営者として辣腕を振るった黒岩涙香は「新聞社経営の要諦は、平時においては反政府、戦時においては親政府」という言葉を残しています。

「萬朝報」は、平時は政府高官ら著名人のスキャンダルを売り物にし、政府に批判的な幸徳秋水、内村鑑三、堺利彦を社員とするなど「反政府」の主張を掲げましたが、日露戦争開戦と同時に「愛国報道」に転じ、これに怒った幸徳らは退社している。まさにこの言葉通りの態度をとったわけです。

これも、現在に通じるものがありませんか。有事・平時をどう見るかの違いはありますが、コロナ禍の東京五輪開催に反対しながら、いざ開催すれば大々的に「日本選手頑張れ」「涙の金メダル」などの「愛国報道」を行い、国民感情を煽っていた新聞社やメディアがあったでしょう。

営利を無視できない新聞社

――朝日新聞は「論説と経営は分けて、五輪のオフィシャルパートナーは務めつつも、五輪開催については光と影を報じる」と宣言して批判を受けました。「なんだかんだ言っても『五輪に背を向けて取材もできなくなるような事態』は避けるのだな」と思いましたが。

【里見】新聞社と言っても一つの企業体ですから、営利を無視するわけにはいかない。そう考えると、戦時中の報道も「商売のために戦争を煽った」と、そう単純に切って捨てることのできるものではなかったことも知っておく必要はあります。

その理由の一つは、当時の状態、環境です。平時ではなく戦争が行われており、緊張した状況下、軍部は総力戦体制の構築を企図していました。主要な産業に対し、業界ごとに統制会と呼ばれる団体を結成させ、業界が自らを規制する統制案を立案、実施させたのです。

新聞社も同じスタイルで、業界企業の一つと位置付けられたわけで、新聞メディアだけが枠外にいることは許されない環境にあったのは確かです。

JHVEPhoto/iStock

二つ目は、こうした距離感の喪失、営利追求は日本の新聞メディアだけなのか、という点です。第二次大戦以降、イラク戦争までのアメリカの新聞メディアについてニューヨーク・タイムズを素材に分析した、米MIT大名誉教授・チョムスキーはこう指摘しています。

「マス・メディアは企業であり、その行動様式は、他業界の企業と変わることがなく、基本的には商品を生産し、販売することで利益を得て、組織を存続させている。利益を得ることや、企業体として存続するということを優先させるため、政治権力や有力な社会層のためのプロパガンダを行い、共通の利害や、もたれ合いの関係を結ぶ」

つまり、アメリカの新聞メディアも同じということです。

プロパガンダ化する報道機関

――国民がそうした報道を求めているからこそ「売れる」んですね。

【里見】言論空間は、政府、メディア、国民の三者で構成され、メディアには営利意識が存在する。これは戦時期も戦後も変わりません。指摘したいのは、この「意識の継続」に当人たちが気付いているのか、という点です。これは私自身、研究者になる前に通信社記者として働いた経験があるからこそ、強く主張したい点でもあります。

何も新聞は「反権力」「反政府」でなければならないわけではありません。しかし、メディアが提示する情報・言論とは、政府と距離を置いて初めて正統性、信頼を得ます。そうでないと、プロパガンダと化すことになります。

また営利を優先すると、歪みが生じます。現在の誤報や、「角度のある報道」がそうですよね。もっと言えば、新聞各社の幹部が競い合って首相と食事を共にし、喜々とする様は、戦時期に軍部に媚びた様と二重写しに映じます。国や政府ともたれ合う、隠微な関係を結ぼうという意識はないか。あるいは業界主義を優先して、新聞業界の共通の利益のために手を結ぶというような点も、戦時期の「意識の継続」ではないかという印象を受けます。(#3へつづく

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