「中国TPP加盟申請」日本が外交カードで活かすには?ウイグル問題で牽制も   

『米中覇権競争と日本』著者、三船恵美氏に聞く#1
2021年10月11日 06:00
ライター・編集者

(編集部より)サキシルではこのほど経済安保ページを開設し、企業やビジネスパーソンの参考になる視点や報道を拡充します。第1弾の特集は、このほど『米中覇権競争と日本』(勁草書房)を上梓した三船恵美・駒澤大学教授にインタビュー。中国のTPP加盟申請の狙いや、日本がどう向き合うべきかをお聞きします。

TPP加盟を表明していた習近平国家主席(米国務省公式flickr

アメリカ復帰前にTPP入りしたい中国

――中国が台湾に続いて「CPTPP」への加盟申請をしています。中国の狙いは何でしょうか。

【三船】中国の狙いは、第一に「アメリカ復帰前の中国加盟」であり、第二に「台湾加盟の断固反対」もしくは「最悪でも台湾加盟前の中国加盟」であると考えられます。

習近平国家主席によるTPP加盟についての言及は2020年、正式な加盟申請の表明は2021年でしたが、外交部の記者会見での遣り取りなどをはじめ、中国政府として検討していることを以前から表明しており、2017年あたりにはすでに「FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏構想)への道としてのTPP」へ加盟することを希望していました。

トランプ前大統領によってアメリカがTPPから離脱したことで、TPPに含まれていた規定のうち、「アメリカの主張によって加えられていた22項目」が凍結項目(適用停止)となっています(下図参照)。TPP11の規定は新興国でも受け入れやすいものに変更されました。この凍結項目の22項目のうち11項目が「知的財産権」についての規定で、バイオ医薬品に関する条項を含む「TPP第18章」で規定されていました。

TPP凍結項目一覧

TPP11加盟に向けて、中国には多くのハードルとなる規定がありますが、図の22の凍結項目だけを見ても、これらの凍結が解除される前、つまりアメリカが復帰する前にTPPへ加盟したいと考えているのでしょう。

ウイグル問題に関与できる「TPP労働規定」

――日本としては「加盟を認め、中国にルールを守らせる」べきか、「加盟させるべきでない」のか、どのようにお考えでしょうか。

三船 恵美(みふね えみ) 駒澤大学法学部教授(国際関係論)。早稲田大学第一文学部卒業。米国ボストン大学大学院修了(MA in International Relations)。学習院大学大学院政治学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(政治学)。専攻は中国の外交・国際関係論。著書多数。

【三船】日本政府には、オーストラリアと(今後の加盟後のイギリスとも)組んで、中国とのTPP加盟交渉において「外圧による中国の構造改革」を進める外交を期待します。つまり、中国には加盟交渉では相当たいへんなハードルがまっている、という状況を日本が作り出さなければなりません。

昨年合意したRCEP(地域的な包括的経済連携)は、従来の知的財産権の強化の流れに逆らうものでした。市場アクセスの円滑化を優先したRCEPには、新興国に配慮し、ソースコード開示要求禁止は盛り込まれず、「国有企業」「環境」「労働」などの規定もありません。

しかし、TPPでは、「TPPスタンダード」とも呼ばれる、データ流通の透明性や公平性を確保する原則を定めています。企業や個人による国境を越えた自由なデータの流通が規制されている中国がTPPへ参加するためには、そうした「中国社会の構造改革」が必要になります。

また、TPP加盟交渉時、中国は国有企業の補助金問題に向き合わねばなりません。「国家資本主義」の中国の経済システムにおいて、政府の産業政策の中核を成しているのが産業補助金制度です。2018年以降、対立がエスカレートした米中交渉も、紛争解決メカニズムを機能不全としたWTO(世界貿易機関)も、そこにおける二つの経済大国――つまりアメリカと中国――の論争的課題のひとつは、中国の産業補助金問題でした。このしぶとい構造改革問題に加える「圧力の一つ」として、TPP交渉を使うべきではないでしょうか。

――「中国を入れるか、入れないか」「台湾か、中国か」というだけの話ではない、ということですね。

【三船】はい。さらには、中国当局によるウイグル人への人権抑圧問題をめぐり「内政不干渉の壁」の前に具体的な手段に出られないままでいる日本が、「人権外交」を推進するためにも、TPP交渉は重要なツールとなりえます。

TPPにはWTOにもない「労働に関するルール」があります。例えば、国際的に認められた労働者の権利に直接関係する締約国の法律等を執行すること。国際労働機関の1998年の労働における基本的な原則及び権利に関する宣言並びにその実施に関する措置(ILO宣言)に述べられている権利(強制労働の撤廃、児童労働の廃止、雇用・職業に関する差別の撤廃等)を自国の法律等において採用・維持すること。そして労働法令についての啓発の促進及び公衆による関与のための枠組み、協力に関する原則等について定めています。

Main_sail /iStock

対中関係で「デカップリング」よりも大事なこと

――それによって少なくともウイグル人の強制労働などには言及できそうです。単に中国を排除するのではなく、こうした取り決めをうまく「外圧」として使うこともできる、と。しかしメディアでは事態を単純化して「米中新冷戦」「デカップリング」と語りがちです。

【三船】現在のグローバル・サプライチェーンをみても、日中経済関係の緊密さから言っても、日中経済のデカップリングは現実的ではありません。また、緊張関係が依然厳しい米中関係においても、経済的な米中デカップリングを語るのは現実的な話とはいえません。

そこで、日本人に求められるのは、既存のグローバル貿易システムが解体へ向かうなかで、「ルールの書き直しの文脈」「ルールの再構築の文脈」で米中日関係を見据えていく眼を養うことです。

中国は2010年に日本を抜いて世界第二位の経済大国になりました。しかし中国は「世界第二位の経済大国」として振る舞う時と「国際レジームの恩恵を受けられる途上国=国際レジームにおいて《公平にルールを守るべき先進国》以外の国」としての立場を、適宜使い分けています。

また、2001年末にWTO加盟を果たして以来、国際貿易レジームのルールを軽視したり無視したりしてきました。中国以外の新興国も、中国に倣い、貿易の流れを恣意的に制限するために同じアプローチをとり始めました。そのことがWTOのドーハラウンド(多角的貿易交渉)などをはじめとする国際レジームを機能不全に陥れてきました。

こうなってしまった以上、もはや世界はかつての国際経済秩序に戻ることはできません。そこでこのような状況に対してWTOを攻撃し「保護主義政策のための法的合理化」を広く進めたのがトランプ政権でした。

2019年G20での当時の米日中3首脳(ホワイトハウス公式flickr)

――トランプ政権は単に「米国一国主義」を主張して、国際協調に背を向けたわけではないんですね。

【三船】アメリカは「双方が公平な競争環境の実現及び双方の自由で公正な貿易体制の発展」を望み、「片務的な忍耐」だけを押しつけられるのをやめたのです。一方、中国は「片務的に公平な競争環境と片務的に自由で公正な貿易体制の発展」を押し通しました。そうして紛争解決メカニズムを失った世界が向かったのがFTAやEPAの構築への動きです。

しかし、アメリカも中国も、日本経済においてはどちらも重要な国家です。どちらとも、完全に切り離すことはできません。

日本が発揮すべきリーダーシップとは

――そもそもアメリカでさえ中国との経済関係を断絶していない中、日本が先走って「デカップリング」に邁進して大丈夫なのか、とも思います。

【三船】日本外交、あるいは日本の対外政策に求められるのは、中国とのデカップリングではなく、同じレジームの中で、中国に「公平な競争環境の実現及び自由で公正な貿易体制の発展」に共に努力してもらうこと、つまり「中国に同じルールを守ってもらう世界秩序の模索」です。

具体的には、先にも述べたTPP交渉を通して、中国の構造改革を促し、中国が加盟する前にTPPレジームにアメリカを引き戻すリーダーシップを日本政府がとることに期待しています。

リベラルな国際秩序へ戻ることを目指すには、「協力を可能にするメカニズム」の構築を模索しなければなりません。

#2に続く

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