「どうしてこうなった」中国を台頭させたアメリカのリスク回避

『米中覇権競争と日本』著者、三船恵美氏に聞く#2
2021年10月12日 06:00
ライター・編集者

サキシル経済安保ページ第1弾の特集。このほど『米中覇権競争と日本』(勁草書房)を上梓した三船恵美・駒澤大学教授にインタビュー。中国のTPP加盟申請の狙いや、日本がどう向き合うべきかをお聞きします。

三船 恵美(みふね えみ) 駒澤大学法学部教授(国際関係論)。早稲田大学第一文学部卒業。米国ボストン大学大学院修了(MA in International Relations)。学習院大学大学院政治学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(政治学)。専攻は中国の外交・国際関係論。著書多数。

なぜアメリカは中国を見誤ったのか

――中国の外交戦略は鄧小平時代の「韜光養晦」(とうこうようかい)から徐々に積極政策に出て現在に至ります。しかしオバマ政権期は、アメリカは「中国の成長はチャンス」とみる向きが強くありました。なぜこのような見誤りが生じたのでしょうか。

【三船】オバマ氏が大統領選に当選した2008年秋は、イラクとアフガンにおける「2つの戦争」によって国力消耗したアメリカに、リーマンショックを契機とする世界経済危機が追い打ちをかけている時期でした。言い換えれば、「ブッシュ政権の対外政策の失敗がもたらしたアメリカの地政学的な衰退」と「中国経済のプレゼンスの上昇」を世界があらためて認識した時期です。

「1期目の任期が終わるまでに、ブッシュ前政権から引き継いだ財政赤字を半減することを約束する」としていたオバマ政権にとって、安全保障政策における最優先事項は国内の経済安全保障であり、アメリカ経済の回復でした。

アメリカ国債の主要保持国である中国政府保有分はかなりの額にのぼり、アメリカのサプライチェーンに中国人の労働力がすでに組み込まれていました。中国との貿易や中国内の労働力がアメリカ経済の重要な一部を構成しており、オバマ政権発足当初のアメリカにとって、まさに「中国の成長はチャンス」と言えたわけです。

2013年G20でのオバマ大統領と習首席の会談(ホワイトハウス公式アーカイブ)

オバマ氏は、米中間の貿易不均衡が巨大化、中国の為替操作、不公正な貿易慣行を見過ごせないとの考えを持ってはいました。しかし世界的な経済危機からの再建を巡り、経済的な実利主義の観点から、中国との衝突を避けたことを回顧録(『A Promised Land』)で記しています。

また、同回顧録によれば、オバマ氏は中国がアメリカの優位性に挑戦するのは数十年先のことであり、アメリカ側に戦略的ミスがある場合に限られる、との誤った認識を持っていました。

対中外交のみならずオバマ外交全体に言えたことは、リスクがあると判断すると、危機が発生しない限り自らは何も仕掛けない、無駄なことはしないという「忍耐」の姿勢です。しかしこれがアメリカを実態以上に弱く見せてしまい、中国に間違ったメッセージを送ってしまいました。それが、中国側を「アメリカは中国の巨大市場を必要としている」と思わせ、中国を増長させることになってしまったのです。

必然だったトランプの対中強硬策

――9.11とリーマンショックは中国にとっては「絶好のチャンス」になってしまったんですね。

【三船】また、それは、20世紀の欧米主導型のリベラルな国際秩序では、もはや21世紀の世界の安定を支えられず、リベラルな物差しは現在の国際秩序を見据える視角としては有効性に欠けることを示しました。

2016年あたりには、そのことをアメリカでは共和党も民主党も気づき、認識し、警戒していきました。そこで、米中関係を見据えるために重視されるのはパワーと影響力であり、リアリズムによって米中関係を見据えていくことがトランプ政権でもバイデン政権でも求められたと言うことでしょう。

ただし、バイデン政権は、政権発足当初と異なり、9月に対中姿勢を軟化させる方針へ転換しており、バイデン外交の評価は時期尚早と言えますが。

――すると、米中の駆け引きの中でトランプが「我々の富が中国に奪われている!」と指摘して人気を博したのも、対中強硬策が出てきたのも、「トランプの特異性」によるものではなく、当然の流れだった、と。しかし日本でもしばらく「トランプが排外主義的な支持者向けに対中強硬を煽っている」とバイアスがかかった見方がされていました。

【三船】まさにバイアスだと思います。トランプ氏自身に戦略がなくとも、トランプ政権の高官らには戦略も政策もありました。例えば「海洋で膨張する中国の脅威に対するアジアの安全保障」を考えても、オバマ政権の対中国外交よりもトランプ政権の対中国外交のほうが、「同盟国の日本」にとっては理解出来るものでした。

2019年大阪G20で会談したトランプ、習両首脳(トランプ政権公式flickr

――しかし報道の色付けは「オバマ上げ・トランプ下げ」でしたよね。

【三船】実際には、アメリカのパワーを示すことに慎重になりすぎたオバマ政権の外交方針に問題があったと言えます。理想主義を掲げたオバマ政権でしたが、オバマ外交は「アメリカだけでは世界の問題は解決出来ない」という前提で、リベラルな多国間協調主義を前面に押し出すものでした。

また、オバマ外交は「アメリカのパワーを使って何かをする外交」を否定し、「アメリカのパワーを使ってまで何かを実現したりする無駄なことはしないという姿勢」を、中国をはじめとする世界に見せ続けることになりました。

中国の「本当の狙い」は何か

――そこで中国は「韜光養晦」を捨て、共産党創設と人民共和国建国の「二つの百年」に向けて積極的に打って出ることにした、と『中国外交戦略 その根底にあるもの』(講談社選書メチエ)でもお書きになっていますね。

しかし一方で、先生は中国の狙いは(かつてのソ連とは違い)「中国モデルの輸出」ではなく、「中共体制の正統性」を認めさせること、とも指摘されています。例えば国連専門機関のトップに中国人が座るとなると、日本人から見ると「世界を中国式に染めていくつもりなのか」と考えがちですが。

【三船】国連専門機関のトップに中国人が座るということには、三つの理由があると思われます。

第一に、「中国批判や中国への圧力を抑えたい」という防御的な意味。

第二に、ルール作りの中軸に入る、つまり中国にとって都合のよいルール作りを主導したいと考えていること。

第三に、「大国としての中国」が「相応の席」につく、つまりグローバル・ガバナンスの中枢に中国の席を設けること。

そう私はとらえています。中国の戦略や狙いを見定めることが重要です。

――中国は「一帯一路」と宇宙戦略、あるいは「深宇宙・深海・深部(地下資源)・深藍(ネット)」など、領域やジャンルを飛び越えた国家戦略を構築しています。一方、日本はようやく国家安全保障局ができた程度で、「日本には国家戦略がない」と言われ続けてきました。こうした差ができるのはなぜでしょうか。

【三船】ひとつには、両国の政策決定者らの「任期」が大きいと思います。

中国の指導部は近年「5年2期=10年」のスパンで政治や外交を担ってきました。

さらに習近平氏は2018年の憲法改正で、国家主席の任期をはずしてしまいました。また、党総書記の任期が切れる2022年秋の党大会にむけて、現在の中共では「党大会後も習近平が最高権力者の地位を保つための詰めの作業」が進められており、何らかの「方向性の変更」が行われるようです。習近平氏が82歳になる2035年まで最高権力者として君臨するかもしれません。

その一方で、近年の日本では安倍晋三政権と小泉純一郎政権の例外を除けば短命政権が続き、3分の1世紀…つまり30年余りにわたり大局からの国家戦略を国民に示すことができませんでした。

そして短命政権であれば、外交軽視で内政の目先の問題のみを重視することになりますし、そこも問題ですね。さらには対外政策において「日本の国益」よりも「永田町の重鎮の関係」が優先されてきていると言うことではないでしょうか。

#3に続く

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