一帯一路は中国の「経済安全保障ツール」岸田政権が持つべき「現実思考」とは
『米中覇権競争と日本』著者、三船恵美氏に聞く#3サキシル経済安保ページ第1弾の特集。このほど『米中覇権競争と日本』(勁草書房)を上梓した三船恵美・駒澤大学教授にインタビュー。中国のTPP加盟申請の狙いや、日本がどう向き合うべきかをお聞きします。

「バックキャッチャー」化に気をつけろ
――岸田政権がこれらのハードルを越えられるのか、要注目です。例外であった安倍長期政権ではようやく「国家戦略」的なものが構築・実施されるようになった、という評価は多く、そのうちの一つがQUAD(クアッド)です。
【三船】私は、中国はQUADには「強い牽制」をする力がないとみている、と考えています。もっと言えば、QUADの弱い部分として「バックキャッチャー(責任を転嫁される側)にされたくないインド」と「2017年以降の日本」が挙げられるとみています。
――2017年以降の日本が「対中包囲網の弱点」というのは?
【三船】当時は安倍政権下ですが、2017年に対中方針を転換していますよね。具体的にはそれまでは「一帯一路には絶対に入らない」と言っていたのに、この年から日本政府は「評価する」「大いに協力する」と対中政策を転換させ、内閣官房、外務省、財務省、経産省などが「第三国での日中民間経済協力について」と題する指針を公表しました(参考:「日本国外務省及び経済産業省と中華人民共和国国家発展改革委員会及び商務部との間の第三国における日中民間経済協力に関する覚書」)。
――確かにコロナでうやむやになりましたが、安倍政権下で習近平の国賓待遇来日を行う予定さえありました。インドについては、日本は中国牽制のためにRCEPへの加盟を推していましたが、結局、交渉から抜けてしまいましたね。一方、日本が「バックキャッチャーにされる可能性」とはどういうことでしょうか。
【三船】ブッシュ政権後半期からオバマ政権期の日米中関係をみていて、日本をバックキャッチャーにして米中は接近しており、「アメリカも中国もずるい」と私は感じていました。

「中国の構造改革」へ圧力をかけよ
――確かに2010年の尖閣沖中国漁船衝突事件を発端とする尖閣問題がエスカレートする中、米中関係は良好でした。今後も、またそうなる可能性はある、と。そうした事態を避けるためにはどうしたらいいのでしょうか。
【三船】日本の人口動態を考えると、近い将来、日本の経済力が低下していくのは避けられません。そうした中で、日本がアジアにおける高いプレゼンスを維持していくためには、アメリカ離脱後のTPPをTPP 11にまとめた日本外交の手腕へ大いに期待し、「言うべきことは言う外交」を、アメリカにも中国にも、行っていくことが必要だと考えます。
それには、「日本にとって最大の脅威であり、最大の貿易相手国でもある中国」に対して、必要があれば、TPP交渉のように同じレジームに加えていくプロセスで「中国の構造改革」へ圧力をかけていくことをはじめ、「日本とは対立路線よりも協調路線のほうにメリットがある」と脅威国に思わせていく必要があるのではないでしょうか。
――そうでありながら、単に融和ではない主体的な外交ですね。そうした外交は米中関係、ひいては国際関係をとらえる「現実的な視点」があってこそではないかと思います。しかし反中・親中、あるいは反米・親米であれ、世論はもちろん、メディアや論客、議員などの発信には、「思い入れ」や「思い込み」が含まれてしまいます。
【三船】そうですね。特に対中で言えば、そうした傾向には、大きく3つのタイプがあると考えています。
第一に、歴史観や国家観からの反中派もしくは親中派による主張。
第二に、近年の中国の膨張主義に対する嫌中派による主張。
第三に、中国の戦略としての「三戦」(「世論戦」、「法律戦」、「心理戦」)による「影響作戦(Influence Operation)」の効果。
特に三つめは、陸海空の3つの戦場、宇宙やサイバーと言った第4、第5の戦場に加え、ここ数年、第6の戦場として「認知空間」が注目されています。戦いの前や最中には情報戦が重視されます。好ましい世論形成や好ましくない意見形成の回避は、「認知戦(Cognitive Warfare)」の一環と言えます。
「一帯一路」は「広域経済圏」に非ず
――こうした「思いこみ」を排除し、「現実的な視点」を持つために先生はどのようなことに気を付けておられますか。また学生さんにどのようなアドバイスをされていますか。
【三船】批判的思考(クリティカル・シンキング)で考えるということが、研究者の私にもまた大学生の学びにも最も求められている重要な視角であると考えています。そこで、自身の分析について常にクリティカル・シンキングを繰り返しますし、学生たちにもそうした視角を求めます。
クリティカル・シンキングは闇雲に相手を批判することではありません。自分が行き着く「結論」について、「本当にそうなのか?」と疑い、問い続け、最終的に自分自身で結論を判断する思考のことです。

例えば、多くのマスメディアは中国の勢力圏構想「一帯一路」のことを「広域経済圏」と喧伝し続けています。しかし経済ばかりで「一帯一路」を捉えてしまうと、拙著(『米中競争時代の日本』)で論じたような「一帯一路」が包括するサイバーや5G戦略、宇宙戦略や海洋戦略の側面を見誤ってしまいます。
「一帯一路」は、いわゆる「エコノミック・ステイトクラフト」、すなわち経済的な手段による政治的・戦略的目標を中国が達成するためのツールとして位置づけられています。
あるいは「パリ協定」で考えてみましょう。もちろん地球温暖化対策への取り組みは危急を要する地球的課題であり、「あらゆる国が危急に地球温暖化対策に取り組むこと」が求められています。しかし、「地球的規模の課題」への取り組みとして「パリ協定」や中国の対応が評価出来るのでしょうか?
中国のためにCO2排出を減らしているようなもの

――バイデン大統領は「気候変動問題では中国と協力できる」と言っていますが、率直に言って大いに疑問です。
【三船】今年に入り、世界中の多くのマスメディアが気候変動をめぐり「米中の連携は世界の温暖化対策にとって前進」「米中は気候の危機への対応で協力する責務があるとの認識で一致」と賞賛して報道しています。
今年9月8日には、中国政府は、気候変動問題や温室効果ガスの排出削減の分野での協力強化について、米中の温室効果ガスの排出削減につながるだけでなく、経済・通商分野全体の協力強化につながると述べました。
また、昨年12月の世界気候サミットで行った演説では、習近平氏は「パリ協定の着実な履行を後押し、世界の気候変動対応の新たな征途を開こうではありませんか」「2030年までにCO2排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指します」と発言してもいます。30年間でのカーボンニュートラルは、EU、アメリカ、日本よりもはるかに短期間です。しかしこうした一連の流れから、中国が気候問題で対応していると言えるでしょうか。
世界最大のCO2排出国である中国は、「パリ協定」では2030年前後に中国のCO2排出量のピークが設定されており、「2030年までに2005年GDP比でCO2排出量の60~65%削減」と規定されています。
つまりパリ協定において、中国は2030年まで排出量を増やすことが許されており、実際、中国のCO2排出量はパリ協定への参加以降も増え続けています。中国が2020年に新たに建設した石炭火力発電所の発電能力は世界でも突出しています。それは、1週間に1カ所以上の大型発電所が誕生しているのに相当するとも言われています。
また、パリ協定9条は、「先進国に対して途上国への資金提供を義務づけ」ています。言うまでもなく世界第2位の経済大国である中国は、「途上国」に位置づけられています。これでは、2001年末のWTO加盟後に破竹の勢いで経済成長してきた中国に対して、パリ協定は「中国はCO2を好きなだけ排出してもいいよ」と言っているのと同じでしょう。
あらゆる情報に「批判的な思考」を
――日本が必死になって排出量を削っても、中国の増大分で帳消しです。
【三船】にもかかわらず、世界中の多くのマスメディアは、気候変動をめぐり「米中が協力して対策を進めることで一致」「米中の連携は世界の温暖化対策にとって前進」「米中は気候の危機への対応で協力する責務があるとの認識で一致」と報道しています。
こうした状況を踏まえると、「パリ協定」を金科玉条のごとく祭り上げ、中国のパリ協定への姿勢を「協力」として礼賛することは、「パリ協定を一回でも眺めたことのある日本人」ならば、疑問に思うことでしょう。
――「疑問に思う」ことが大事ですね。
【三船】はい。情報があふれる時代に、あらゆる情報を無批判に受け入れていては、時にはフェイクニュースに流されてしまいます。あらゆる情報に対して批判的な思考を働かせて慎重に用心深く分析する習慣が、現代の研究者にも大学生にも求められています。
(おわり)
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