岸田政権の行方をサキシル(先知る)したければ甘利幹事長に刮目せよ
「経済安保」主導、手腕占う3つの視点岸田政権が誕生して党人事・閣僚人事が発表されることになった。閣僚はもちろんであるが、政権全体の方針を左右する存在は自民党幹事長である。自民党幹事長は公認権や政党助成金差配権を持ち、党運営や政策決定に強い影響力を持っているからだ。
甘利氏の際立つ政策的方向性
岸田政権の自民党幹事長職に就任した人物は甘利明衆議院議員である。同議員については過去に週刊誌報道などで金銭授受のスキャンダルなどがあったとされているが、筆者はそのようなゴシップ話にほとんど興味はない。巷の話題がその手のことに関心が高いことは理解しているが、サキシル読者のレベルに相応しいものとは思えない。
甘利幹事長の特徴は政治的な剛腕よりも政策的な方向性と能力が際立っていることにある。つまり、岸田政権においては官邸ではなく党側が同政権の政策を主導する可能性が高い。したがって、甘利幹事長の過去の実績や所属議員連盟を分析することで、その政策的な方向性を理解することは極めて重要だと言えるだろう。
本稿では甘利幹事長の活動の一部を紹介することを通じ、読者に対して岸田政権の政策的な方向性を理解する一助を提供したい。
経済成長とリンクする経歴
第一に、甘利幹事長の過去の閣僚ポスト・党役職に注目したい。
甘利幹事長は現在の自民党随一の政策通であり、同氏が務めてきた閣僚ポスト及び党役職がそれを証明している。
閣僚としては、労働大臣(年金問題兼務)、経済産業大臣、内閣府特命担当大臣(規制改革、行革、公務員制度改革)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、経済再生担当相、社会保障・税一体改革、TPP担当等)を務めており、自民党政権の主要政策に常に関わるポジションを歴任した経産族系譜の人物だ。
特に経済財政担当相として、米国を含めたアジア太平洋諸国に対し、国際的な貿易・投資等のルール作りを主導し、TPPに関する困難な交渉をまとめあげた知見・手腕は極めて高い評価を受けた。知的財産権の取り扱いが極めて重要なTPP交渉において、知財政策を専門とする甘利氏の能力が際立った事例であった。
党役職として主要なものでは、税制調査会長、政調会長、選対委員長、広報本部長、自民党経済・財政・金融政策調査会長、行政改革推進本部長、知的財産戦略調査会長などの要職及び経済政策に関するポストを務めてきている。税制に関する絶大な権力を誇る税制調査会長については旧大蔵・財務系ではない甘利氏の抜擢は異例の出来事とされた。
以上のように、甘利幹事長の経歴は日本経済の成長戦略とリンクしたものであり、同幹事長が主導する経済政策が党側から次々と打ち出されると見て間違いないだろう。
経済安保の要となる2つの議連
第二に、ルール形成戦略議員連盟及び半導体戦略推進議員連盟の2つの議員連盟に注目したい。いずれも甘利幹事長が会長職を務める議員連盟であり、経済安全保障政策の要となる政策立案を担う存在だ。第一の視点で指摘した甘利幹事長のキャリアに鑑み、これらの議員連盟の政策面での重みが増してくることは間違いない。
ルール形成戦略議員連盟は2017年に設立された議員連盟である。同議連は中国の国際的な影響力が強まりつつある中、日本が世界の秩序形成に積極的に関わる形の理知的な対中戦略を形成することを望む一部の人々に注目されている。具体的な提言内容は米中対立下での国際的な貿易・投資・知財などの枠組みに関する政策提言や国際機関の主要ポスト獲得に向けた意欲的な提案など示唆に富むものが多い。
岸田政権ではルール形成戦略議員連盟の一員である小林鷹之経済安全保障担当大臣、党知的財産戦略調査会幹事長であった山際大志郎経済財政再生担当相らキーパーソンが入閣している。甘利会長・中山展弘事務局長ら同議連が政府に提言してきた、政府に経済・外交・安全保障を統合する司令塔「国家経済会議(NEC)」発足することは十分にあり得る。
また、半導体戦略推進議員連盟は2021年に発足した議連であるが、こちらは国際的なサプライチェーンの見直しの潮流に乗った試みだと言えるだろう。世界経済の著しい成長は産業のコメと呼ばれる半導体不足を招いてしまった。そのため、半導体供給が台湾のTSMCなど一部のサプライヤーに事実上依存する状態は欧米でも問題視されるようになり、各国では現在矢継ぎ早に対策が講じられるようになっている。日本でも自国のサプライチェーンの確保・強化が叫ばれるようになり、半導体だけでなく他産品のサプライチェーンが見直されていることは必至だ。
岸田政権で打ち出すことが想定される経済安全保障政策や産業保護政策は、過度に保護主義的な政策が採用されることで、逆に産業競争力が低下する懸念も指摘されており、健全な方向に向かうよう活発な国会質疑が行われることが望まれる。
脱炭素文脈での原発推進
第三に、甘利幹事長が「脱炭素社会実現と国力維持・向上のための最新型原子力リプレース推進議員連盟の顧問」を務めていることにも触れておきたい。今回の総裁選挙は実は脱原発と原発肯定のせめぎ合いの面があり、河野陣営は脱原発派、岸田陣営・高市陣営は原発肯定派だったと見て良いだろう。
実際、総裁選の最中9月15日に同議連は、原発、原発のリプレース実現などを求める決議をまとめており、原発依存度低下目標を覆し、核燃料サイクル堅持などを求めている。合議連の会長は稲田朋美議員、顧問は甘利幹事長の他に、安倍晋三元首相、額賀福志郎議員、細田博之議員らだ。
実はリベラル政権であるバイデン政権も原発を否定しているわけではなく、脱炭素の切り札としての原発という考え方は国際的にも否定されているわけではない。総裁選結果に鑑み、岸田政権では原発再稼働に向けた動きが活発化していく可能性が高いと言えるだろう。
以上のように、甘利幹事長という岸田政権のキーパーソンを通じて概観してみると、この政権の方向性の一端が見えてくるように思う。今後も同政権の最重要人物の一人である甘利幹事長の動きに注目していきたい。
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