「数学」で政経の受験者減も、早稲田が大復活するワケ

近未来の就活で注目株に
東大・慶應大教授/社会創発塾塾長
  • 元文科相補佐官の鈴木寛氏が、早大政経学部入試の数学必修化を評価
  • 受験者減少も、数学履修者は「正解のない」時代に最適な思考力あり
  • 問題解決能力のある人材を求める企業ニーズに合致。就活は明るい?

大学共通テストの開始やコロナ禍による景気後退の影響で、大学入試の情勢が大きく変わりました。中でも毎年10万人以上を集めてきた早稲田大学の受験者数が約9万1,000人に減少し、その象徴的な事例として語られているのが政治経済学部の「異変」です。

mizoula/iStock

受験者減少は新たな一歩の始まり

同学部の入試は「共通テスト利用」と独自に作問する「一般入試」の2パターンがあります。前年5,584人が受験した後者は、今年3,495人と3割近くも減少しました。これは多くの皆さんもご存知のとおり、文系3科目だけで受験が可能だったのに加えて数学を必修化したことで、敬遠する志願者が続出しました。

こうした動きは想定されていたことですが、報道をみていると、書いている記者やコメントしている塾業界の関係者などは受験者数の減少をもって早稲田の入試改革に対して否定的に論評されがちなようです。改革が失敗したかのように世論を誘導したいのかもしれません。

たしかに大学経営の視点だけでみれば、少子化にあって受験料収入は貴重な収入源です。しかし何を持って「成功」なのか、否定論者の皆さんはいささか近視眼的ではないでしょうか。私に言わせれば、大学は社会を真に発展させる人材を送り出し、結果を出して初めて成功です。早稲田は新しいモデルの成功へ向けた一歩を踏み出したと思います。

この7年の大きな変化

早稲田の入試と数学を巡って、私はかなり前から公に論じてきたと自負しています。メディアで初めて発言したのは今から7年前にダイヤモンドオンラインの連載で書いたときでした。

私大文系の知識偏重と数学なしが問題 入試改革“言いっぱなし放談”を斬る!(2014年2月27日)

早稲田の入試が悪いわけじゃない!社会全体の関与で教育改革に好循環を(2014年3月6日)

ころんさん/写真AC

これらの記事で私は、私大文系学部に多い知識偏重のマークシート方式による入試に合格するために、高校時代は英語、国語、社会の知識をひたすら詰め込み、数学などのその他の科目の学力の剥落が起きている傾向を問題視しました。その典型例として早稲田を挙げた上で、名門私大の文系入試の方向性として数学や論述を取り入れるべきではないかと申し上げた次第でした。

当時は文科省の参与、大臣補佐官になる少し前のことで思うところを闊達に述べたこともあり、私大関係者にはかなりの反響を呼びました。そして当の早稲田大学からも事実関係について指摘するコメントが編集部に届きました。文系科目に特化した入試で多くの受験者数を集める背景のひとつに、寄付金が集まりづらいという事情を指摘したことに対する反論でした。

それらは細かい数字に関するものだったと記憶していますが、おそらく本音のところでは、大学側も問題意識はわかっていて「痛い」ところを突かれたことへの反発もあったと推察します。

しかし、それから4年後、早稲田は一大変化を見せます。看板の政治経済学部で数学を必修化することを発表したのです。当時、学部長だった須賀晃一副総長は

「従前から経済学には数学が必要であるが、現在は政治学においても統計学やゲーム理論などが多く用いられ、数学的な素養が求められている。入学後の学びを意識し、必要な能力を問う入試にする」

「これからはビッグデータの時代なのに、データに関する知識や数学に関する知識がないのは困る」

といった理由を述べられていました(参照:東洋経済オンライン)。これについても私は全面的に賛同し、早稲田の“豹変”には諸手を挙げて歓迎しました。

数学で身に付く3つの力

さて数学の素養がなぜ必要なのか、違う角度から述べてみましょう。それは論理的に考える力が身につくからです。もう少し具体的に言うと、3つの力、難問に取り組む「姿勢(アティチュード)」、投げ出すのではなく別の方法を探してでも粘る「耐性(レジリエンス)」、そして仮説を立てて先を見通す「予測力(アンティシペイション)」の3つが身に付くことです。

私は様々な大学生や高校生で講義や講演をしていますが、難しい問いをぶつけてみて、学生の反応を見ることがあります。近年の学生は2つのタイプに分かれます。

タイプ1は、ほとんど考えようともせずに、すぐに「準備してきておらず知識を持ってないのでわかりません」と謝る学生。

タイプ2は、もてる知識を組み合わせて、自分なりに粘って考えて、私自身にも逆質問を投げかけてきて、何とか答えを導き出そうとする学生。もちろんタイプ2の学生には一定の評価をします。

タイプ1の学生は、その場で思考しようとしないことが問題なのに、日頃からの知識習得が足らなかったことを反省してしまいます。何が問題だか全くわかっていないのです。

私は、そういうときに彼らが高校時代、入試勉強してきた科目を尋ねます。「知らないのでわかりません」と思考停止するタイプ1の学生は、数学や小論文を選択していない(≒高校時代に数学をほとんど勉強していない)場合が多いのです。

つまり、タイプ1の学生は、覚えてきたことを吐き出すのが入学試験だと思っており、日頃から、たくさんのことを覚えるのが勉強だと思っているタイプ2の学生は、その場で最大限頭を働かせて答えを導き出すのが入学試験だと思っていて、日頃から思考する訓練を積み重ねているのです。

検索すれば知識をすぐ調べられる時代、タイプ1の人材はより不要になり、タイプ2の人材がますます必要になってくることは、誰の目にもあきらかですよね。

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私がなぜそうした話を引き合いにするのか。社会に出れば、「想定外」や「トレードオフ」「不確実性」といった<正解>のない局面に出会うのが当たり前だからです。修羅場を潜り抜けるかどうかを支えるのが、先述した3つの力、「アティチュード」、「レジリエンス」、「アンティシペイション」なのです。10代のうちにそれを身につける上で数学を勉強することは実に最適です。

VUCA時代の就活勝ち組に

近年、ビジネスの世界で「VUCA」という言葉を耳にします。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字からとったもので、もともとは軍事用語で千変万化する戦局のことを指しますが、コロナ禍のような想定外が経営環境を直撃するなかでどう生き残るか、あるいは攻めに転じてイノベーションへの道を切り開くか、社会に出れば臨機応変に対応することが求められ続けます。

これもこの10年ほどよく聞きますが、経営者や大企業の幹部のかたがたから、「問題解決能力のある人材がもっとほしい」という切実な声です。企業の人材育成能力の責任もありますが、そもそも大学以前の構造的な問題があるのです。

つまり、これまでのシステムでは、文系人材、特に国立の4倍いる私大の新卒者のかなりの割合が、高校以前の段階で数学の学習に消極的だったことで、「アティチュード」、「レジリエンス」、「アンティシペイション」が足りないまま社会に出ているわけです。

そして逆に、早稲田の政経は数学必修化により、3つの力をある程度、身につけた学生を入学させることができたとも言えます。これが就活のとき、企業の経営者、人材担当者からしたら、数学から逃げ出したその他大勢の「名門私大」文系学生が並ぶ中で、3つの力がある程度保証された早稲田政経の学生に魅力を感じるのは当然ではないでしょうか。

受験者数の減少という直近のニュースに悲観論者も多いようですが、私からすれば、早稲田政経の「数学必修化1期生」が就活した際の企業側の反応、あるいは10年後、彼らが社会に出てどんな活躍を見せ始めるのか、非常に楽しみなこの頃です。

 
東大・慶應大教授/社会創発塾塾長

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