賄賂要求された被害者なのに、会社は無罪、社員は有罪!
外国での賄賂事件に適用、日本初の司法取引の中身とは- 外国公務員からの賄賂要求に応じ、日本人社員らに有罪判決が出た事例
- 「会社のため」でも、社員や役員は有罪、企業は無罪と見捨てられる現実
- 企業は日頃のコンプライアンス活動の取り組みで、無罪が期待できる場合も
日本企業が巻き込まれている世界の賄賂事情について、今回は、日本企業が海外で賄賂を送ったことで裁かれた実際にあった事件をご紹介します。この事件では、企業は無罪となったにも関わらず、役員や従業員には有罪で、罰金と懲役刑が科されました。
事件は、タイ南部で火力発電所建設工事を請け負う発電機メーカー大手「三菱日立パワーシステムズ」に起ったことです。2015年2月、同社が船便で資材がタイに到着するのを待っていたところ、トラブルが生じました。資材部門の下請け運送業者から連絡がきました。

船着き場で現地公務員が高額の賄賂要求
「建設現場近くの桟橋に荷揚げをしようとしたら、桟橋を封鎖された。港湾当局の公務員を含む地元の人たちから、2000万バーツを要求された」
封鎖された理由は「資材運搬船の大きさが規定に違反している。使用許可取得の手続きに誤りがあった」というものですが、役所の許認可手続きでは、ミスは起きやすいもの。日本国内でさえも煩雑で、窓口で突き返されて出直すことはよくありますね。けれども、日本では、役所の窓口で賄賂を要求されることなどありません。
これが公務員の腐敗度が高い途上国の場合、彼らが“ささいなミス”を見つけ出し、賄賂を要求してくることがよくあるのです。ミスがなかったとしても、賄賂を要求してくる場合もあると聞きます。まず賄賂の要求ありきで、言いがかりを探しているのでしょう。
だからこそ、先進国から来るビジネスマンはよいカモになります。2000万バーツ(当時のレートで約3900万円)というのは巨額ですが、発電所建設の事業規模から考えれば「これくらいなら取れるだろう」と踏んだ額なのでしょう。タイの当局は、のちに港湾局の高官4名が関与していたことを認めています。
2015年当時のタイ公務員は汚職が激しく、このことはタイ国内でも問題になっていました。同年の後半には税関職員らによる賄賂要求の自粛・自浄運動が起こり、全国に広がっていたのですが、この事件が起こったのは運動が起こる直前の時期。同社にとっては悪いタイミングでした。
仕事のための賄賂でも有罪に
部長は頭を抱えました。もし陸揚げが遅れてしまえば、建設が遅れる。となると多額の遅延損害金を支払う義務が生じることになる。部長は取締役Aに相談しました。さらに取締役Bにも判断を仰ぎます。Bは賄賂を払うことには消極的で「代替手段を検討するように」と繰り返しましたが、他にめぼしい解決法も見つからない。最終的に「しかたがないな」となり、Aらは賄賂を送ることにしたのです。
2人はタイの建設業者に架空工事を発注することにして、2000万バーツを捻出することで支払いました。ところが、3月三菱日立パワーシステムズで内部通報があり、この一件は表沙汰になります。

同社は社内調査に着手。外部の法律事務所にも調査を依頼しました。6月に調査が終わり、同社は東京地方検察庁に対して報告書を提出し、相談をしました。
これまでなら、東京地検は会社を起訴するところでした。ところが、2017年に始まったばかりの司法取引(協議・合意制度)を初適用します。2018年に同社への起訴を猶予することを決めた上で、事件を公表しました。
こうして、会社に対しては「内部通報をもみ消さずに調査して、正直に検察に届けた会社の責任は小さい」として、”お咎めは無し”としたのです。
ところが「賄賂を送った実行犯となる役員2名と、部長1名の責任は大きい」として、不正競争防止法違反(外国公務員贈賄)で起訴しました。
日本人は会社の業務遂行のためにやったことなら、会社が守ってくれるはずだと考えがちです。実際、事件が報じられた当時、ビジネスマンの中には「会社は社員を売る気なのか?」と会社に対し批判的な見方をする人たちもいました。
2019年、東京地方裁判所で役員らへの判決が出ました。元役員AとB、元部長Cの3人はいずれも懲役1年4~6月、執行猶予3年と言い渡されました。

Aと部長は受け入れて刑が確定しましたが、Bだけは控訴しました。2020年に東京高等裁判所で「Aと共謀したのでなく、贈賄防止を怠っただけ」との言い分が認められ、一審は破棄され懲役刑はなくなりました。
ただし「被告はプロジェクトを管理する立場。違法行為を阻止すべき義務があったことは明らかで、明確に反対しなかったのは一種のお墨付きに等しい。部下らに賄賂を渡しやすくした」と、罰金250万円が科されました。これには原告、検察とも上告し、最高裁判所の判断を待っています。
もし、会社が“自首”をせずに、別の形で贈賄が発覚していた場合は、どうなっていたのでしょうか。日本で発覚すれば数千万円規模、海外で発覚して英米法で裁かれていれば、数百億円規模の罰金を、会社は科された可能性があります。
会社が責を免れた秘訣とは?
会社が、責を免れた “秘訣”は何だったのでしょうか。
それは企業が「賄賂は払わない」という方針をトップダウンで強く打ち出して、日頃から贈賄防止体制を敷いておけば、もし事件が起きたとしても、「社が贈賄を奨めていたわけではない」として、社に対する刑事罰は軽くなるのです。
経済産業省は「外国公務員贈賄防止指針」で、国際ビジネスを行う企業に内部統制の一環として外国公務員贈賄防止体制を敷くことを求めています。具体的には、接待や接遇の基準作成、教育研修を行うこと、監査、トップによるコミットメントなどです。

判例上、法人が処罰される根拠は、「事業主に違反行為を防止するために必要な注意を尽さなかった過失の存在を推定したもの」(いわゆる過失推定説)にあるとされます。そのため、防止体制の構築をすることが、“注意を尽くしていた”ことの一つの根拠となるためです。この考え方は、英米の贈賄防止法制でも同じです。
従って、多くの多国籍企業では法務コンプライアンス部門が主催し、贈賄防止の研修を行っているのです。日頃から「賄賂は求められても払ってはいけないものだ」と社員に対して教えておくのです。それでも社員が賄賂を払うというのなら、それは社命に背いた社員の個人責任だ、という考え方になるのです。
では、社員の立場としてこの様な状況に追い込まれた場合、本来ならばどうすればよかったのでしょうか。この事件のように、納期が迫る中で「賄賂をくれなければ手続きを勧めない」と脅されたら、社員はどうすべきなのでしょうか?事業を止めるしか、方法はないのでしょうか?
次回は、賄賂の断り方をお教えします。
(参考文献)
- 三菱重工ホームページ
- 日本経済新聞 (2019年11月14日)「タイ高官、7千万円超要求 初司法取引の海外贈賄」
- 産経新聞ウェブ (2020年7月21日)「元取締役、2審は「幇助」で罰金 司法取引のタイ贈賄事件」
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