岸田発言で注目:小泉政権時代に、日本の所得格差が広がったのは本当か?
ジニ係数を丹念に分析してみると...- 「格差社会」「親ガチャ」が取り沙汰されるが、本当に格差は広がっているのか?
- 所得格差を4種類のジニ係数で分析。我々の実感に近い再配分所得は…
- 小泉構造改革で所得格差が広がったとの指摘が一部に根強いが、数字を見ると…
1970年代日本国民の大半が「自分は中流だ」と認識していた、いわゆる「一億総中流」時代はどこにいってしまったのか。2000年代に入って「格差社会」という言葉が流行り、最近では、人生の勝ち負けは親次第であり子供は親を選べないということを「親ガチャ」というらしい。なんとも悲しい物言いだが、本当に日本で格差が広がっているのか。
実は、日本の所得格差は広がっていないと主張する経済学者やエコノミストは少なくない。ここでは実際に、所得格差についてデータを用いて改めて確認してみることにする。

日本のジニ係数:データに依存して異なる結果
所得格差をデータで分析するための指標はいくつか存在する。その1つがジニ係数である。ジニ係数とは、0から1の間をとる値で累積所得比率と累積世帯比率から作成され、1に近ければ所得格差が大きく、0に近ければ所得格差が小さいとされる。下のグラフには、『家計調査年報(総務省)』から作成されたジニ係数と『所得再分配調査(厚生労働省)』から作成された4種類のジニ係数の推移を示した。
まず(1)の家計調査年報の世帯年収(全国、二人以上世帯)から作成されたジニ係数では、1990年代前半のバブル崩壊までは0.3以下で推移し、バブル崩壊以降は多少大きくなりはしたが0.3前後でほぼ一定であることがわかる。しかし(2)の所得再分配調査から作成された当初所得によって作成されたジニ係数では、1980年代から一貫して上昇傾向にあり、アベノミクスが始まった直後の2014年から2017年(同調査の最新年)で下降に転じている。
この相違は、主に統計調査の抽出方法によるものだ。家計調査は、謝金を払って調査対象世帯の毎日の家計簿を6か月間提出してもらう方法をとっている。そのため比較的正確ではあるが、薄謝のために面倒な家計簿をつけて提出するインセンティブのない高所得者層や、家計簿をつける余裕のない低所得者層がサンプルとして抜け落ちるというバイアスが存在し、したがって所得格差が実態よりも小さく推計される可能性が指摘されている。
一方、所得再分配調査はサンプルは大きいものの誤記入も多く、ある程度サンプルの誤差を織り込んで所得格差を解釈しなければならないとされる 。つまり(1)と(2)のどちらも一長一短があるが、(1)のジニ係数を信じれば所得格差は広がっておらず、(2)のジニ係数を信じれば所得格差は広がっているということになる。
また(1)と(2)は税金や社会保障料を支払う前の額面ベースの所得ではあるが、(1)は年金などの社会保障給付を含み、 (2)は社会保障給付を含んでいない。より我々の実感に近いのは(3)の再配分所得であろう。これは税金や社会保険料を支払い、年金などの社会保障を受け取った後のいわゆる手取りベースの所得で作成されたジニ係数である。(3)をみると、1990年後半までは緩やかな上昇傾向となっているが、2000年前半からは一定あるいはやや下降傾向となっている。つまり1960年代と比較すると手取りベースの再配分所得でも所得格差は広がっているが、この20年では広がっているとまでは言えないということになる。
(1)、(2)および(3)は、過去50年間の世帯所得をベースとした日本のジニ係数の長期的な推移を示しているが、この間、日本の社会や家族構造は大きく変化し、核家族化や少子高齢化が進んだ。そのため、世帯所得が低くなっても世帯を構成する人数も減っていれば、真の豊かさを反映する一人当たりの所得が減るとは限らない。
したがって世帯所得を世帯人数で調整した「等価」当初所得や「等価」再配分所得のほうが、より実態に近い所得格差を反映していると考えられる。(4)と(5)は、1999年からしか統計が取れないが、(4)は(2)を世帯人数で調整した(一人当たりの)額面ベースの所得から作成されたジニ係数、(5)は(3)を世帯人数で調整した(一人当たりの)手取りベースの所得から作成されたジニ係数である。世帯人数の調整前の(2)や(3)と比較すると、トレンドはあまり変わらないが所得格差は明らかに小さくなる。特に (5)の等価再配分所得は最も実態に近い1人当たりの手取りベースの所得格差であるが、この20年間では徐々にではあるが下降していることがわかる。つまり、所得格差は縮まっている可能性がある。
さらに額面ベースのジニ係数と手取りベースのジニ係数を比較することで、政府による社会保険料や税の徴収と社会保障給付のバランス(再配分機能)を評価することもできるだろう。例えば長期で推移が見て取れる(2)と(3)を比較すると、その差が徐々に広がっている。特に2002年あたりから大きくなっていることは、政府の再配分機能はこのあたりから大きくなっていると言える。
小泉内閣が所得格差を広げたエビデンスはない
先ごろ、岸田首相が「小泉改革以降の新自由主義を転換する」と主張したことで再び注目されているが、小泉内閣(2001年1月〜2006年9月)による構造改革で所得格差が広がったとの指摘が一部に根強い。日本のジニ係数の長期時系列をみる限りでは、(1)の家計調査から作成されたジニ係数からは見て取れず、また所得再分配調査から作成されたジニ係数(2)と(3)でも、所得格差は1980年代初頭からすでに広がっていた。
政府による再分配が行われた後の所得のほうが我々の実感に近いが、規制緩和と市場での競争を推進した小泉内閣の下での構造改革では、再分配前(額面ベース)の所得で格差が広がっていた可能性がある。ここでは、再分配前の所得で作成された(2)のジニ係数について、そのトレンドがいつ変化したのかを計量分析の手法を用いて確認してみた。
その結果、第2次オイルショックのあった1980年前後でトレンドの変化が統計的に強く検出されるが、2000年代以降は検出されないか、たとえ検出されたとしても統計的には弱い。つまり計量分析の結果からも、小泉政権下での構造改革によって所得格差が広がったとは必ずしも言えないということになる。
もちろん所得格差はジニ係数だけで計測できるわけではない。例えば相対的貧困率や所得分布など他の指標からも分析する必要がある。また経済格差は所得格差だけで決まるわけではない。高齢化が進んだ社会では、所得でなく貯蓄などの資産を切り崩して生活する高齢世代の比率が多くなるはずなので、年齢層なども考慮するとまた異なる結果が得られるかもしれない 。したがって所得のジニ係数だけをもって、日本の格差問題に結論を付けるのは拙速かもしれず、より慎重な分析を待たなければならない。
しかしながら、所得格差は小泉政権下で広がったという証拠はなく、また特に2000年代以降は、政府の再分配機能は強化され、日本全体としては所得格差は小さくなっている可能性が高い。
- 家計調査から作成されたジニ係数は、1963年から2009年までの年次データは、佐藤滋一(2010)『家計調査による長期的なジニ係数の変化』宇都宮共和大学論叢11巻pp.35-44より抽出、2010年から2020年までは筆者作成。所得再分配調査から作成された1965年から2017年の4種類のジニ係数(3年ごと)は、『政府統計の総合窓口』から抽出。
- 大竹文雄(2005)『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』日本経済新聞社を参照のこと。
- 前掲の大竹文雄(2005)は、日本のジニ係数の長期的な上昇の原因を高齢化に求めている。実際1965年から2017年までの(2)のジニ係数と高齢化率(65歳以上の総人口に占める割合)との間の相関係数は0.97である。
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