三菱電機 検査不正の「教訓」〜トップ辞任に繋がった広報発表のタイミング
なぜダメージを最小限にできなかったのか- 三菱電機の検査不正で社長と会長が辞任。危機管理広報で重大な発表判断ミス
- 第三者委員の調査報告には、マスコミに情報が漏れ信頼失墜リスクの観点欠如
- 発表タイミングの設計を間違わなければ、7月の社長辞任は回避できた可能性
三菱電機の検査不正問題は、社長、会長トップ2名の辞任にまで発展してしまいました。30年以上続けられてきた不正を現時点のトップがなぜ責任をとるのか、と納得いかない思いで報道を見ている経営者もいるのではないでしょうか。
「不正発覚の際にトップとは運が悪かったんだ」などと思っている人もいるのかもしれません。いったいどのように見ればよいのでしょうか。危機発生時にダメージを最小限にするコミュニケーション「危機管理広報」の観点からすると、6月に不正発覚した段階での公表のタイミング、全体設計方法には重大な判断ミスがあります。調査委員会は「問題なし」と報告書に記載していることに違和感を持っています。どのような判断ミスがあり、調査委員会の視点の甘さはどこにあるのかを明らかにします。
報道機関にリークされる予測の欠如
10月1日に発表された第三者委員会の調査報告書によると、三菱電機が社内調査の中で長崎製作所が鉄道車両用空気調和装置について「顧客と合意した」品質試験の一部を実施していないことを把握したのが、今年の6月14日。社長が知ったのは翌日15日。6月23日には、1985年頃から不正が続いてきたことが判明。25日に取引先への説明を開始し、29日に株主総会、7月2日に不正検査について発表、とした公表のタイミングの設計そのものが危機管理広報の基本からすると、のんきな判断であり、リーク予測、想像力の不足が明らかです。いったいどのような経緯でこのような設計になってしまったのでしょうか。
「6月23日から6月25日にかけて、総務担当の常務執行役が社外取締役に対し、上記の認定した事実や当該事実を7月2日に公表予定であること等を個別に説明した。その際、6月23日に説明した社外取締役の一人から、公表時期が株主総会後となることの是非について専門家の助言を得るようにとの要請があったことから、三菱電機は翌24日に顧問弁護士(西村あさひ法律事務所ではない、都内の大手法律事務所所属の弁護士。)に相談したところ、当該顧問弁護士より、総会後に公表することにつき違和感はない旨の見解を得た。また、6月25日、社会システム事業本部長、生産システム本部長、コーポレートコミュニケーション本部長らが打合せを行った際にも、株主総会前に公表することの是非を再検討したが、同日から顧客等に対する説明を開始する段階にあり、顧客等への説明に約1週間は必要であること等を踏まえ、7月2日に公表予定とする方針を変えないこととした。(10月1日発表調査報告書P12)」
リスクマネジメントの観点から「報道されるリスク」とそれによって生じる信頼失墜リスクがごっそり抜け落ちています。社外取締の一人が、公表が株主総会後になることに対する懸念を伝えた、ということはそこが1つの争点になると予測できたはずです。つまり、1週間の間に株主総会があるということは、通常よりもリークの可能性が高まると予測する必要がありました。
実際、7月2日に予定していた記者会見前の6月30日に鉄道空調の検査不正について報道がされてしまいました。そもそも6月15日の時点で公表方法について検討する機会が持てたはずです。15日であれば株主総会までは14日間あります。株主総会前までに公表する準備は十分です。
不思議で仕方ないのは、「コーポレートコミュニケーション本部長ら」の態度です。彼らは「25日から監督官庁や取引先に説明を開始したら、すぐに情報は漏れてしまう。1週間はもたない。リークされて報道される。そして批判の声が高まり、信頼を失墜させる。こちらに隠す意図がなかったとしても、危機意識が低い会社とされ、社長が辞任に追い込まれる可能性もある」と意見を述べなかったのでしょうか。
あるいは言えない雰囲気だったのか、言っても役員に反対されたのか、法的に問題ないと顧問弁護士に突き返されたのか、そこは報告書に不記載。この決定プロセスについてはもっと詳しい報告書があってこそ、教訓につながります。
「隠蔽の悪意がなければいい」発想ではダメ
話し合われた発表のタイミングについての検討やその調査をした調査委員会にも危機意識が感じられません。この点について調査委員会は、法的観点から次のような見解を述べています。
「三菱電機が、本件検査不正を、その公表前に、顧客である鉄道車両メーカーや鉄道会社とともに、経済産業省や国土交通省等に説明していたことを批判する向きもあるが、この批判にも理由があるとは思われない。顧客である鉄道車両メーカーや鉄道会社について述べたのと同様に、三菱電機が本件検査不正を公表すれば、経済産業省や国土交通省等に対する問合せ等がなされることは必至なのであるから、三菱電機が公表に先立って経済産業省や国土交通省等に本件検査不正を説明したことに何の問題もない。違法行為や不当行為を認知すれば、それを監督官庁や捜査機関に任意に報告することは推奨しこそすれ、何の非難にも値しない。(要約版P23)」
監督官庁に報告すればそこからマスコミに情報は漏れる、といった発想をコーポレートコミュニケーション部長らが持てなかったことが、危機管理広報視点での失敗です。コーポレートコミュニケーション部長らが、発表タイミング設計におけるリスクを洗い出し、全てのパターンを想定したシミュレーションをしなかったのではないでしょうか。株主総会前日か取引先への説明開始日をターゲット日として第一報だけでも打てたはず。記者会見に限らず発表手法はさまざまあるからです。
タイミング次第では社長辞任はなかった?
しかし、調査委員会は「不合理ではない」「不適切ではない」と述べるのみ。広報の視点から考えれば、不正続きで信頼失墜の真っただ中にある企業の判断としては決して好感を持たれる設計ではなかったのです。隠蔽の悪意がなければいいという発想では信頼回復はできません。「信頼」より先の「好感をもってもらう」までの役割が求められます。攻めの広報、守りの広報、といった言葉がありますが、危機時であっても攻めの広報であることが成功の秘訣であり、ダメージを最小限にする役割を果たすことにつながるからです。
なぜ筆者がここまでしつこくこだわるのか、といえば、発表タイミングの設計を間違わなければ、杉山武史社長は辞任まで考えなかったのではないかと思えるからです。7月2日の記者会見で杉山社長は、2時間以上かけて自ら説明し、質問に対しても真摯な姿勢でした。「前日の夜に辞任を決意した」とぎりぎりまで迷ったと述べています。
記者会見の場では、体制を一新した方がよいとの考えに至ったことが辞任の理由でしたが、発表タイミングの判断ミスも背中を押したように見えます。危機管理広報の体制が構築できていなかった、この点を見過ごしてはいけない。そうしなければ、経営トップの首はいくつあっても足りない状況に陥るのではないか、企業経営の観点から非常に危惧します。
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