静岡補選で自民逆転負け。「川勝リニア」にはねられ、岸田首相が初陣黒星

テストマーケティングの地「静岡」の不気味

参議院選挙の山口・静岡両選挙区の補選が24日、行われ、山口は自民党が圧勝するも、静岡が野党系の無所属候補に敗れた。

衆院選の投開票を翌週に控えた「前哨戦」として注目されたが、安倍元首相のお膝元である山口での自民勝利は想定内だ。しかし選挙戦の序盤ではリードもしていた与党側が「逆転負け」を喫し、野党側が勢い付くのは確かで、野党共闘の統一候補と激戦を繰り広げる各地の選挙区への影響が注視される。自民党総裁選直後の勢いはなぜ削がれたのか。ポイントは、リニア中央新幹線建設を巡り、地元の川勝平太知事が仕掛けた「争点」設定だった。

川勝平太静岡県知事の「ワナ」にハマった岸田首相(画像は米国海兵隊Wikimedia官邸サイト

岸田首相のリニア指示で知事が闘志?

リニア中央新幹線は、国やJR東海が2027年の開業を目指しているが、品川と名古屋の286㌔区間のうち、静岡県北部の9㌔についてトンネル掘削工事で地下水が流れ込み、大井川の流量に影響が出るのではないかとして、静岡県などの地元自治体や住民が懸念。川勝知事は工事の中止を訴え、今年6月の知事選でも自民党候補に圧勝し、4選を決めたばかりだった。

そして国政が菅政権から岸田政権に代わった直後の10月4日、川勝知事は改めてJR東海側に工事の中止を申し入れた。これに対し、岸田首相は就任したばかりの斉藤哲夫国交相に対し、次のように指示した。

「リニア中央新幹線をはじめとした高速鉄道、高速道路などの地方を結ぶインフラ整備が、経済圏の統合を促し、豊かな田園都市国家を支えることに留意しながら、道路・鉄道のミッシングリンクの解消、港湾などの交通網の整備に取り組むこと」

この発言は川勝知事がJR東海への申し入れの翌日のことで、川勝氏からすれば、いきなり岸田首相にメンツを潰されたことになる。川勝氏のリニア反対論を巡っては、JR東海側に対し、他県での駅の建設費と同じ規模の補償を要求し、リニア問題を知事選などで政治利用をしているという批判もつきまとうが、それでも川勝氏が岸田政権に対し、闘志をさらに燃やすきっかけとなった可能性がある。

山梨県内にあるリニア実験線(momo2018/PhotoAC)

「川勝ショック」で自民劣勢に

斉藤国交相の記者会見から2日後、補選が告示されたが、川勝氏はここで「電撃戦」を仕掛ける。立憲民主党、国民民主党が推薦する無所属の山崎真之輔氏の第一声に事前の予告なしにサプライズで登場したのだ。もともと「民主党系の知事」と目され、4期目を迎える川勝氏だが、ここまで国政選挙には積極的に関与していなかった。

しかし、候補者の山崎氏は知事選で川勝氏を支えたブレーンの1人。川勝氏は演説で、知事選の自民系候補者が参議院を辞職したことが補選になった経緯や、その知事選でリニア問題が争点になったことを挙げ、「知事選における最大の争点は何か、水の問題。言い換えるとリニアの問題。山崎真之輔は、命の水を大事にするということを一貫して言い、私にそれを教えてくれた最高の後輩」と持ち上げ、演説後の報道陣の取材に対してもリニアが争点の一つになるとの見方を示した。これにより、衆院選の前哨戦と見られがちだった補選が、静岡についてはリニア問題がクローズアップされた。

山崎氏の選対事務局長を務める地元県議は地元テレビ局のインタビューに対し、川勝氏の登場は「全く聞いてなかった」としているが、真相は不明だ。それが事実だとしても、いま思えば選挙戦の間、マスコミの注目が特に集まる第一声の場を狙い澄ました川勝氏の作戦だった。

これに自民党は慌てた。もともと知事選で川勝氏に長年負け続け、静岡県内では厳しい状況が続いていたが、総裁選のメディア露出効果もあって当初は楽観的なムードがあった。しかし、選挙戦に入ると情勢調査で、候補者に擁立した前御殿場市長の若林洋平氏がリードするも、追いかける山崎氏との差が3ポイント程度にまで狭まっていることが判明。そして、先週半ばになると、報道機関の出口調査で、今度は山崎氏が10ポイント以上、リードしはじめた。

川勝氏の支援を得て、参院静岡補選を制した山崎真之輔氏(ツイッターより)

川勝知事の術中にまんまと

「川勝ショック」は選挙戦でどう広がったのか。知事選のとき、リニア問題の現地、大井川流域で川勝氏は堅調に支持を集め、県内の市区町村別で川勝氏の得票率が特に高かった上位10の市町村のうち、9つが流域エリアだったが、今回の補選でも、島田市、菊川市、掛川市、藤枝市、袋井市では山崎氏が勝利。知事選での得票率が最も高かった吉田町は若林氏に1位を譲ったものの、山崎氏とは141票、得票率にして1.3%の僅差しかなかった。

県内全体を見ても、山崎氏は選挙戦を通じて、「東京時代から静岡時代に」をキャッチコピーの一つに掲げたが、これは川勝氏の知事選を踏襲したもの。山崎陣営と川勝知事が有権者に対し、リニア問題をテコに知事選のリマインド効果を狙い、的中した格好だ。補選は「衆院選の前哨戦」という位置付け以外に目玉となる争点がなかった中、岸田首相が新政権発足時に伴うリニア方針の伝達をしたことを逆手に取られた格好だ。

静岡県は昔から広告業界などから、消費性向に偏りが少なく、テストマーケティングに向いているとされてきた。川勝ショックは全国各地の無党派層の「志向」を占うものなのか、それとも地域特有の政情による例外なのか。残り1週間の衆院選情勢は、予断を許さなくなってきた。

 

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