経済安全保障これからの視点:問われる企業統治と政府の説明責任
新たに法律を作れば終わりではない- 経済安全保障には野党も肯定的だが、企業統治、政府の説明責任など課題山積
- 東芝の株主総会の運営をめぐる経産省の行政指導が問題視された事例が典型
- 行政に忖度が働くような事態にならないよう透明性及び説明責任の確保を
10月4日に発足した岸田政権は、経済安全保障を看板の一つに掲げている。経済安全保障については、野党も概ね肯定的だ。政権公約に少し触れているのみだが、方向性に異論は見当たらない。米中対立が長期化し、経済安全保障をどうするのかは喫緊の課題だ。そのため、政策の方向性が一致しているのは分かる。
しかし、経済発展と経済安全保障をどう両立するか、経済安全保障における説明責任をどう果たすのかなど、重要な問題が山積している。ここでは、経済安全保障を考えるきっかけとして、企業統治、政府の説明責任という視点から、経済安全保障の問題を考えてみたい。
経済安全保障は新しい問題ではない
米中対立が激化する中で、経済安全保障がクローズアップされているが、その概念自体は新しいという訳ではない。戦後の日本は、技術や人材の流出に神経を尖らせ、特に技術の軍事転用については、厳しく制限されてきた。武器輸出三原則はその典型であろう。
その間、技術流出の問題は幾度も起こってきた。有名なのが、東芝ココム事件であろう。東芝ココム事件は、東芝の子会社である東芝機械が対共産圏輸出統制委員会(ココム)に違反し、高性能工作機械をソビエト連邦に輸出し、それが外国為替及び外国貿易法(外為法)違反となった。裁判の結果、外為法違反が認定され、経営陣に刑事罰が下ると共に、親会社である東芝は会長と社長が辞任する事態となった。
このように経済安全保障が、企業活動に影響を与えるのは、今に始まったことではない。東芝ココム事件で、企業が取り締まりを受け、経営陣が辞任する事態となった。当時は、日米経済摩擦が華やかであり、東芝がソ連の潜水艦技術を向上させたとして、米国では日本への批難が浴びせられることになった。企業活動が国際関係にまで影響を及ぼしたのである。
企業統治が問われる中で経済安保どう確保
21世紀に入り、経済産業省は、通商産業省から名称を改めてもなお、外為法を根拠として、行政指導という形を通じて、企業活動に介入してきた。
冷戦期であれば、監督官庁の行政指導は特に問題視されることはなかった。しかし、21世紀以降、行政指導には、透明性と説明責任が問われるようになった。この典型となったのが、奇しくも東芝で再び起きたケース。株主総会の運営に対する経産省の行政指導を巡る問題だ。
2021年6月10日、東芝は筆頭株主であるエフィッシモ・キャピタル・マネジメントが選任した弁護士による調査報告書を提出した。そこでは、東芝がアクティビスト(物言う株主)への対応のために経済産業省に支援を要請し、経済産業省は外為法を根拠として、株主総会に介入したと指摘されている。この報告書がきっかけとなり、経営陣の監督責任が問われ、後の株主総会で永山治取締役会議長ら2人の社外取締役の選任が否決された。
ここで問題なのは、報告書の是非ではなく、経産省の行政指導が問題視され、経営責任を問われたことである。東芝は原子力事業を持っているため、外為法上の重点審査の対象となるコア業種に指定されており、行政指導を合法という経産省の言い分も分からなくはない。しかし、その行政指導に対して、疑問が呈され、経営陣の監督責任が問われた。行政指導が万能ではないことが示されたのである。
経済安保で中国とどのように付き合っていくのか
現在の経済安保は対象を中国としている。しかし、すべての経済活動から中国をシャットアウトすることは極めて難しい。しかも、日本企業と中国企業、特にテック企業の結びつきは強まっていくばかりだ。2021年4月に楽天がテンセントの出資受け入れを発表した。2021年8月の記者会見でソフトバンクの孫正義社長が、中国への投資は当面見合わせるとしたものの、完全な撤退は否定した。AIなどの先端技術においては、今や米国と中国の2強状態であり、中国は欠かすことのできない存在となっている。
LINE利用者の個人情報が中国の関連会社で閲覧可能だった問題に見られるように、情報管理などの課題は多い。他方で、分野によっては、中国を完全に締め出す訳にもいかない。
こうした中で、行政指導については案件ごとの妥当性が問われることになるだろう。この時、杜撰な運用をしていたならば、企業や投資ファンドから思わぬしっぺ返しを受けることにもなりかねない。それが重なれば、経済安保の実効性をも揺るがしかねない事態となるだろう。
経済安保で透明性をどう確保するか
岸田政権の発足以来、経済安保の確保が重要な問題となった。岸田政権では、経済安全保障推進法の制定など、規制を強化することが掲げられている。しかし、企業活動に透明性が求められるようになった現在、規制強化だけで経済安全保障を確保できるかは不透明である。
こういう議論をすると、「安全保障上の問題なので透明性は関係ない」と指摘する意見もある。そういうことを言っているのではない。たしかに、安全保障上の観点は重要であり、これは国益を揺るがす行為だ。厳正な取り締まりが必要となる。
しかし、その運用が、適切かどうかが問われるのも事実である。岸田政権の前任の菅政権では、東北新社の外資規制違反問題など、明らかな法令違反にもかかわらず、忖度が働くという事件も起こっている。そして、こうした問題は菅政権だけではない。
政治家の口利きは何度も取り上げられているが、一向に減る気配はない。経済安保が政治家の口利き案件となる、それによって肝心の経済安保が脅かされてしまっては、本末転倒であろう。
そこで重要となってくるのが透明性及び説明責任の確保である。なぜ、この案件が経済安保にあたるのか、法の運用は適法だったのかなど、政府と監督官庁には説明責任が求められる。経済安全保障は新たに法律を作れば終わりという単純な話ではないのである。
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