「日本で兵器に転用できる技術はないか?」企業買収の現場で

【連載】『経済安全保障リスク』著者、平井宏治氏に聞く #1
ライター・編集者

(編集部より)経済安全保障を巡る新しい動きが日経新聞の一面トップに載ることも珍しくなくなってきた。ビジネスの現場からどう備えるか。新刊『経済安全保障リスク 米中対立が突き付けたビジネスの課題』(育鵬社)で、経済安保の事業リスクについてM&Aのプロの立場から警鐘を鳴らす平井宏治さんに、企業側から見た時の課題や対策を聞いた。

度肝抜かれた中国人ビジネスマンの要求

――平井さんはM&Aや事業再生といったビジネスの現場から、中国とのビジネスにおける「経済安全保障」について警鐘を鳴らしています。

【平井】はい。日本企業の中国進出が盛んだった10年ほど前、ある中国人から「日本で兵器に転用できる技術を持った電機メーカーはないか」とストレートにぶつけられ、度肝を抜かれたことがありました。

中国の狙いは、西側、つまり欧米や日本の機微技術や軍民両用(デュアルユース)技術を入手して、中国人民解放軍の装備を近代化し、世界一の軍隊に仕立て上げること。特に「智能化」と呼ばれる方針では、情報処理や通信技術を兵器に組みこもうとしています。

平井 宏治  株式会社アシスト社長
1958(昭和33)年、神奈川県生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。1982年、電機メーカー入社。外資系投資銀行、M&A仲介会社、メガバンクの証券子会社、会計系コンサルティング会社勤務を経て、2016年、株式会社アシスト代表取締役社長。1991年からM&A助言ならびに事業再生支援業務を行う傍ら、メディアへの寄稿や講演会を行う。日本戦略研究フォーラム政策提言委員。著書に『経済安全保障リスク 米中対立が突き付けたビジネスの課題』(扶桑社)がある。

中国政府は2015年に「中国製造2025」を掲げ、「2025年までにこれまでの『世界の製造工場』の位置づけから脱し、2035年までに『製造強国』としての立場を確固たるものにしたうえで、2049年までに世界一になる」ことを産業政策としています。

最大の問題は、その過程で自国での研究を発展させるだけでなく、西側諸国が研究している成果を、様々な形で盗み取ること。日本から見れば、中国への技術流出、人材流出に留意しなければなりません。

「軍事転用技術」を見分けるのは困難

――どの技術が狙われているのか、軍事転用されやすいのか、なかなか見分けがつきませんね。平井さんの『経済安全保障リスク』(育鵬社)では、インスタントコーヒーの製造技術をめぐる事例が紹介されていました。

【平井】インスタントコーヒーの製造に使われるスプレードライヤーは、海外輸出の際に外為法に基づく事前届け出・事前審査と、事後報告が必要です。

この技術については実際に事件も起きています。2020年3月、神奈川県にある大川原化工機が自社製造のスプレードライヤーを中国に無許可で輸出し、外為法違反で社長以下、3名が逮捕されています。ただしその後、地検で起訴取り消しになりました。民間・民生技術でも軍事転用できるものは多くありますが、判定が難しい。この件では、検察官が、このスプレードライヤーが法規制に該当することを立証するのは困難と判断し、公訴取消を申し立てたとされています。

――輸出の際、どのように審査をしているのでしょうか。

【平井】これまでは経産省の担当部署が輸出の審査をしており、実際に製品や技術を輸出する際には企業側と綿密なやり取りをしています。しかしそれはあくまでも「軍民両用技術を扱っている企業が対象」であり、「転用」に関してのチェックは十分ではありません。

事ここに至っては、何らかの先端技術を持っている会社の場合、中国との取引は相当、慎重に行う必要があるでしょう。

もちろん、中国とのデカップリング、と言っても、すべての業種で、中国との間のすべての取引をやめろと言っているわけではありません。例えばラーメン屋や牛丼屋が中国に進出しても安全保障の問題には直結し得ませんから、各社がリスクを判断すればいい。

しかし高度な技術、先端技術を持っている会社は、慎重に事を進める必要がある。政府は経済安全保障のために審査や法令を厳格化する必要があるでしょうし、民間もアンテナを張っていないと「これまで通り取引していたら、いつの間にか法律違反になっていた」ということにもなりかねません。しかも今後は、中国との取引実態によっては、アメリカとの取引にも支障が出てきかねません。

米「国防権限法」で輸出管理を厳格化

――アメリカは取引基準をかなり厳格化しているそうですね。

【平井】その通りです。私は仕事柄、取引相手国の法律も頭に入れておかねばならないので、海外の法律事務所から送られてくる情報提供のレターに日々、目を通しています。特にアメリカからは「経済安全保障」に関する動き、つまり大きな外資規制の変更がありそうだ、という話が2017年ごろから伝わってきていました。これは私も実感として感じていたことです。

そして2018年8月13日、アメリカは2019年度版の「国防権限法」が成立。これにより、中国とのビジネスについて多くの規制を施行したのです。さらにはエンティティリスト(ブラックリスト)を強化し、輸出管理法に基づき国家安全保障や外交政策上の懸念があるとした企業を列挙しています。

これは大変だ、アメリカでは対中ビジネスの在り方が大きく変わるぞ、日本は大丈夫か、ということで、当時、国会議員さんを集めて勉強会を開いたり、本を出さないかというお話をいただいたりする中で、私自身もより広く「経済安全保障」について発信しなければという思いを強くしてきました。

「経済安全保障」とは何か

初代経済安保担当相に就任した小林氏(政府インターネットテレビ)

――日本では「経済安全保障」担当相が岸田政権下で初めて誕生しましたが、政治上の概念とビジネスの現場、さらには世論とで、それぞれ受け止め方や危機感が違っている印象もあります。

【平井】対中ビジネスの実態、特に現場で生じてきた問題点を、大手メディアがあまり報じてこなかったことにも問題があるでしょうね。

一方でこの問題が一般にも見える形で顕在化したのは、新型コロナ禍においてでした。多くの人がコロナ禍でマスク不足を経験したように、「安いから」と製造部門を中国に移転してしまったことで、マスクや消毒液といった必須の物資が「戦略物資」と化しました。中国の一存で流通や製造を止めることで、取引国に圧力をかけられる状況を見落としていたことに、日本だけでなく多くの国が気付いたのです。

中国が禁輸に踏み切れば、中国からの輸入に頼っている国はこうした物資を手に入れることができない。となれば、物資欲しさに外交、軍事においてすら中国の言い分を受け入れざるを得なくなるかもしれない。こうした影響力行使を許さないためにはどうしたらいいのか。これが、「経済安全保障」の概念の一つです。

――サプライチェーンの問題ですね。

【平井】はい。もう一つは、先ほども触れた人材流出、機械の流出によっておこる技術流出の問題です。読売新聞が報道し、議論を巻き起こしましたが、日本の技術者がかなりいい条件で中国の研究所や大学に引き抜かれるようになっています。しかし「軍民融合」を掲げる中国では、民間や大学と言っても人民解放軍と無関係ではありません。

alexis84/iStock

中国「国防七校」に気をつけろ

――日本のように研究者が「軍事研究には協力しません」と言ってすむものではない。

【平井】人民解放軍に武器を納入しているのは、アメリカ政府がリストを作った人民解放軍に関係の深い企業、ファーウェイやハイクビジョンなどのほか、軍事四証と言われる資格を得た民間企業や大学です。

この、大学が人民解放軍の兵器開発で重要な役割を担っているという点が、日本と大きく異なる点でしょう。中国では「国防七校」(北京航空航天大学、南京理工大学など計7校)と言われる、人民解放軍との関係が特に深い大学があります。日本ではこれまで、「大学同士の交流」として中国の「国防七校」との間で留学生を交換するなどの提携を行ってきましたが、共同研究などから技術が流出した懸念は大いにあります。実際に、米豪では情報漏洩事件などが多数発覚しています。

非常に端的に、最大限に危険を見積もっていえば、官民、軍と大学の間に壁のない中国との交流は、「日本由来の技術で日本人を殺す兵器が作られかねない」懸念が拭えないということです。

サプライチェーンの問題と、技術流出の問題。双方をカバーするためには、研究や製造の拠点を東南アジアに移す必要があると考えています。高付加価値部品製造は国内で行い、国内から輸出し東南アジアで組み立てを行うようなイメージです。「プラモデルのように」というと怒られるのですが(笑)、あらゆる知恵を絞って「脱中国」を図るべきではないでしょうか。

#2に続く

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