髪の毛の5万分の1の細さでも、鋼鉄の10倍以上強い「カーボンナノチューブ」

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第15回
化学講師
  • 「宇宙エレベーター」を実現可能に。カーボンナノチューブに迫る後編
  • 「細いのに強い」「電気や熱をよく通す」耐熱性は2800度も!
  • 産業利用で世界市場は5億ドル超とも。その発見は「偶然の幸運」から

1人の日本人博士の、とある発見により「ガンダムの世界の中だけのもの」から「実現可能な計画」に変わった宇宙エレベーター。前編では、宇宙エレベーターの本当の役割と完成予想図をお話しました(リンクはこちら)。後編の今回は、博士が発見した「カーボンナノチューブ」についてのお話です。宇宙エレベーターを実現可能にしたこの素材は、一体どんなものなのでしょうか。

「どうしても必要だったもの」とは、いったい何?

大林組プレスリリース(2012年2月20日)より

前編でお話した宇宙エレベーター完成予想図(上記)を思い出してみましょう。宇宙エレベーターを全体でみると、ステーションやカウンターをつけた状態の約10万kmにもおよぶ長大なケーブルがピンと張った状態を保って、地球と同じ速さで周っていることになります。この状態を保つことができるのは、ケーブルに2つの力が働いているためです。

1つはみなさんもご存知の「地球の重力」すなわち「万有引力」です。これにより、地球側に引っ張られる力が働いています。重力は重いものほど強くなります。

もう1つは、宇宙側に引っ張られる力「遠心力」です。ハンマー投げを思い浮かべてみましょう。おもりのついた鎖を振り回すと、おもりの方へ体が引っ張られそうになりますね。これが遠心力です。遠心力も重いものほど強くなります。宇宙側の先端につけたカウンターは、遠心力を十分なものにし、万有引力とのバランスをとるためだったのです。

地球側に向けてはたらく「万有引力」と宇宙側に向けてはたらく「遠心力」。この2つの力によって、宇宙エレベーターのケーブルはピンと張った状態を保つことができるのです。

問題は、その2つの力の「強さ」です。宇宙エレベーターは、先端のカウンターだけでも約37トン。ステーションやケーブル自体の重さもあるため、総重量は100トンにもおよぶといわれています。そのため、万有引力も遠心力も非常に強くなり、ケーブルはその強い2つの力に引っ張られ続けるのです。丈夫な素材といわれている鋼鉄やケブラー繊維でさえ、この強い力にはかないません。そうです!宇宙エレベーターをガンダムの世界から現実世界に引き摺り出すには、この強い力に耐えられる素材が必要だったのです!長い間、人類はその素材を手に入れることができませんでした。しかし、1991年。ついに飯島澄男博士によって「カーボンナノチューブ」が発見されたのです。

カーボンナノチューブとは?

3Dで再現したカーボンナノチューブ(enot-poloskun /iStock)

「カーボンCarbon」は炭素C、「ナノNano」は10億分の1を表す接頭辞、「チューブTube」は筒状のものを表しています。その名の通り、カーボンナノチューブ(以下、CNT)は「炭素C(だけ)でできているとっても細い筒」です。

CNTの特徴の1つ目は「細いのに強い」です。CNTは炭素C原子同士の結合だけでできており、この結合が非常に強いため、髪の毛の5万分の1の細さでありながら、鋼鉄の10倍以上の強さをもっています。この強さが、宇宙エレベーターのケーブル材料として期待される一番の理由です。

そして2つ目の性質は「電気や熱をよく通す」です。みなさんのお家にある家電製品のコードに利用されている金属は、銅ですね。銅は電気をよく通しますが、細くしていくと必要な電流量に対しての耐久性が下がります。それに対してCNTは強度があるため、細くても十分な電流量に耐えられます。電流量に対する耐性は、なんと銅の約1000倍!そして、熱の通しやすさは銅の約10倍です。

それだけではありません。耐熱性にも優れています。宇宙空間には空気がないため気温はありませんが、人工衛星などの太陽側は太陽の赤外線で加熱されます。しかも、冷やしてくれる空気が存在しないため高温になってしまいます。CNTは真空中で約2800度まで耐えられるといわれており、宇宙空間での活躍が期待されているのです。

カーボンナノチューブのこれから

CNTはその優れた性質から、宇宙エレベーターのケーブルだけではなく、コンピューターの集積回路やディスプレイ、医療など、様々な利用が研究されています。IDTechExの調査レポートによると、CNTの世界市場は、今後10年以内に5億ドル超の規模まで成長すると予測しており、期待の高さが伺えます。

そして本題の「宇宙エレベーターのケーブル材料としてのCNT」ですが、超えなくてはならない課題もあります。それは「十分な長さのものが作れないこと」です。数年前、静岡大学の研究室にサンプルを見せていただきましたが、当時で十数センチ程度だったでしょうか。「これでもすごいことだ」とおっしゃっていたのを記憶しています。

しかし、ナノテク2020という展示会では、ある企業から数100メートルほどの長さのCNT繊維(撚糸)が発表されるなど、産業界でCNTの開発は、どんどん進んでいます。きっと、この課題も克服する日が来るでしょう。

神様からのご褒美

metamorworks /iStock

飯島博士によるCNTの発見は、セレンディピティー(偶然の幸運)として語られています。

飯島博士は「フラーレン」とよばれる炭素C原子60個からなる物質(以下C60)の研究に取り組んでいたときのことです。博士以外の研究者は、フラーレンを合成し、目の前のフラーレンに注目し続けました。フラーレンの研究をしているのですから当然のことです。しかし、博士は違いました。フラーレンの研究者にとっては、ある意味「ゴミ」ともいえる他の部分に目を向けたのです。するとそこに、見たことのない構造の物質がありました。そうです。そこにあったのが、CNTだったのです。

これは、ただの偶然でしょうか。私はそうは思いません。研究者の方々とお話を聞いたり読んだりしていると、この偶然によく出会います。そして、この偶然を経験した方々に共通していることがあるのです。それは「一つのことを根気強く追求し、それを楽しんでいること」です。

きっと、この偶然はそこらじゅうに転がっているのです。しかし、それに気付くことができるのは「十分な知識」と「チャレンジと失敗を繰り返した経験」のある人だけなのです。私にはこの偶然が、そうした努力の積み重ねを続けた者だけに与えられる、神様からのご褒美のように思えてなりません。

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