衆院選は「勝者なき戦い」か?自民・甘利、立民・江田ら「大物」落選危機が問うこと
第三極の機運乏しく、情勢報道も混迷...衆院選は30日、選挙活動の最終日を迎え、各候補者がマイクを使って訴えられるのは20時で終了した。当落線上のある候補者の中には、12日間の走り続けた最後の気力を振り絞り、地元駅の改札口前で終電までの乗降客に挨拶する人たちもいるだろう。

自民「負け幅」どこまで許される?
31日の投開票の行方はどうなるだろうか。自民・公明が圧倒的な存在で政権与党の座(過半数)から滑り落ちる可能性は無いが、解散前の自民党は276。単独で、絶対安定多数(17ある常任委員会全てで委員長を輩出し、過半数の委員を上回って安定的に国会を運営できる)の「261」を確保し、ほぼ磐石と言って状況だった。
しかし、振り返ればこの数字はもともと「高止まり」したものだ。国民的人気を誇った小泉政権ですら初めての衆院選(2003年)は237にとどまった。当時の衆院の定数は現在より15多い480だから、安倍政権以後、一時は300近い議席数を確保するまで党勢を伸ばしたのは簡単ではなかった。だから今回の選挙戦で自民党は議席減は織り込み済みとされる。

では、どこまで負け幅が許されるのか。岸田首相は勝敗ラインを過半数に置いているが、これは言質を取られないための“保険”含みと言っていい。与野党合わせて先述の絶対安定多数の確保が本音であろうが、可能であれば自民党単独での過半数(233)を取り切ることで第一党としての面目は何がなんでも維持したいだろう。それでないと友党とはいえ公明(20台後半〜30前後と予想される)にますます依存する構造になることは、公明が慎重な憲法改正を進める上でも避けたいところだ。
朝日と対照的、読売報道の衝撃
そうした中で今回、報道各社の情勢分析がかつてないほど割れている。特に日頃は自民党政権に厳しい朝日新聞が「自民が単独過半数確保の勢い、立憲はほぼ横ばい」(25日)、つまり与党優位と報じたのに対し、保守派の産経新聞が「接戦区で立民優勢、自民苦戦」(29日=野党健闘)との見方を示したことが話題になっている。「互いに贔屓の政党を勝たせるために支持者に危機感を与えるためのアナウンス効果を狙った」と穿った見方がそこかしこで耳にするが、情勢分析を外しすぎると投開票翌日の新聞の中身に影響してくるので、そうした“陰謀論”については筆者は疑問だ。
ただし、こうした事態は、有権者だけでなく、選挙の「プロ」も困惑する異例の状況だ。中国地方の自民党の地方議員は今週初め、筆者の取材に「各社で数字が違うので困惑している」と打ち明けていた。そして「皆が気にしていて、できれば資料を入手したいと思っているのは読売の情勢結果」とまで語る。
その読売新聞は朝日より4日遅れの朝刊で「自民単独過半数は微妙. 小選挙区4割が接戦」と報じ、朝日と対照的な結果を報じた。野党の候補者一本化がじわじわと効果を発揮し始め、北海道や東北などで苦戦しているのは想定内のことだが、読売報道で政界関係者に衝撃だったのが、自民・甘利幹事長について「私の選挙史上で一番大変」と自民・甘利氏、地元から動けず」と、その苦境を(おそらく)大手新聞では初めて大々的に取り上げたことだった。なんと甘利氏は幹事長であるにもかかわらず、他候補の応援にいく余裕がないという異常事態なのだ。
甘利氏「苦戦」の実相は?

甘利氏は神奈川13区で無類の強さを誇ってきたが、ここも野党統一候補である立民公認の新人、太栄志(ふとり・ひでし)氏との一騎打ち。筆者が以前入手した自民党調査では、4月に約20ポイントもの差があったのが、7月に太氏に10ポイント差まで詰められた。その後、甘利氏が引き離した時期もあったが、選挙戦中盤になると共同通信の調査で10ポイント以内に追い上げられた。読売(と一緒に調査した日経)の生数字は知らないが、「甘利と太が終盤に入って接戦の度合いを強めている」との文言から同様の傾向があると見られる。
甘利氏は2016年1月、金銭授受疑惑が浮上し、経済再生担当相を辞任。翌年の衆院選は、太氏(当時、希望の党公認)と共産候補に圧勝して12選を果たしたが、入閣はせず、党税制会長など党の要職をつとめ、最近は経済安全保障政策を推進する第一人者として脚光を浴び、岸田体制では幹事長に就任。岸田政権が経済安保担当相を初めて設置するなど力を入れているあたり、政権与党の大黒柱として再起した矢先、金銭授受疑惑が報道で蒸し返された影響も小さくなさそうだ。
万一、甘利氏が選挙区で落選しても、伯仲している情勢から比例復活は固いと見られるが、自民の現職幹事長が選挙区で落選するのは前代未聞で、選挙後の党運営に大きな波乱要素になりかねない。
「NISA江田」も安泰でない
では、それで野党に追い風が吹いているかといえば、全国的には読売が書いたように接戦区は増えているものの、かつての民主党のように政権奪取が視界に入るほどの勢いは到底ない。それどころか、自民が甘利氏のピンチかと思えば、立民も党代表代行の江田憲司氏が投開票3日前のテレビ番組で、非課税のNISAにも課税すると発言して大炎上したのは本サイトの既報通り。枝野代表や蓮舫氏らが、党公約の中にNISA推進が入っていることを説明するなど江田発言の「火消し」に追われるという無様な事態になった。

江田氏は発言の影響で他選挙区への応援も取りやめになったようだが、その江田氏も「牙城」と言われた神奈川8区で安泰とは言えなくなっている。自民党は前文科政務官で、前回は江田氏に敗れて比例復活した三谷英弘氏を今回も公認。自民党調査の7月、10月初めの調査では江田氏が大きくリードしていたが、毎日新聞の電話調査、共同通信の期日前出口調査では、三谷氏が猛追していずれも接戦に持ち込んでいる。
三谷氏は東大在学中に司法試験に合格。大手弁護士事務所勤務やアメリカのロースクールを経験したビジネス弁護士。初当選はみんなの党という経歴からもわかるように、都市部の経済重視の無党派層に支持されやすい属性がある。神奈川8区は横浜市の青葉区や緑区など東急田園都市線沿線エリアで、都心部や横浜中心部で働く人たちのベッドタウンでもあり、土地柄との親和性があることからも、自民党本部は三谷氏にこの選挙区をあてがったと見られる。
実は江田氏は初期に2度落選している※。初選挙となった2000年衆院選では自民公認で出て、のちに横浜市長になる民主党公認の中田宏氏に完敗。中田氏の横浜市長転出で行われた、2年後の衆院補選で無所属で初当選するも、2003年衆院選では民主党公認の岩國哲人氏と惜敗率97%に迫る大接戦を演じた末に敗れ、当時は無所属だったために比例復活はなく、2年後の衆院選で復活するまで浪人時期を過ごした。
江田氏は横浜市長選で擁立した山中竹春市長の疑惑に対してもほとんど言及せず、市民から「製造者責任」を問われ始めており、さらに選挙直前の「NISA失言」。三谷氏が江田氏にどこまで迫るのか注目されている。
維新は?山本太郎は?「勝者なき選挙」!?
なお、甘利氏も江田氏も、弁護士の郷原信郎氏が疑惑を追及し、落選運動を展開しており、郷原氏はネットだけでなく30日には街頭活動も展開した。この影響がどこまで及ぶのかも見どころだ。
全国的に見ると、日本維新の会が大阪で好調を維持し、大阪府内の小選挙区で擁立した15全てで自民党候補を打ち破るのかもポイントだ。しかし先日も書いたように、近畿圏以外、特に首都圏では東京で第三極のチャンスがあるにも関わらず、追い風が吹いているとまでは言えない。

維新は東京ブロックで2議席目を伺うとされるが、これを阻止し、おそらく唯一に近い議席をなんとか確保しようとしているのが、山本太郎氏のれいわ新選組だ。ここにきて山本氏は維新が最大の競合とみて、自民党に対するよりも口撃を強めている感があるが、もともと維新とれいわでは支持層が異なるため有権者の「スイッチング」効果があるのか微妙ではないか。しかし、いずれにせよ山本氏が勝とうが、維新が2議席目を取ろうが、選挙後、全国的なレベルでの第三極ブームが起きるとみなされる機運が乏しいのではないだろうか。

泣いても笑ってもあとは投票日を残すのみ。コロナがほぼ沈静化したことで投票率の回復には期待したいところだが、「岸田政権の承認」以外に国民が関心を強く持つアジェンダがあるとは言いがたい。保守派は憲法改正の、リベラル派は選択的夫婦別姓の、見通しがそれぞれ全く立っておらず、良くも悪くも「何も変えられない」停滞感・無力感が漂うのは否定できまい。
そこへきて、自民・立民がともに党幹部が選挙区落選する「痛み分け」の危機に陥り、新興勢力の台頭という変化の波も感じさせないという「勝者なき選挙」になって政治の迷走を繰り返して終わるのか。それとも来年の参院選に向け、国民に日本の「変化」への期待を少しでも抱かせる布石を打つことになるのだろうか。
※ 初出で江田氏の落選は一度だけと記載しましたが、確認不足でした。訂正します。
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