43歳無所属新人がジャイアントキリング!議員生活「半世紀」80歳重鎮をゼロ当で“瞬殺”

熊本2区で西野氏、自民・野田氏を破って初当選

衆院選の熊本2区では、無所属新人の西野太亮氏(43歳)が、衆議院議員を16期務めた自民党の野田毅氏(80歳)との事実上の一騎打ちとなり、NHKは20時過ぎに西野氏の当確を早々と速報する「ゼロ当」。自民党税調最高顧問、自治相などを歴任し、来年で議員生活50年を迎える与党重鎮を“瞬殺”するという衝撃的な結果となった。

遊説中の西野太亮氏(ツイッターより)

大物議員に挑んだ4年間

西野氏は1978年熊本生まれ。東大卒業後、財務省に入り、主計局などで勤務。途中、官費留学で米国コロンビア大大学院で学び、帰国後は復興庁出向や内閣官房でマイナンバーを担当などを担当。2016年、故郷の熊本で震災が起きたこともあり、政治の道を志て高校卒業以来、帰郷し、自民党からの出馬をめざしたが、大蔵省出身の大先輩でもある野田氏は地位を譲らなかった。

西野氏はそこでかつての自民党議員、林田彪(はやしだ・たけし)氏の支援を受けて対抗した。林田氏は、野田氏が自民党を離れ、新進党に所属していた1996年の衆院選で、自民公認候補として同区から出馬。野田氏に敗れた。その後、野田氏が自民に復党すると党本部裁定で、選挙区と比例区を選挙ごとに交代する「コスタリカ方式」で住み分けをしたが、高齢の野田氏が党の規定である「比例73歳定年制」の対象となった。これにより、野田氏が選挙区のみ、林田氏は比例に続けて出ることになり、2012年は比例で当選したものの、14年は落選。その後は引退状態だった。

選挙区内の自民勢力は、林田氏を支援していた「反・野田系」勢力が息づいており、この人たちが西野氏を支援。さらにかつて自民党宏池会(現岸田派)を率いた元衆議院議員の古賀誠氏も西野氏を後押しするという、まさに「保守分裂」の様相となった。西野氏は2017年の選挙では、野田氏の約8万6000票に及ばなかったものの、無名のゼロからのスタートで6万票余を獲得する大健闘を見せた。

一般的に、国政選挙で無所属の候補者が勝利するのは難しい。政見放送に出ることができず、選挙期間中のネット広告も個人候補者は一般的に禁止されるが、政党候補者の場合、所属政党経由のネット広告で実質的に露出するなど、宣伝競争で大きなハンデを背負う。それでも西野氏は熊本で4年の浪人生活を送りながら、選挙区内に前回はなかった後援会を30か所立ち上げ、保守系の地方議員も巻き込むなど足場を着々と構築した。ブログによると、その中には地元の元町長が町の後援会長を引き受け、今年3月に亡くなるまで病苦を押して支援するなど、熱心な支持者を開拓して行った。

夏に始まったジャイアントキリングの道

野田毅氏(「自由民主」より)

熊本県内の農業関係者でつくる政治団体、熊本県農政連は今回、西野氏と野田氏の双方に推薦状を出し、事実上の自主投票に。さらに創価学会の地元組織内でも世代交代を求める声が強まり、表向きは公明党が野田氏に推薦を出すものの、学会の票が流出した。

焦った野田陣営は、自民党の熊本県連会長を務める前川收(おさむ)県議が街頭演説で「保守分裂の戦いと言われているが、自民党の野田毅と無所属のかたともう1人共産党のかたがお出になっている構図」などと、西野氏が与党支持層が流れ込まないように訴え、ネットで発信した。

しかし自民党本部が水面下で行った情勢調査では、今年8月の時点で西野氏が野田氏を逆転。さらに選挙戦に入ると、財務省時代の同期でもある村井英樹首相補佐官や、小林史明デジタル担当副大臣ら宏池会の若手議員がため書きを送り、公然と支持を表明した。地元紙・熊本日日新聞によると、西野氏は財務省の先輩でもある木原誠司官房副長官とも関係が深く、選挙前に極秘に上京し、木原氏と会談した。

こうした選挙情勢や中央政界の動きを呼んだためか、地元・熊本市の大西一史市長も両陣営に激励文を送付。「保守分裂」「世代交代」の構図が確定的になった。西野氏は夏以後もリードを広げ、無所属の新人でありながらも地元紙・熊本日日新聞が序盤の情勢報道で「頭一つ抜け出した」と報道。4年間の浪人生活を乗り越え、「ジャイアントキリング」での初当選を勝ち取った。

国政全体では自民党が大きく議席を減らす中でも、熊本では4選挙区のうち3選挙区で自民候補が順当に早々と当確した。しかし2区で野田氏が西野氏に完敗。前川県連会長は、西野氏が当選しても「自民党入りは認めない」などと主張していたが、県連執行部の責任を問う声が内部で出始めているといい、この後、西野氏が宏池会の後ろ盾も得ながら追加公認されるのかも注目される。

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