「東芝3分割」案浮上!藤巻氏「日本も欧米流に株主を意識するようになった」

透明性を増し、企業価値を高められるか

東芝は、原子力発電所などのエネルギー分野や社会インフラ、半導体など多くの事業分野をもち、傘下の子会社はおよそ300社にものぼるという。この東芝が事業を3つに再編し、分割することを検討していることが判明した。

東芝の事業はおもに、原子力などの「インフラ事業」と、電子機器などの「デバイス事業」、「半導体メモリー事業」の分野がある。これらの分野で3つの法人を設立し、それぞれを上場させることで、投資家からみて、わかりやすさを見せ、企業価値を上げるというのがねらいのようだ。実際に分割案が公表された9日、東芝の株価は前日比3%上昇しており、市場は分割案にたいし好感を示しているようだ。

東京・芝浦の東芝本社(写真:AFP/アフロ)

不透明なイメージ拭えるか

事業が多角化している東芝。粉飾会計事件もあって、“不透明な会社”というイメージが広がってしまっている。主な事業ごとに会社を分割するのは、傍から見た際の事業の“わかりやすさ”にもつながりそうではある。

東芝では粉飾会計事件後、株主との対立で混乱が続いてきた。対立している投資ファンド側は、東芝の株を一旦非公開化して、事業を根本的に立て直すことを勧めてきた。長い多角経営を経て散らかりすぎた部屋の片付けは簡単にはいかないというのが投資ファンドの認識のようだ。今回の3分割案に投資ファンド側が賛成するかは、現時点では不透明だが、不信感は根強いだろう。

今年6月の独立調査報告書が提出された際には、また同社と経済産業省がともに海外投資家たちに圧力をかけていたことが判明。ポール・ブロフ社外取締役ら4人は「内部調査は不透明」として会社側が提案する取締役専任案に異議を唱える声明をだしていた。

藤巻氏「少しは株主資本主義に変わりだした」

今回のニュースに、父が東芝社員だったという経済評論家の藤巻健史氏は編集部の取材に感慨深く語る。

東芝は私にとって愛着のある会社です。父は東芝の総務部にいて、大阪の茨木工場や神奈川県の川崎工場にもいました。当時の東芝のキャッチコピーは“電球から原子力まで。電気の総合メーカー東芝”でした。当時は白物家電全盛の時代で、今となっては懐かしくもありながら、寂しい気もしますね

人気アニメサザエさんの一社提供でも知られた東芝は、昭和の高度成長時代を象徴する企業の一社でもあった。しかし時代とともに環境は刻一刻と変わる。世界の投資家の厳しさを知る立場から改めて東芝をみると、藤巻氏の見方は変わってくる。

ようやく日本も欧米流に株主を意識するようになったのだなと感じます。事業を分野ごとに分ければ、透明性は増し、企業価値を高めることも出来る。日本人経営者が、ようやく株主からの視点に、目が向くようになったといえます。今までの東芝だったら、会社を自ら分割しようなんて発想は出てこなかったでしょう。

日本的な発想では、会社は経営陣と従業員のもの。会社は、雇用を支えるために存在すると考えがちです。そのため、ありとあらゆる事業を丸抱えして、その中で雇用を回せばいいという考え方に陥りがちです。その意味では日本的企業の代表である東芝も少しは株主資本主義に変わりだしたのかなと思います

一歩世界に出ると、そんな日本の常識こそが非常識なのだと藤巻氏は強調する。

世界では、会社は株主のものなのです。東芝のように、経営陣が株主に歯向かうなんてことも、あり得ない。この理屈は意外とシンプルなものです。例えば、わたしが全額お金をだして八百屋を経営したとします。社長も、従業員の給与も私が全て資金を出しているとすれば、誰の意見が最も重要でしょうか?

日本ではよく“ものいう株主”という表現が使われます。が、世界からみるとこの表現も変な話。資金を出している株主が意見をいうのは当たり前のことです。

戦後の解体時には「西芝」誕生

明治6年(1875年)に「田中製造所」として創業した同社は、国から受注をうけ電信機を開発。受注拡大に伴って明治8年に、銀座に工場を創設したのが東芝の発祥である。その後、国産の電球を製造するため「白熱舎」を設立した。田中製造所では、水車発電機を発明。一方、白熱舎ではラジオ用送信機や、電球の世界6大発明である「二重コイル電球」を生み出す。それぞれに発展して、両社は1939年(昭和14年)「東京芝浦電気」として再び合併した経緯がある。

同社は、会社分割を以前にも経験している。戦後には、財閥解体を目的に発布された過度経済力集中排除法により1950年(昭和25年)に、同社は「東の東芝」と「西の西芝」とに分かれ、分離独立したこともある。西芝電気は東芝ほどの知名度はないものの、現在も東芝グループの企業として存在している。

東芝の歴史を振り返っても、同社はこれまでも時代の変遷とともに巧みに生き残ってきたのである。昭和高度成長時代のイメージを体現してきた同社だが、過去に戻ることはない。組織のあり方も、時代に合わせて柔軟に見直していくことが生き残りの秘訣だろう。

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