「プラチナコインの誘惑」債務上限問題にチラつく奇想天外なデフォルト回避策
打ち出の小槌か、ギミックか- 債務上限問題に悩むアメリカで浮上する「プラチナコイン」構想とは?
- 発端はMMT論者。財務長官が貨幣を発行する権限を、債務上限回避に転用
- イエレン財務長官は「ギミック」と一蹴するが…
アメリカの債務上限問題に関して議会の民主共和両党が一時的に妥協をして、12月3日頃まではアメリカ財務省は支払いをすることができるようになった。
アメリカの国家財政は伝統的に赤字体質で、債務上限をしょっちゅう突破しそうになる。このため上限に達しそうになると、上限の適用停止や引き上げを巡って政権与党と野党が政争を繰り広げて来た。
政争打開の「ウルトラC」
仮に債務上限に達した後、アメリカ政府が新規国債の発行ができなくなると、社会保障給付を受けられなくなったり、国債の元利払いが滞って国債を保有する金融機関、機関投資家、個人に大きな影響が出たり、株価も大きく下がるなど、リーマンショックどころではない甚大な影響がアメリカ経済そして世界経済に及ぶこととなる。このため、これまではチキンゲームの最後のところで与野党の妥協が成立してきた。
恐らく今回もそうなるのだろうが、その一方で議会でなかなか決着がつかないことにしびれを切らせた人達の中から、ウルトラCのようなアイデアが出されている。それが1兆ドルプラチナコイン発行案だ。
その案によれば、財務省がプラチナのコインを1枚製造して、その表面に1兆ドルという文字を刻印すれば、財務省即ちアメリカ政府は無から1兆ドルの資産を生み出すことができる。そしてそれをFRB(連邦準備銀行)に交付するとFRBにある政府の口座に1兆ドルが記入されるので、政府はその1兆ドルを国債の元利払いや、経済対策などに使うというものだ。こうすれば政府は新たに国債を発行するために債務上限引き上げ等を議会に求める必要がなくなるのだ。
MMT論者が発案
なぜこのようなアイデアが生まれたかというと、アメリカでは法律上、財務長官が貨幣を発行する権限を持つ一方で、発行される貨幣は、その直径、重量、額面などが細かく定められている。しかしプラチナコインだけは大きさ、デザイン、プラチナの品位だけでなく額面も財務長官が自由に決めることができることとなっているからだ。
この奇妙な法律の規定の立法趣旨は、コイン収集家向けにプラチナコインを販売して造幣局の歳入に充てるためというものだが、それを債務上限回避に転用しようというのだ。
このアイデアは最近考案されたものではなく、2010年にカルロス・ムチャという1人の弁護士がウォーレン・モズラー氏のブログ上にコメントとして書き込んだものが発端だ。モズラー氏は、自国通貨を発行できる政府は財政赤字を拡大しても債務不履行になることはない等の主張で知られるMMT(現代貨幣理論)を早いうちから唱えていた人物で、当時もオバマ政権が債務上限問題に直面しており、アメリカの債務のデフォルト回避策をブログ上で議論していたのだ。
1兆ドルプラチナコイン発行案はMMT論者だけでなく、連邦議会の一部の議員のほか、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授など著名人も支持していることから、マスメディアも取り上げるようになった。最近もクルーグマンは、10月21日付のニューヨークタイムスにプラチナコイン発行をバイデン大統領に勧める記事を寄稿したばかりだ。
幻の“日本版”プラチナ構想
日本でも90年代後半にデフレが続く中で日銀が思い切った金融緩和を行わないことを批判する学者などが、プラチナコインではないが政府紙幣ないし政府貨幣の発行を提唱したことがあった。2003年に来日したノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ教授も政府紙幣の発行を提言したため、与党自民党内部で検討がはじめられたりした。
しかし、アメリカと違って日本では「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」で紙幣は日銀券のみが認められ、政府が発行する貨幣(硬貨)は500円、100円、50円、10円、5円、1円の6種類だけと決められている。例外的に記念硬貨は1万円、5000円、1000円硬貨の発行が認められているが、多額の歳出を政府貨幣でまかなおうとしたらとんでもない枚数を製造する必要があり、いずれにしても法改正が必要だった。
そしてそうこうするうちに政権が自民党から民主党に移ってこの問題はうやむやとなり、その後成立した自民党の安倍政権でアベノミクスの3本の矢のひとつとして日銀が大幅な金融緩和を行ったため、今では政府紙幣の議論がマスメディアで取り上げられることはほとんどなくなった。
米政府は一蹴するも…
ところでアメリカ政府も、このコロンブスの卵ともいえる1兆ドルプラチナコイン案を採用する気はさらさらないようだ。最近もイエレン財務長官はCNBCテレビで「(プラチナコインは)ギミック(gimmik、まやかし)」と言って一蹴した。
そもそも法律的に言ってこのアイデアは、合衆国憲法修正第14条が定める議会の連邦予算決定権限を無視するものだし、いわゆる主流派経済学の観点から言っても、1兆ドルプラチナコインを中央銀行が買い取ることは、まさに禁じ手とされる中央銀行による財政ファイナンスに他ならない。イエレン財務長官がこのアイデアを、金融政策を統括する中央銀行の権限を侵し、財務省と中央銀行を一体化してしまうものだと言って反対するのは当然のことだ。
だから1兆ドルプラチナコイン案が日の目を見ることはおそらくないと思うが、100%実現可能性がないとも言い切れない。もし12月初めまでに債務上限の凍結ないし引き上げができなかったら、プラチナコインの発行をアメリカ政府に求める圧力は大変大きくなるだろう。
プラチナコインは怪しげな魅力を放ちながら、債務上限に係る議会の論争の行方を見守っている。
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