「中国に対抗」Quad戦略を支える「地政学的思考」とは何か
アメリカの国家戦略の専門家が唱える4つの論点- 近年盛んに語られる「地政学」をベースにした国家戦略論を解説
- アメリカの国家戦略の専門家が語る4つの論点とは何か?
- 日米の国家戦略の根本的な違い。中国にどう対抗していくべきか?
国際政治に関するコメントや記事で、「地政学的に見ると……」という言葉をよく見かけるようになった。
2000年代に日本でも盛んに使われ始めたこの「地政学」という言葉、使う人によって「国家の領土争いの観点」であったり、「金融市場に与える安全保障面でのリスク」など、意味するところは劇的に異なる。この「地政学」という言葉に柔軟性があり、使う識者のそれぞれの好みにあわせて使えるからだろう。
確かに地政学という概念や考え方は、お世辞にも理論的にまとまっているとはいえないものだが、それなりの歴史や伝統があり、一つの戦略的な視点として実際の政策論の分野で使われてもいる。
今回はその「地政学的な視点」を、アメリカの大戦略の議論に応用した一つのモデルケースとなる1冊の本の内容と共に紹介してみたい。

バイデン政権の戦略を知る「地政学」本
ご紹介する「地政学的な本」は、『不穏なフロンティアの大戦略』(中央公論新社)だ。著者はヤクブ・グリギエルとウェス・ミッチェルという、執筆当時アメリカのシンクタンクで活躍していた2人の学者であり、出版した後に共和党のトランプ政権で政府のアドバイザーとして国防省などで官僚を務めた。
手前味噌になるが、この本は本稿の筆者である私が監訳したものである。アメリカの国家戦略としては議論も論理も明快であり、いわば本物の「地政学的な議論」を学べる、実に貴重で有益なものである。
訳書としては2019年の夏、トランプ政権の時代に出版された。原著は2016年のオバマ政権の時代に出ているが、内容は古びていないどころか、むしろ現在のバイデン政権においても実に有用となる、地政学をベースにした国家戦略論となっている。
いったいどんな内容なのか。
国際政治の見え方が変わる4つの論点
彼らの論点は大きくわけて4つある。
第1に「ロシア、中国、イランは、アメリカの敵である」。
「敵」という言葉は刺激的なので直接使われてはいないが、実際に彼らの論じ方はこの3カ国を「敵国認定」しているに等しい。
原著執筆当時のオバマ政権は、世界政治が「厳しい権力争いモード」にあるとは考えておらず、対テロ戦で中東に注力しすぎており、敵国のこの3カ国とはなんとか折り合いをつけて共存できるものと考えていた。
本書はこのような楽観的な見通しを否定し、より厳しい国同士が争う想定の「現実主義」への回帰を提唱している。実際に彼らが政権入りしたトランプ政権が2017年12月に発表した「国家安全保障戦略」で、この本の主張と同様に上記3カ国をライバルと認定。翌年1月に発表された「国家防衛戦略」では、当時の国防総省のマティス長官が「大国間の競争」という言葉まで使って国際情勢を説明するようになっている。
敵と最前線で対峙する「フロンティア」
第2に「この敵に直面しているのが、フロンティアにいるアメリカの同盟国たちである」。
まさに「アメリカの視点から構築された地政学的な考え方」が最もよく出た論点だ。
本書のタイトルにもある「フロンティア」とは、地政学で言うところの陸と海の勢力がぶつかりあう「リムランド」と呼ばれる地域に位置している。原著にこうした図は使われていないが、著者らの議論をわかりやすく説明すると、以下のようになる。
図に南北アメリカ大陸は入っていないが、アメリカ側からの視点では、ユーラシア大陸が彼らにとっての主戦場であり、自分たちはその外の島(南北アメリカ大陸)から海の勢力として、陸に位置する3つの敵国の様子をうかがっているというイメージだ。
この「ユーラシアの沿岸」である「リムランド」は、アメリカから見ると「陸にいる3つの敵との最前線に位置している」という意味での「フロンティア」ということになる。やや傲慢に聞こえるが、この本はあくまでも「アメリカ中心の視点」であることを理解できれば、彼らが「フロンティア」と言いたくなる気持ちもわかる。
「戦争未満」の「戦争手段」=プロービング
第3に、「 同盟国たちは“プロービング”されている」。
「プロービング」(Probing)という言葉はやや特殊だが、訳は「探り」となり、その意味するところは、アメリカの築いた国際秩序に挑戦しようとしているロシア・中国・イランが、アメリカに対して直接軍事的に対抗することは避けながらも、自国の近隣(リムランド)に存在する同盟国に対しては、アメリカを刺激しないレベルでその秩序を覆そうとする行為、を指す。
いわば、アメリカの敵国たちは、直接対決することなく、じわじわとアメリカの力を削ごうとしているというイメージだ。
その狙いは、日本や韓国のような同盟国のたちが持っている同盟関係への信頼を貶めて、最終的にはその関係を分断するように持っていく(孫子の兵法にある「交を伐つ」)というものだ。これを著者たちは「プローブ」という、「試験的な探り」や「探査」という意味合いの強いニュアンスの言葉で説明している。
近年、日本の防衛関係者の間でもよく使われるようになった「ハイブリッド戦」や「グレーゾーン事態」、さらには「サラミ・スライス戦略」のような、アメリカとその同盟国たちにとっての敵対勢力が準軍事的な強制ツールとしての「戦争未満の戦争手段」についての捉え方についての議論がある。
本書で提唱されている「探り」(プロービング)は、それよりも上位の概念、つまりそのような戦術全体を大きな政策的文脈でとらえた「敵側」が行ってくる行為を指す。
日米の国家戦略の根本的な違い
第4に、「同盟国と連携しよう」。
これは同盟国に対して厳しくあたっていたのが、当時のオバマ政権よりもトランプ政権であったことを考えると皮肉だが、それでもアメリカが戦後を通じて採用してきた大戦略としては、実にまっとうな意見であると言える。
中国やロシア、そしてイランのリムランドへの進出に対抗するためには、アメリカがリーダーシップを発揮しながらも、最前線に位置する同盟国たちの助けは必然的に必要となるからだ。

――以上、4つの論点からうかがえる彼らの議論は、「地政学的」な考え方の典型である。
そしてこのような世界政治の状況を大きく戦略的に見る視点を得ると、今度は必然的に日本にいるわれわれの視点がどれほど地域中心的なものであるかがわかる。なぜならアメリカは南北アメリカ大陸という島国からユーラシア大陸を囲んで戦略を展開する、いわば「グローバル企業」であるのに対して、わが国は安全保障面では基本的に「地域密着型企業」だからだ。
そのため、必然的に国家戦略の立て方も我々とは違ってくる。
中国のリソースを分散させよ
日本にとっての脅威は中国やロシア、北朝鮮を正面とした、主に日本海側から東シナ海に至る海域ということになる。だがアメリカは、日本のある東アジアだけではなく、イラク・アフガニスタンのある中東、そしてロシアが脅威を及ぼしている西ヨーロッパにも注視しなければならないのだ。一つの地域で何か起こると、他の地域から注意やリソースを割かなければならなくなる。
このような事情は中国にとっても同じだ。国土が広い国は、必然的に守備範囲が広くなり、一か所にかけるリソースも薄くなる。たとえば彼らも沿岸部は長く、尖閣諸島のある東シナ海だけに注力するわけにはいかない。南シナ海やインド洋にも権益を持っているからだ。
ローカルの勢力同士が手を繋ぐことにより、中国のリソースを分散させる――日本がクアッド(Quad:日米豪印戦略対話)のような枠組みで中国に対抗しようとしているのは、まさにこのような「実に地政学的な考え」がベースにあることがおわかりいただけるだろう。
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