北京冬季五輪「外交的ボイコット」、岸田首相が思い悩む“高次方程式”の中身
【連載】北京2022「世界」を悩ます3つの争点 #2- 日本が北京五輪で「外交的ボイコット」を行うにも簡単でない事情とは?
- ソチ五輪での安倍・プーチン会談の先例が重みを増してくる理由
- 米政権も一枚岩でなく、中国も民主主義諸国切り崩し。超難解な高次方程式の様相
話をもう一度、ソチ大会時に戻す。開会式でもう一人現れた主要国首脳が、すでに2020年の東京五輪招致が決まっていた日本の安倍晋三首相だった。当時、筆者は新聞社の特派員として、ソチで取材していたのだが、プーチン政権がソチで安倍首相をほぼ主賓扱いで手厚くもてなしたのを覚えている。

ソチで見た「安倍vs.プーチン」
開会式当日の2月7日は、江戸時代末期の1855年に択捉島とウルップ島の間に国境が確認された「日魯通好条約」が調印された日で、返還運動のいっそうの推進を図る「北方領土の日」。毎年恒例でこの日の午前中、都内で行われる「北方領土返還要求全国大会」に、安倍首相は出席した後に、チャーター機でソチに向かった。日本との時差6時間の開きがある中で、現地時間夜から開催される開会式に姿を見せるという離れ業をやってのけたのだった。欧米と一線を画したのは、五輪融和外交の一面もあるが、安倍首相がプーチン大統領に恩を売り、平和条約締結への強い意思を示すことが大きかった。
ソチで行なわれた二国間会談で、プーチン大統領は前面笑みで安倍首相を迎えた。社交辞令もあるだろうが「総理の出席に感謝する。日本とロシアは自然なパートナーであり、政治・経済等あらゆる分野での関係発展により、難しい問題の解決のための良い環境ができている」と手放しで喜びを伝えると、安倍首相も「ウラジーミルが心血を注いだ五輪開催を心から祝福したい」と応じた。
こうしたエピソードをふまえれば、もし、日本が来年の北京五輪への「外交的ボイコット」を行なうなら、五輪開催時の2014年ロシアへの対応と、2022年中国への対応がはっきりと明暗を分かれるということを意味する。
さらに、北京政府は今年上半期、コロナウイルス感染症の拡大で東京五輪中止論が渦巻く中で、大会への支持を堅固に主張し続けた。大会前には趙立堅報道官が「力の限り、東京五輪の支持を続ける。東京五輪の成功を我々も引き継ぎたい」との後方支援を行った。
文科相の開会式出席が1つのライン
7月23日の東京五輪開会式にも習政権は、当初は格上の孫春蘭副首相の参加で調整していたが、最終的にはやはり台湾問題などに関しての日本への反発などから、副首相の派遣は見送られた。しかし、開会式には閣僚級の国家体育総局の苟仲文局長が出席。自ら五輪のホスト国となる立場から、平和とスポーツ外交の一線は守ったのである。
東京大会開会式には30人弱の首脳級と少なくとも10カ国以上の閣僚級の要人が出席した。期間中にはプロトコールに基づき、フランスやスイス、ポーランドなどの首脳級とは菅義偉首相が二国間会談を行ない、オーストラリアやトルコ、エジプトなどの閣僚級とは萩生田光一文科相が会談を行い、積極的な五輪外交を展開、二国間関係の強化を促した。

前回#1の冒頭で北京五輪への「末松信介文科相の開会式出席」が1つのラインと述べたのは、こうしたことに理由にある。適任者としては堀内詔子五輪相もいるが、萩生田前文科相が各国の閣僚級と東京五輪時に対応していた経緯もあり、中国には「格下」に映るだろう。さらにもう一人、オリンピアンの麻生太郎副総裁がいるが、麻生副総裁の場合だと、中国に今度は誤ったメッセージを送る可能性もあり、これはありえないのではないか。
ソチ五輪は首相の出席、北京五輪は派遣なしとなれば、ロシアと中国との対応に大きな差がついてしまう。さらに派遣したとしても、要人のレベルが閣僚級から落ちしてしまえば、それは政府要人を一切送らない「外交的ボイコット」の国と同様、中国の人権弾圧、軍備拡張などに関する痛烈な抗議声明となる。この問題に関して「それぞれの国において、それぞれの立場があり、考えがある。日本は日本の立場で物事を考えていきたい」と語った岸田首相が最終判断を下すには、こうした難しい背景があるのだ。
中国外務省の趙立堅報道官は25日の記者会見で、北京五輪に関連し、「中国は既に、日本の東京五輪開催を全力で支持した。日本は基本的な信義を持つべきだ」と述べた。岸田政権の「外交的ボイコット」への選択に早めに釘を刺した形だ。
アメリカすら抱える複雑な事情
北京大会の「外交的ボイコット」の動きは今年5月に米国のペロシ下院議長が中国の人権弾圧の抗議として提唱したことから、表面化してきた。それを受けて、趙立堅報道官は「人権問題を利用して中国を中傷し、北京冬季五輪の妨害や破壊を企てている。五輪を卑劣で政治的な悪だくみに使うのをやめるべきだ」と強い口調でけん制した。
11月18日にはバイデン大統領自身が外交的ボイコットを「検討しているところだ」と記者団に語った。もし、米国が大統領自身を含めた政府要人を一切、北京に派遣しないと表明したら、すでにその是非を協議していると報じられている英国、オーストラリアを含めて、米国の判断になびく諸国が多数現れるだろう。

しかし、米政権内部でも一枚岩ではないようだ。米政治専門サイトのポリティコがその一幕を報じている(11月16日)。米上下院のリーダーが「外交的ボイコットの考えに冷ややかだ」として下院軍事委員会のアダム・スミス委員長(民主党)のコメントを紹介している。
「これはとても難しい問題だ。(外交的ボイコットという)やり方でやりのけるのはとてもタフになるだろう。概して思うのだが、オリンピックをボイコットするというのは良いアプローチではない」
さらに米国にとっては2028年ロサンゼルス夏季大会を控えている。民主党のカーター政権が判断した1980年モスクワ大会ボイコット後の波紋の苦い記憶もまだ消えていない。 そして、11月16日に習主席とオンライン首脳会談をして「両国間の競争が衝突に発展しないようにすること」で合意したばかりのバイデン大統領が、習主席が「心血を注ぐ」北京五輪へ手のひら返しを浴びせることになる。バイデン政権が煮え切らない態度を示しているのもうなずけるだろう。
中国の民主主義陣営「切り崩し」
長文になったが、もう2点、このテーマのポイントを紹介する。
北京の次の2026年のミラノ冬季大会を開催するイタリアと24年パリ大会のフランスは「外交的ボイコット」を決断するのだろうか?政府要人派遣を拒否すれば、自国開催の大会にも、再び五輪が政争の具として使われかねないことへの強い懸念がある。
すでに中国の王毅外相は10月末にイタリアを訪れて中伊外相会談を実施。2022北京、2026ミラノ大会開催を互いに支援することでの合意を取り付けた。王外相はイタリアに「スポーツの政治化に反対するよう」求めており、北京大会をめぐる中国政府の民主主義陣営の取り崩し工作が活発化している。就任したばかりの林芳正外相に王外相から訪中の招待の誘い水があったのも、このことに関連しているだろう。

そして、もう一点、国際オリンピック委員会(IOC)はスポーツの政治利用と政治介入には一貫して否定的だ。これは、1936年ベルリン大会を政権の権威付けに利用した独ナチスプロパガンダ戦略や、1980、1984ボイコットの応酬などの教訓からだ。IOCは政治とスポーツは切り離して考えるべきだと訴えている。
フェンシングの西ドイツ代表として、モスクワ大会での連覇の夢を断たれたバッハ会長も「ボイコットは無益だ。選手やファンを苦しませるだけ」とアスリート側に立っての主張を繰り返している。今年5月に習氏と電話会談した際も、「オリンピックの政治問題化に反対する」と表明しており、IOCは中立どころか、「外交的ボイコット」さえも行なわないよう希望しているのが本筋だ。
いずれにせよ、さまざまな糸がからまった超難解な高次方程式の答えは近く明らかになる。そして、それは国際社会での習近平政権での立場を鮮明に示すことになりそうだ。
(#3につづく)
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