貼るだけで心臓や角膜が復活 !? 再生医療のホープ「細胞シート工学」のスゴさとは

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第16回
化学講師
  • 再生医療として期待されている日本発の技術「細胞シート工学」とは?
  • iPS細胞や体性幹細胞を培養して「細胞シート」を作り、それを患部に貼るだけ!
  • 心筋症治療や角膜再生などで実績を積み重ねている

失われた臓器や、機能が低下した臓器を再生する「再生医療」。2012年、京都大学教授の山中伸弥博士がiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞し、一気に注目されるようになりましたね。再生医療は、臓器移植が抱える問題の一つ「ドナー不足」を解決できるとして、大きな期待が寄せられています。

その再生医療として期待されているものの一つ「細胞シート工学」をみなさんはご存知でしょうか。医学と工学の融合から生まれた日本発のこの技術は、一体どんなものなのでしょうか。

※画像はイメージです(Yuuji /iStock)

「今の自分にとっての当たり前」維持できる未来

みなさんは、これから先の人生、何をして過ごしたいですか?
「死ぬ直前までバリバリ働きたい」「仕事はほどほどにして、パートナーと旅行を楽しみたい」「趣味のゴルフをもっと極めたい」など、年齢や環境によってもさまざまなことでしょう。

しかし、どんな人の願望にも共通していることがあります。それは、「今の自分にとって当たり前にできていることが、これから先も変わらずできている」という前提です。「今の自分にとって当たり前にできていること」は人それぞれですが、例えば私だと「目が見える」「歩くことができる」「食べることができる」などです。これらは、今の自分には当たり前であっても、未来の自分にとって当たり前とは限りません。

では、「今の当たり前」がそうでなくなるとしたら、そのきっかけは何でしょうか。当然、「病気」や「けが」ですよね。こればっかりは、どんなに気をつけていても完全に防ぐことは不可能。いつ、そのときがやってきてもおかしくありません。なんて考えていると、不安になってしまいますよね。

しかし、みなさん!その不安から解放される未来が、やってくるかもしれません。想像してみてください。病気になっても、けがをしても、負担の少ない治療で、みなさんの「今の当たり前」を維持できる未来。その未来では、今よりも笑顔の数が増えているのではないでしょうか。

そんな未来を実現できる技術の一つが、日本発の「細胞シート工学」です。

貼るだけで心臓の力が回復 !?

この「細胞シート工学」。再生医療の中でもっとも注目されている方法の一つなのですが、その特徴を一言で言うなら、「施述が簡単」!なんと、みなさんの体にある「体性幹細胞」や人工的に作られる「iPS細胞」を培養して「細胞シート」を作り、それを患部に貼るだけ!縫合も必要ないため、患者にとっても医師にとっても負担が少ないのです。

例えば、すでに実用化され、保険適用にもなっている細胞シートに、心不全治療用のハートシートがあります。これは、太ももの筋肉の細胞を培養させて作った細胞シートで、患者の心臓に貼るとシートが心臓と一体化し、血液を送り出す力が回復するというもの。

ハートシート5枚を乗せた心臓画のイメージ

日本研究医療開発機構サイトより

効果が気になりますよね。「細胞シート工学」を開発した東京女子医大特任教授の岡野光夫博士は、次のように述べています。

「手術から3ヶ月後には心臓の収縮力が上がり、7か月後回復して、人工心臓を外せた。患者は2年入院していたのに、歩いて退院できるまでに回復した。その後数年以上の長期間、追跡して副作用がないことも確認している」

また、大阪大学ではiPS細胞を使った心筋細胞シートを使った治験も実施。2020年12月の時点で3例目の被験者まで移植が完了し、経過は順調だとか。近年、日本人の死因第2位として定着ている心疾患。近い将来、ランク外になる日がやってくるかもしれませんね。

筋芽細胞シートの経験を生かしたiPS細胞由来心筋細胞シートの開発

日本研究医療開発機構サイトより

貼るだけで視力回復?

細胞シートを使った治療の実例は、心臓だけではありません。例えば、眼の角膜。角膜の上皮幹細胞が外傷などでダメージを負うと、視力を取り戻すには移植しかありません。しかし、ドナーは不足。また、他人の角膜では拒否反応も問題です。そこで、組織が似ている口腔粘膜から幹細胞を採取。それを培養して細胞シートを作ります。ダメージを負って濁った角膜表面の組織を除去した後、細胞シートを貼ると、術後1か月で角膜が透明になるのだとか。

大阪大学のサイト記事によると「視力0.01未満の患者さんが0.9まで回復するなど、これまでに素晴らしい実績を残している」とのこと。現在は、口腔粘膜の幹細胞ではなく、iPS細胞を使用した角膜上皮そのものの細胞シートが作られ、それを使った臨床研究が進んでいます。

その他にも、歯根膜(歯周病の治療)、膝の軟骨、十二指腸の再生など、細胞シートはさまざまな治療に利用され、実績を積み重ねています。

細胞シートの臨床応用の想定例(科学技術振興機構サイトより引用)

しかし、なぜ、細胞シートは縫合しなくても貼り着き、患部と一体化していくのでしょうか。ここに、細胞シート工学の最大のポイントが隠れています。

その秘密は次回後編でお送りします。お楽しみに。

【編集部からおしらせ】坂田薫さんのサキシルでの本連載が書籍化されます。連載記事も大幅に加筆、書籍オリジナル記事も多数収録しています。12月8日発売。

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