英MI6長官の演説から読み解く『007』次回作のストーリー

「スパイ映画の話」と言い切れない重要テーマ
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役
  • MI6(英国情報部)長官が異例の演説。007次回作にも使われる内容は?
  • 演説での中国脅威論が報じられたが、映画での敵役になっていくのか?
  • 「グローバルなデジタル環境」も演説のポイント。映画でどう描く

先日、映画oo7シリーズの最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』をようやく観ることができた。ダニエル・クレイグのジェームズ・ボンドは本作品が最後。有終の美を飾るに相応しい圧巻の内容だったが、それから数日、本家MI6(英国情報部)のリチャード・ムーア長官が公の場で異例の講演を行い、日本のメディアでも報じられた。

世界的注目を集めたムーア長官の異例の演説(IISS 公式YouTube)

現役MI6長官による異例の演説

映画の鑑賞とボンドの“リアル上司”の演説のタイミングが重なったのは、本当にたまたまのことだが、映画の方はフィクションの要素が強いとはいうものの、シリーズ伝統のリアリティ追求は健在だった。そして、今作品で見た内容は、近未来のスパイたちの暗闘劇を如実に重たく感じたもので、その矢先に本物の長官の演説内容がまた微妙にシンクロするように感じた。

ムーア長官の演説は、007の製作陣も当然参考資料にしていくはずで、ポスト・クレイグ時代となる次回作以降を占う上でも、そして、もちろん、日本を含む民主主義国家が直面する近未来の脅威を考える意味でも、興味深い内容となっている。

ムーア長官の演説は11月30日、国際戦略研究所(IISS)で行われた。英政府の公式サイトでスピーチの全文を掲載しているが、そのタイトルからして興趣深い。「国際戦略研究所へのCのスピーチ(原題:C’s speech to the International Institute for Strategic Studies)」。ここで言う「C」とはMI6長官、ボンド映画では「M」に相当する。「C」は初代局長のマンスフィールド・スミス・カミング(Cummings)の頭文字を取ったのが由来で、以後歴代長官をさす暗号名としても使用されてきた。

ムーア氏も冒頭で述べているように、Cの正体は冷戦時代は秘匿された。氏名は公表されるようになった近年も、オモテに出てくることはほとんどないようだが、公の場でテレビカメラまで入れての演説自体、極めて異例だ。その狙いについてはさまざまな憶測が出ているが、日本の報道では「中国、世界で大規模なスパイ活動」(日経)、「イギリス諜報機関トップ『中国の自信過剰はリスク』」(TBS)といったように、中国の脅威を指摘した内容がクローズアップされている。

ボンドの次の敵は中国?

中国側は翌日に外務省報道官が「中国が大規模なスパイ行為を行ったという説は全くのでたらめだ」と早速反発したようだが、CNNやCNBCなどのアメリカのメディアも長官演説の記事には「China」を見出しに入れていたくらいなので、世界中に認識させる意図は一定度あったはずだ。

もちろん、「ビッグ4(4大脅威)」で他に挙げたロシア、イラン、国際テロと比較しても中国が、その経済力、技術開発力を含めて、特に警戒すべき対象であることは言うまでもない。

ここで、ボンド映画に話を振り向けるが、次回作以降の「敵」はやはり中国を描くのであろうか。観客にリアルな緊張感を持たせるため、同時代的な背景として米中冷戦を意識した設定はあるかもしれないが、30年来、作品をウォッチしてきた私は、少なくとも「主敵」には描かないと見ている。

というのも、米ソ冷戦時代真っ只中の初期ですら、原作で主敵がソ連のスパイという作品(「ロシアより愛をこめて』など)でも、政治的配慮で国際犯罪組織スペクターに置き換えられた。

プロディーサーのマイケル・G ウィルソンが20年以上前、来日してNHKのインタビューに応じた際、朝鮮半島の緊張など日本も関わる国際情勢を脚本に取り入れるのか尋ねられると「この作品はファンタジー」と強調していたのが印象的だった。

それでなくても、ハリウッドの中国マネー依存は進んできた。2017年にはシリーズを製作するMGMが、中国企業に買収を持ちかけられたが、中国政府の投資規制強化や当時のトランプ政権の中国との対決路線になったこともあり、幻に終わった。その後、米中冷戦は一段と深刻になっているが、露骨に中国を敵役に据えはしないのではないか。

現実も映画も著しいDX

しかし、ムーア長官の演説で、この点は次回作以降、反映する可能性が強いと感じるのは「グローバルなデジタル環境」だ。諜報の世界はますますDXが進んでいる。現実世界の“M”は「我々の敵は、AI、量子コンピューター、合成生物学を習得することに資金と野心を注いでいる」と指摘している。

『ノー・タイム・トゥ・ダイ』でもテクノロジーの恐るべき進化を取り入れたシーンがあった。同じ空間にいる複数の人間に毒素入りの生物兵器を吹き付けると、DNA情報を取得した“ナノマシン”が狙った標的のみを殺害するという設定があった。さすがに今はまだ実用化されていないフィクショナルな産物だと思いたいが、“ナノマシン”の脅威は意外に20年以上前から取り沙汰はされてはきた。

ムーア長官が演説で合成生物学に言及しているあたり、絵空事と言えない何かを織り込んでいるのか気になるところだが、量子コンピューターによる超高度なサイバー攻撃、そしてAIの軍事利用なども含め、今後の007は一定の「SF性」が強まるかもしれない。

医療用で構想されているナノロボット(niphon /iStock)

これも映画化?「パラドックス」とは

そして最後にムーア演説でテクノロジーに関連して注目したいのが「パラドックス」と述べている点だ。具体的には、諜報活動の機密を守りながら、最先端のテクノロジーにキャッチアップしていくために、外部のテクノロジー企業の協力が必要になっているというわけだ。技術革新の高度化を前に、あのMI6ですらオープンイノベーションに舵を切らざるを得ない時代に入ったわけだ。今回の異例の演説理由も、対外的な警鐘よりむしろテック企業の関心や自国民の世論を意識したとみる向きが強いようだ。

なお、ムーア長官は「パラドックス」のくだりで007に言及している。

ボンド映画のQとは異なり、すべてを組織内で行うことはできない。

このあたりはイギリス人らしいウィットに富んだ表現というべきか。Qが秘密兵器を完全に内製できる時代が終わったというわけだ。次回作以降、Q役も交代するのかはわからないが、Qとともに秘密兵器を開発する人物として、ビッグテックから出向してきた美人女性が登場し、プライベートでボンドとデートするシーンが…というのは意外にあるかもしれない。

翻って、DXが世界から数周回遅れの日本。経済安全保障も緒に就いたばかりにあって、防衛省、内閣情報調査室などの情報活動に関わる当局は、今回のMI6長官発言をどう受け止めているのだろうか。

 
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