揺らぐ大卒の価値 〜「学歴フィルター」が人材の流動阻む

学歴社会からスキル社会への転換を
歯学博士/医療行政アナリスト
  • 「学歴フィルター」問題で考えるべきは労働市場における学歴の価値
  • 大卒が増えても大企業の正規雇用に限り。高卒でも稼げる社会への転換を
  • 学歴を超えた人材の流動への道を開く上で必要な構造転換とは?

就活サイト大手マイナビが「大東亜以下」と題したメールを登録者に送信したことで、人材の評価基準としての「学歴フィルター」が話題になりました。

その一方で2021年春には大卒なのに高卒と偽り就職したとして、神戸市は職員を懲戒免職処分。2006年には学歴虚偽の自己申告に基づき大阪市では965人、横浜市では507人が停職となっており、大卒や短大卒を隠して高卒として就職するケースが少なくないことがわかっています。

takasuu /iStock

大卒だから稼げるわけではない時代

多くの学生は学問を追求するためよりも就職で有利になるために進学しますが、いまや上位有名校を除く「大卒」は学費と通学期間という重いコストに縛られる非効率的な選択肢かもしれません。

事実、賃金構造基本統計調査によると30代以降の年収では大卒の非正規雇用者よりも、高卒の正規雇用者が上回ります。(30代大卒男性非正規雇用者年収314万円:同高卒男性正規雇用者年収380万円)

また厚労省の調べでは卒後3年以内での離職率は高卒か大卒かよりも、事業所規模による違いのほうが大きいことが分かっています。

(参考)

このように労働市場における学歴の価値は、政府が大学を増やし過ぎたため低下しつつあります。

2020年高等教育予算は低所得者向け大学無償化制度(2000億円)と私学助成金(3000億円)で過去最大。結果として大卒者の割合は2000年の39.7%から、2020年の54.1%へ上昇しました。

しかし公費を投入して大卒の人数を増やしても、大企業での正規雇用の枠は限られており、それは一部の高偏差値大学卒だけで埋まってしまいます。この枠に収まれなかった大卒が高卒に近い条件で就職するため、統計上両者の差が縮まったものと考えることができます。

令和2年度私立学校関係政府予算案等について (mext.go.jp)

大卒者を増やす政策が社会構造を歪める

大学進学のコストとベネフィットのバランスが崩れつつある結果として、16万人にも及ぶ奨学金延滞者が問題に。延滞者の約半数は年収300万以下であり、借入によって「大卒」という肩書だけを得ても、大学進学という投資を回収できるだけの待遇が得られない状況になりつつあります。

それでも進学しようとするのは、「高卒」であることで更に不利な立場にならないためという消極的理由になってはいないでしょうか。

高卒はエッセンシャルワーカーとして社会の土台を支える貴重な人材であり、その供給を減らしたことでインフラ・介護・運送のあらゆる現場の人手不足は加速。

我が国において現行制度のまま公費を投じてまで大卒を増やし、高卒を減少させるのは、社会構造の歪みをさらに加速させる効果しかありません。18歳時点で高卒としての人生を選択したとしても十分に妥当な待遇を得られ、努力次第で大卒以上の給与が得られる社会にするにはどうすべきかが論点ではないでしょうか。

令和元年度奨学金の返還者に関する属性調査結果【概要】 (jasso.go.jp)

一方でこれまで学歴は新卒一括採用という慣例において、応募者の能力を推し量る分かりやすい指標として活用されてきました。

このような指標は必要ですが、しばしば自分ひとりではどうにもならない18歳における決断が生涯にわたり影響し、覆すことが困難である点が問題です。大学卒業というのが金銭的・時間的に大きなコストを要するためで、働きながら子育てしながら大学へ通学するというのは、一般的には高いハードルです。

そこでもう一つ、労働者のスキルを明確化する指標として、医療従事者などにとっては関わりの深い「資格」があります。

経済産業研究所の1万人を対象とした研究によると、労働者の3人に1人は何らかの資格を活用して就労。女性や高齢者の就職率は資格の有無と関連し、業務内容と資格がマッチしている場合に収入が高いことが分かっています。

とくに理系高学歴者は独占業務のある資格を有する割合が高く、これが最も本質的な意味で、雇用の安定と高い給与に繋がっている可能性が高いです。

職業資格制度と労働市場成果 (rieti.go.jp)

より多くの人が稼ぎやすくするには?

例えば私の属する歯科業界では、歯科助手という資格不要の業務で多くの高卒やシングルマザーが働いています。平均賃金は高くありませんが、夜勤がなく概ね定時で帰宅できるライフワークバランスに優れた仕事とされています。

しかし何年勤続してもキャリアアップの機会はほとんどありません。歯科助手経験者として転職しても労働市場では一般の高卒と競合し、現実には若くて体力のある未経験者のほうが有利になる場合もあるでしょう。

そこで長らく人手不足の歯科技工士・衛生士資格から短大卒要件を外し、技能・筆記試験だけで資格を得られるようにすれば、それまでの経験を活かしつつ有資格者として待遇を向上させることができます。

さらにその向こうに医師/歯科医師免許があっても良いでしょう。既に弁護士資格に関しては狭き門ではありますが、どんな学歴であっても司法予備試験を受験できるようになっています。(令和元年合格率は4%)

学歴という再チャレンジの難しい凝り固まった指標から、より流動性が高くコストの小さい「持ち運び可能なスキルの証明書」への転換は、学歴を超えた人材の流動への道を開き、多くの不公平と非効率を解消するポテンシャルを秘めています。

歯学博士/医療行政アナリスト

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