なぜアベノミクス第三の矢「規制改革」が折れてしまったのか?

世界に周回遅れの日本の政治家たち
2021年05月11日 06:00
国際政治アナリスト、早稲田大学公共政策研究所招聘研究員
  • なぜ我が国の規制改革は頓挫し続けるのか。国際政治アナリスト渡瀬裕哉氏の論考。
  • 特区で問題が無かったと判断されても、骨抜きにされて全国に広がらない理由は何か
  • 欧米では規制を数字で議論し、削減目標額・達成額を公表することが当然

デフレからの脱却を掲げた安倍政権の経済政策「アベノミクス」は“3本の矢”で構成されていました。1本目の「大胆な金融政策」で市中のお金を増やし、2本目は政府が積極的な財政出動をする「機動的な財政政策」で需要を創出。そして仕上げが3本目の矢となる「成長戦略」。規制緩和などを通じて民間のビジネスが活性化することで完結するはずでしたが、不発に終わりました。各国の規制改革に詳しい国際政治アナリストの渡瀬裕哉氏がなぜ日本の規制改革は頓挫し続けるのか鋭く直言します。

道半ばに終わったアベノミクス(winhorse/iStock)

新田編集長の田中角栄連載『田中角栄からの卒業  #1  壊せない仕組みを作った「天才」』の「角栄の影を意識し始めたのは規制改革の度重なる挫折だ」と問題意識に触発された。現代日本の規制改革の問題について、具体的な数字や議員の発言に触れながら説明していこうと思う。

規制は15年で1.5倍に増加

まず、我々は日本の規制(許認可等)は増加の一途を続けているという事実を認識するべきだろう。既得権者の代弁者による規制緩和反対の声は大きく、何も知らないと2000年初頭の小泉改革以来、規制は減り続けていると錯覚している人も少なくないだろう。

2018年6月に総務省行政評価局が公開した「許認可等の統一的把握の結果について」によると、2002年3月に10,621個であった許認可等の根拠条項等数は、2017年4月1日段階で15,475個にまで増加している。これは新たな法令などが施行された結果、許認可等が増加し続けていることを示しており、単純計算で1日約1つの許認可等が新設されていることを意味する。

このように増加する規制は、その規制に係る経済コストが経済成長に悪影響を与えることから、構造改革特区や国家戦略特区などの取り組みによって、その規制緩和が具体的に進められてきた経緯がある。規制の増加ペースに鑑み、個別の規制緩和を何年もかけて実験するようなやり方では全く不十分ではあるものの、一応我が国は同手法を用いて所謂岩盤規制に穴を開けるべく努力を重ねてきた。

しかし、我が国の規制改革は目を見張るような成果を上げることはできていない。そして、アベノミクス第三の矢「成長戦略」における規制改革も事実上頓挫してしまった。その原因を知ることは、日本で真の意味で効果的な規制改革を進める上で重要なことだ

日本の規制改革は時代遅れ

では、規制改革が失敗する真の原因とは何か。

筆者は「政治家が世界標準の規制改革の手法を知らないこと」が問題だと指摘したい。ここで、我が国の規制改革の問題を認識する上で国会議員の象徴的な発言を見ていこう。

<2021年5月3日:石原宏高衆議院議員の発言>

「陳情に来られる方は具体的な陳情を大抵持って来られます。少し足りない場合は助言します。特区で毎年、規制緩和を実施していますが、全国に広がるものは見られません。

一体、どんな規制緩和を貴方は期待されているのですか?」

これは石原議員が減税や規制廃止を求める有権者にツイートに反論した際のツイートだが、石原議員の「全国に広がるものが見られない」という発言は悪質な論理のすり替えである。

それは柳ケ瀬裕文参議院議員による「国家戦略として成果を上げた養父市の農地の株式会社による取得を全国展開を先送りしたこと」に対する質疑への政府答弁でも明らかだ。

<2021年1月28日:柳ケ瀬議員の規制改革に関する質疑全文文字起こし   坂本大臣・河野大臣の発言抜粋>

坂本大臣

「本事業によりまして農地を取得しました企業により農業の6次産業化、更には地域経済の活性化やスマート農業実証事業による新たな中山間地域における農業モデルの構築など、成果があったと評価をしております。また特段の弊害が生じていると認識していません。」

河野大臣

「坂本大臣からご説明がありましたように、この取り組みは農業含め経済の活性化に大きな成果をあげ、特段の問題もございませんでした。」

坂本・河野両大臣は特区で問題が無かったと認めているにも関わらず、質疑に対する答弁として更なる調査が必要として農地の規制改革の全国展開を進めなかった。

そもそも国家戦略特区は地方での実験を経て問題がない規制改革の全国展開を前提とした制度だ。それが何故骨抜きにされてしまうのだろうか。そして、石原宏高議員が述べるような詭弁(自分達の政権が認めていないだけだが、「全国に広がるものが見られない」と発言)が成り立ってしまうのか。その理由は日本の規制改革の手法が著しく「時代遅れ」であることに起因している。

株式会社参入で高齢化する農業の改革も進まず(Yuki KONDO/iStock)

有権者が規制コストを算出するの?

では、「時代遅れ」とは何を意味するのか。ここで更に石原宏高議員のもう1つの発言に注目したい。

<2021年5月3日:石原宏高議員の発言>

「減税と規制緩和をすれば景気が良くなると言われるる方々に欠けているのは何税を減税したら、どの様な規制緩和をしたら消費がどれだけ、どの程度の期間内に増えると言った具体性が無い点です。人を批判する前に具体的提案が出来なければ批判する資格は無いのでは?」(ツイート

これは石原議員が減税や規制改革を求める有権者にツイートした内容だ。この石原議員の発言は根本的に間違っている。2017年から自民党内で規制改革を担当する内閣第二部会長を務めた人物として不見識極まりない。

なぜなら、OECD加盟国の標準的な規制改革の前提は「政府が規制コストの算出を行う」というものだからだ。具体的な事例としてイギリス政府が行っている規制コスト評価を紹介しよう。

Business impact target (BIT): report 2017 to 2019

内容を簡単に説明すると、英国では経済的なコストが大きい規制のコストは政府が計算して提出することが義務付けられており、それらのサマリーとしての報告書が上記の資料である。規制コストの計算は既に導入されている規制だけでなく、新規に導入が検討されている規制についても行われている。これが世界の規制改革の常識なのだ。

したがって、一般の有権者に個別の規制コスト計算を求める政治家は存在しえないし、また議員の質疑に対する農地改革の議論についても「問題ないけれどもダメなものはダメ」という幼稚な政府答弁は許されない。健全な規制改革の議論は政府が提示する数的根拠をベースとし、シンクタンクや国会議員が対抗する分析を提示することで成り立つのだ。

規制を数字で語るのが世界の常識

総額10億ポンドの規制削減を掲げた英保守党マニフェスト(2015年)

そして、もう一歩進めてOECD諸国では個々の規制改革の議論だけでなく、大枠の規制コストの総額削減目標が政権公約として掲げられている。たとえば、イギリスでは2015年総選挙でキャメロン首相が保守党マニフェストで総額10億ポンド(約1500億円)分の規制削減をマニフェストに明記して総選挙に臨んだ。

また、トランプ政権は規制コストの2対1ルールを導入し、新規の規制1つにつき2倍の規制コストを削減する旨を大統領令で実現した。(同様の取り組みはカナダやドイツなどでも行われている。)

このように政治家が規制を数字で議論し、その削減目標額・達成額を公表することが当然に行われているのだ。我が国の規制改革の議論が当たり前の水準に達していない理由は、政権与党が世界標準の規制改革を進めてこなかったからだ。

我が国でも規制コストの算出を形式上は行われているが、それらは政策判断に何ら生かされているとは言えない。規制に関する利害関係者との関係の透明性ランキング(OECD Regulatory Policy Outlook 2018)で最下位という有様であり、規制コスト評価者は第三者評価無しで自己評価のみ、評価の範囲も法律・政令の一部のみで規制の要である省令以下には及んでいない。つまり、骨抜きとなっている。

筆者は菅内閣の規制改革の取り組みが「時代に追いつく世界標準の取り組み」になることを願っている。そして、国会議員が一般有権者に「規制コスト計算を持ってこい」と恫喝するような、レベルの低い政治が早期に終わることを期待するばかりだ。

 

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