なぜ中国は台湾支配を目指すのか?アメリカのたどった道を追う「地政学的」理由

日本人が知らない「覇権確立の歴史」に見る
地政学・戦略学者/多摩大学客員教授
  • 安倍発言で台湾有事が話題に。中国はなぜ台湾統一の野望を持ち続けるのか?
  • 地政学的には、中国による台湾獲得は世界展開への「踏切り板」の認識
  • 中国は米の大国化を踏襲。日本人があまり知らない米国の海洋進出史とは

安倍元首相が「台湾有事は日本有事」とメディアで発言したことを受けて、日本でも台湾有事に関する議論が高まっている。

なぜ北京は台湾を「再統一」したいのか。なぜそれが日本にとって致命的な意味を持つのか。こうした点については、ここ1年ほどの間にもさまざまな識者やコメンテーターたちが答えてきた。そうした中には、中国と台湾の歴史的経緯--つまり戦前や、中国本土での国共合作から内戦を経て、蒋介石が台湾に逃れたことなど--に触れるものも多い。「中国にとっての台湾」という固有の二者の関係だ。

Rich Townsend /iStock

もちろんそれらの関係性は重要だ。一方で、純粋に「地政学的」なシンプルな視点からみれば、なぜ中国にとって台湾、さらには大きくは海洋への進出が最優先事項となっているのかは、「中国と台湾」という固有の二者の関係から引き起こされるものとは言い切れない。しかもそれゆえに、この動きは当分やむことがない。その理由について、本稿では巷間みられる議論とは一線を引いて、なるべく客観的に説明したい。

北京が中国本土を統一したことで強烈にさらされることになる、構造的なインセンティブ(報酬・動機付け)について注目すると、実は中国に特有なものではなく、過去の日本を含む歴史上のあらゆる「大国」が直面してきたものであることが分かる。

中国が海洋政策に目を向ける理由

大国となった国は、実に様々なインセンティブにさらされる。中国も例外ではなく、特に中国のような大陸に存在する国の場合、最優先で取り組まなければならない課題は隣国との国境の確定やその付近の安定である。歴史的も、中国は長く北方や西方の陸上からの異民族の侵入に悩まされてきた。

ところが冷戦後期から、一部をのぞいて北京は周辺国との陸上の国境をすべて確定させてきており、これによって2000年代から本格的に海洋進出ができるような環境が整ってきた。すると当然ながら、すぐ近くには本土に組み込むことのできなかった台湾が目に入ってくることになる。中国の歴史的な流れから見れば、陸上を安定させたあとに台湾へという見方は当然のように思えるだろう。

だが、それだけでは終わらないことを、歴史は示している。過去の大国の歴史を見てもそうだが、事実、地政学(より正確には古典地政学)の専門家や識者たちの間でも、中国による台湾獲得は、その後の世界展開への踏切り板(springboad)になるだろうと考えられているのだ。

これに成功した歴史的な例は、「西半球」とよばれる南北アメリカ大陸において覇権を確立した、アメリカ合衆国である。

アメリカの歴史をなぞる中国

アメリカの歴史をみてみると、19世紀前半のたった東部13州だった時代から西方への拡大を始め、同世紀の終盤に北アメリカのほぼ全域を獲得して「フロンティア」を消滅させると、そこからさらに西に拡大をしてハワイやフィリピンを獲得したことが知られている。

セオドア・ルーズベルト(米議会図書館所属画像より)

ところがあまり知られていないのは、西部への動きとともに、セオドア・ルーズベルト大統領(在任1901〜1909年)の時代にメキシコ湾から下の南へと下り、カリブ海でのアメリカの覇権を確立していたということだ。

そしてこのカリブ海での覇権確立において注目すべきは、この海域にはイギリスやフランス、そしてスペインなどの欧州列強の支配下にある植民地が存在しており、アメリカはこの地域の欧州の影響を排除するように動いたということだ。

アメリカにとってメキシコ湾やカリブ海というのは「内海」(inner seas)もしくは「縁海」(marginal seas)などと呼ばれる隣接した海域になる。キューバはそのような「内海」に浮かぶ島である。

そしてアメリカは「地域の大国の一つ」から「世界の大国」になるプロセスにおいて、この隣接した海域をまず最初に獲得する必要があったのだ。

カリブ海の中央に浮かぶキューバ(beyhanyazar /iStock)

これとまったく同じメカニズムが、中国周辺でも働く。アメリカにとってのカリブ海は中国にとっての南シナ海や東シナ海であり、アメリカにとってのキューバにあたるのが台湾なのだ。

注目したい「アジアの地中海」予言

ニコラス・スパイクマン(1893-1943年)という人物がいる。オランダ出身の地理学者であり、戦中にイエール大学で教授となって「リムランド論」を唱え、戦後のアメリカが採用した「ソ連封じ込め」の政策のアイディアを提唱したことで有名だ。日本でも最近ようやく彼の主著が翻訳された。

彼は1941年に出版されたこの本の中で、上記のような地政学的なメカニズムを元に、以下のような大胆な「予言」をしている。

「4億人の人口を抱え、近代化して活発化し、さらに軍事化した中国は、日本にとってだけでなく、アジアの地中海にいる西側諸国のポジションにも脅威になるだろう。そして将来いつかの時点で、中国のシーパワーとエアパワーが『アジアの地中海』をコントロールするかもしれない」

この「アジアの地中海」には、当然ながら台湾も含まれている。

ただしここで重要なのは、中国の思惑を「善悪」の基準で判断していないことだ。中国が台湾を求める動機は、彼らが「悪の帝国」だからではない。中国が「自国の周りの海を支配したい」と考えるのは、地政学的な観点からみれば過去の大国が繰り返してきた強烈なインセンティブゆえであり、今は中国がそのインセンティブにさらされているだけ、だからだ。

もちろん私はここで「中国の立場を理解せよ」と言いたいのではない。むしろ逆であり、そのようなインセンティブにさらされている大国の横に生きているからこそ、日本はその脅威を健全に理解しておかなければならないのだ。

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