インフレなのに、バイデン大統領は財政支出のアクセルを踏み込む

引き締めのFRBとのギャップが招く「激震」
人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
  • アメリカのバイデン大統領が物価上昇の試練に立たされている
  • 原油高に加え、2020年から続くFRBの超金融緩和措置がインフレ加速
  • FRBは引き締め策の方向に転じつつある中での大型財政出動の成否は?

アメリカのバイデン大統領が物価上昇で焦っている。今、世界の国々で物価が上昇しているが、アメリカは先進国中で消費者物価上昇率が一番高い。今年3月にFRB(連邦準備制度理事会、以下「FRB」)が目標としている2%を超えた後、5月に5%に達し、10月にはついに6%台に乗せた後、11月は対前年比6.8%と、なんと1981年12月以来の高い上昇率となった。

クリスマスシーズンを前にインフレの難局に直面したバイデン大統領(ホワイトハウスFacebook)

「インフレは今がピーク」なのか

このような大幅な物価上昇は、来年の中間選挙での民主党の敗北を招くだけでなく、バイデン大統領自身の支持率低下に直結する問題だ。特に、ガソリンなどのエネルギー価格は国民生活に大きな影響を及ぼすだけに、バイデン大統領としてはなんとか上昇を食い止めたいところだ。

消費者物価指数の約40年ぶりの大幅上昇が発表された12月10日、バイデン大統領は記者会見で「インフレは今がピーク」で、「大方の人々が考えるよりも早く下がって来る」と述べた。

しかし、果たしてその通りになるかどうか大いに疑わしい。なぜなら、物価上昇に大きな影響がある原油価格は、直近でこそオミクロン株感染拡大による需要減少予想から少し価格が低下したが、依然として1バレル70ドルを超えているからだ。

バイデン大統領は、OPECに対して原油の増産を求める一方、原油の国家備蓄を5,000万バレル放出することとし、日本、インド、中国、韓国、イギリスなどの諸国にも備蓄の放出を求めた。

しかし、OPECやロシアなどの産油国にしてみれば、バイデン大統領が脱炭素政策を進める中で、インフレ抑制のために原油の増産を求めるというご都合主義につきあう義理はなく、油価が高い時にしっかり稼いでおこうとするのはある意味で当たり前のことだ。また、5,000万バレルの備蓄を放出するといっても、たかだかアメリカの3日分の消費量にも足りない。このためバイデン大統領の努力にもかかわらず、依然としてガソリン等の価格は高止まりしたままだ。

ガソリン高騰に驚く女性(※イメージです:Askolds /iStock)

超金融緩和の最中に3兆ドル投下

そして、物価上昇が続いているのは原油需給のひっ迫のせいだけではない。需要が強いこともインフレがなかなか抑えられない重要な要因の一つだ。
バイデン大統領は前述の記者会見では、インフレの原因について供給面の制約だけを取り上げて、需要面の問題をスルーしている。

しかし、コロナによる工場の停止や海上輸送の混乱といった供給面の制約が、物価を上昇させているのは事実だが、2020年3月以来、アメリカ政府が立て続けに取った大規模な財政支出や連邦準備制度理事会(FRB)の超金融緩和措置がインフレを加速させていることを忘れてはいけない。

例えば、コロナ禍に対する経済的支援として、アメリカでも国民に現金を支給する措置が3回にわたって取られたが、合計で一人当たり最大3,200ドル(約36万円)が支給された。夫婦子2人の家庭なら最大12,800ドル(約145万円)だ。そしてこのほかにも失業保険給付の臨時の増額や子育て家庭に対する税金の優遇措置といった措置も講じているので、かなりの消費刺激になる。

連邦政府が公表しているところによれば、コロナ対策費として昨年3月以降今年9月末までに支出された金額は3.46兆ドル(約393兆円)にのぼる。アメリカのGDPが20.94兆ドル(2020年)だからその規模の大きさに圧倒されてしまう。

大型財政出動にこだわるワケ

これに関しては既に今年2月初め、バイデン大統領が1.9兆ドル(約216兆円)の追加コロナ対策を発表した段階で、クリントン政権時代の財務長官でオバマ政権時代には国家経済会議委員長を務めたラリー・サマーズ氏がワシントンポストに寄稿(2月4日付)して、バイデン大統領の追加コロナ対策の必要性を否定しないものの、その巨額の財政支出がインフレを招いたり金融面に不安定さをもたらさないようにしなければならないと警鐘を鳴らしている。

しかしこうしたサマーズ氏の警告にもかかわらず、4月にバイデン大統領が施政方針演説で発表したインフラ刷新や社会福祉制度の拡充のための投資計画は、民主党的な大きな政府を目指すものだった。

Douglas Rissing /iStock

その後この計画実現のための法律として、11月5日に総額1.2兆ドル(約136兆円)のインフラ投資計画法が議会で可決され、現在は家計支援、教育支援、ヘルスケア支援そして気候変動対策などの措置を盛込んだ総額約2兆ドル(約227兆円)のビルド・バック・ベター法案が上院で審議されている。

バイデン大統領としては、ビルド・バック・ベター法の議会通過は絶対必要事項だ。これに失敗すると大統領がアメリカ国民に約束した経済政策が実現できなくなり、大統領は就任わずか1年足らずでレームダック化してしまう恐れがある。だからインフレが加速する中であっても、この法案を成立させることに躍起になっているのだ。

FRBは引き締めなのに…

しかし、これはバイデン大統領にとって政治的な絶対必要事項かもしれないが、経済的にはインフレが加速しており、FRBも金融政策を引き締め方向へ転じつつあるときにやるべきこととは思えない。例えて言えばFRBがインフレの加速を抑えるために金融政策でブレーキを踏み始めているのに、バイデン大統領は財政支出のアクセルを床まで踏み込もうとしているのだ。

このままだと、おそらくインフレがなかなか収まらず、FRBは金融政策のブレーキをもっと強く踏まざるをえなくなるのではなかろうか。しかしそうなると株式市場や不動産市場、あるいは企業金融などに激震が走る可能性が高い。

就任からまだ1年が経たないが、バイデン大統領は大変難しい局面に立たされている。

 
人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)

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