生き残るために、日本は改憲を必要とする
イデオロギー対立の恩讐を超えよ- 安倍前首相と対談した国際政治学者の篠田英朗氏が、国際法視点から改憲論
- 国際法では緊急時に制限できる人権、できない人権を規定。法の支配を完徹
- 日本の憲法論議は「訓詁学」化。左右の対立を超えた素直な憲法解釈を
4月に安倍前首相と対談・共演する機会を2回得ることができた。産経新聞での対談の企画は憲法記念日にあわせたものであった。
(産経新聞 5/3)安倍晋三前首相×東京外大篠田英朗教授 憲法の未来を語る「発議は国民に判断委ねよ」
憲法改正の発議は、行政府ではなく、国会が行う。首相経験を持つ方であればこそ、法制度の不備を正す必要性を訴えて、国会議員として行動することに説得力が生まれるだろう。対談を通じて期待が高まった。
今、日本では、責任ある判断ができない政治が続いている。現状維持を望む既得権益層が、地位にしがみついている。彼らを助けているのが、歪な憲法解釈と法制度の不備だ。
それを打破するための改憲を実現できるかどうかは、日本が生き残れるかどうかの試金石ではないか、と思う。
危機の中で「法の支配」を貫く
新型コロナの問題は、危機が、平常時の延長線上で発生する、ということを日本人に教えてくれた。憲法9条が関わる安全保障上の危機も同じだ。
危機は、自然現象や、ウイルスや侵略者などの外部者の到来によって、引き起こされる。危機を宣言するのは、危機を作るためではなく、適切に危機に対応するためだ。危機の時こそ、「法の支配」が試される。この点をしっかり認識しないと、日本は危機に対応できない国のまま、沈没していくことになる。
欧米諸国などの伝統的な自由主義諸国は、「法の支配」を制度的に確立した後、大きな戦争などの危機を乗り越えている。危機の時こそ「法の支配」の価値が問われる、ということを知っている。新型コロナで甚大な被害を出しながら、なお世界を主導しているアメリカの姿は、国民の努力で被害を抑え込みながら、自信を喪失して混乱に陥っている日本の姿の裏返しに見える。
日本ではナチス・ドイツにも深く入り込んだカール・シュミットの思想が、左派系のアメリカ嫌いの人々の間で根強い人気を誇る。シュミットは、危機の時の「例外状態」において、「決断」をする真の「主権者」が現れ、平常時の自由主義のまやかしを駆逐する、と論じた。
日本の知識人層は、あっけなくシュミットに心酔する。そして「例外状態」に憧れるのでなければ、「例外状態」に類似したもの全てについて考えることを拒絶する。緊急事態について語る者は全て独裁者だ、と糾弾しようとする。
しかし、欧米の伝統的な自由主義諸国は、緊急事態においても「法の支配」を貫くことによって、シュミットと対決し、自由主義を守ろうとしている。緊急事態を否定するのではなく、緊急事態においても負けない自由主義を準備しようとする。ここに、日本が、他の自由主義諸国と違って見える大きな理由がある。
緊急事態と人権、国際的な常識とは
国際人権法の中核を占める「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)関連条項を見てみよう。国際的な人権保障を定める「自由権規約」は、第4条で「公の緊急事態」についてふれている。
国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる。
人権保障は、緊急事態を徹底的に忌み嫌うわけではない。危機の際には、それにふさわしい対応をすることが、むしろ現実的な人権保障につながる。ただし、当然ながら、底なしに人権が制限されるわけでもない。国際的な常識だ。
「自由権規約」は、「公の緊急事態」の宣言による必要な人権の制限を認めたうえで、同時に、「当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならず、また、人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身のみを理由とする差別を含んではならない」とも定める。
さらに、幾つかの絶対に逸脱してはいけない条項の「規定に違反することを許すものではない」とも定める。それら逸脱してはいけない条項とは、「生命に対する固有の権利」をはじめとする根源的な人間の尊厳の保障にかかわるものだ。
つまり国際法は、「公の緊急事態」における制限できる人権と、それでもなお制限してはいけない人権とを、あらかじめしっかりと定めている。それによって危機に対応することを許容しながら、なお「法の支配」を貫徹させる仕組みを設定している。
こうした国際規範にそった考え方をする自由主義諸国は、強固な「価値の共同体」を形成している。たとえば、クーデーターを起こして市民を虐殺しているミャンマー軍に対して、一致団結して、厳しい態度をとっている。
これに対して危機対応の法整備を忌み嫌っている日本は、「危機になってしまったら、もう法の支配など関係がなくなる、国軍に忖度するしかないのだ」といった態度を見せる。危機対応の強靭性の違いは、自由主義への信念の強靭性の違いだと言える。
訓詁学の支配から法の支配へ
憲法9条問題は、危機対応を考えることを回避する日本の精神構造の象徴だ。もっとも、より正確に言えば、憲法学通説が教える憲法9条の間違った解釈こそが、危機対応の必要性を無視する精神構造の象徴である。
左派系の勢力が、憲法学界を制圧し、法曹界や官僚機構の人事システムにも勢力を広げていくために、憲法9条を利用しているだけである。
本来の9条は、個別的自衛権はもちろん集団的自衛権も否定していない。自衛隊も否定していない。ただ、いつのまにか憲法解釈が、憲法典から離れ、憲法学者の言説と国会答弁に依拠するだけの「訓詁学」に成り下がってしまっただけだ。そして既得権益層の人事構造にからみとられ、本来の憲法の姿を見失わせる理由になってしまっただけである。
右派もまた、「日本国憲法ではダメだ」と言う立場に拘泥するあまり、左翼系憲法学者の憲法解釈を全面的に受け入れる立場をとっている。結果として、憲法学通説の9条解釈は破綻しているという事実から、目をそらさせる役割を果たしてしまっている。
私は、起草時の意図にそって、国際法に沿った正しい解釈を施せば、9条は「国際法を遵守する」という宣言であるにすぎないことは明白だ、と指摘してきている(『ほんとうの憲法』、『憲法学の病』、『はじめての憲法』)。これによって私は、左翼系憲法学者からは敵対視されているが、右派勢力からも迷惑がられている。
しかしそろそろイデオロギー対立の恩讐をこえ、素直な「法の支配」の貫徹を果たしたい。危機対応は、法の停止ではない。軍隊を持つことは、法の否定ではない。左右の対立を超えた素直な憲法解釈をすれば、そのことはおのずと明らかになる。積年の対立構造にとらわれている限り、日本は生き残れない。
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