近未来は超高齢でもずっと元気になれる?「細胞シート工学」を生んだ異例の研究体制
坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第17回- 視力や心臓の回復で成果を上げる再生医療のホープ「細胞シート工学」の続編
- 細胞シートが縫合なしで貼り着く理由は?細胞シートを生んだ異例の研究体制
- 細胞シート工学を開発した博士が見据える未来とは?

再生医療の一つである日本発の技術「細胞シート工学」。前編でお話したように細胞シートは視力の劇的な回復や心臓の回復など、すでにさまざまな治療に利用され実績を積み重ねています。後編では「細胞シートが縫合なしで貼り着く理由」「細胞シートの誕生に欠かせなかったもの」についてお話します。
細胞シートが貼りつく原因は「タンパク質」
通常、細胞を培養して細胞シートを作るときにはシャーレとよばれる容器を使用します。ここで大きな問題が発生します。その問題とは「完成した細胞シートがシャーレの底に貼り付き、うまく剥がすことができない」ということです。貼りつく原因は、細胞と細胞の間を埋めているタンパク質。このタンパク質には細胞同士を繋ぎ合わせる糊のような性質があるため、シャーレの底に貼り付いてしまうのです。

この、シャーレに貼り付いた細胞シート。無理矢理引き剥がすとせっかく作った細胞シートが傷ついてしまいます。また、分解酵素を使ってタンパク質を分解することもできますが、この方法だと細胞同士が離れてバラバラになってしまい、患部への生着率が大きく低下してしまいます。
お気付きになりましたか?完成した細胞シートをきれいな状態でシャーレから取り出すにはタンパク質が邪魔です。しかし、細胞シートを患部に生着させるにはタンパク質が必要なのです。タンパク質があるからこそ、細胞シートは患部に貼り着き一体化していくのです。
温度によって性質が変わる高分子?
「タンパク質を残したまま、細胞シートをシャーレから剥がす」。この課題を解決したのが、「温度によって性質が変わる高分子」です。
高分子というのは、小さい分子を化学反応でたくさん結合させて作った、大きな分子です。小さなビーズ(小さい分子)をたくさんつないで作るネックレス(高分子)のようなイメージですね。レジ袋やペットボトルなど、みなさんの身の回りには人間が作った高分子がたくさんあります。
そして、高分子の中には特別な機能をもつものがあります。例えば、環境問題の対策として研究が進む「生分解性高分子(微生物の活動により分解される高分子)」は、みなさんも聞いたことがあるのではないでしょうか。「温度によって性質が変わる高分子」も特別な機能をもつ高分子一つで「温度応答性高分子」といわれます。
細胞シート工学に利用された温度応答性高分子は、32℃より低い温度では水と仲が良く、32℃以上の温度では水と仲が悪い状態になります。
この高分子をシャーレの表面に、ナノレベルで均一に固定します。そうすると、シャーレの底は32℃を境に、性質が変わることになります。32℃より低いときは水と仲が良く、32℃以上では水と仲が悪くなるのです。
では、このシャーレ(以下UpCellR)を使って細胞シートを作ってみましょう。まず、体温に近い37℃でUpCellRを使って細胞を培養し、細胞シートを作ります。このとき、UpCellRの底は水と仲が悪く、細胞シートが貼り付いています。そして、細胞シートが完成したら20℃まで温度を下げましょう。UpCellRの底は水と仲良しになるため、細胞シートとUpCellRの底の間にするすると水が入ってきます。この水のおかげで、細胞シートを傷つけることなく剥がすことができるのです。

細胞シート工学の誕生に欠かせなかったもの
細胞シート工学は、温度応答性高分子という「工学技術」と、それを治療に結びつける「医学技術」の融合がなければ誕生しませんでした。実際に、細胞シート工学を創出した先端生命医学研究所には、東京女子医科大学と早稲田大学それぞれの先端生命医科学研究センターが入っており、医学・理学・工学が連携して研究を推進する拠点となっています。エンジニアと医師が一体になって研究を進めているのです。一つの同じ建物のなかで、異なる学校法人の異なる学部が一緒に研究している施設は他にはありません。
ある分野で行き詰まったとき、他の分野に目を向けることで道が切り開けることは少なくありません。これは研究に限った話ではなく、人生においても同様ではないでしょうか。
細胞シート工学がある未来、「QOL」向上
「細胞シート工学」を開発した東京女子医大特任教授の岡野光夫博士は向学新聞のインタビューで次のように述べています。
「目の見えない人が見えるようになり、心臓病で倒れた人がマラソンに参加できるようになればすばらしいことです。今まで治せなかった人や寝たきりの人を治せるようにすることはQOL(クオリティーオブライフ)の向上に寄与します。私は人間の寿命は80年なり90年なりのある期間でいいと思っていますが、生きている以上はずっと寝たきりではなく、ちゃんと目が見えて歩けて、家族と遊んだり旅行できたりする体にしておけるような医療を目指しているのです」
私の母は活発でじっとしていない人でしたが、膝が痛みを感じるようになってからは、以前ほど活発に動けなくなりました。これが「老いる」ということなのかもしれません。しかし、「一日でも長く、自分の足で行きたい場所に行き、自分の目で愛する人の顔を見て、自分の口で美味しいものを食べる」というのは、誰もが望むことではないでしょうか。私は、細胞シートがこの望みを叶える一つの手段になると信じています。
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【編集部からおしらせ】坂田薫さんのサキシルでの本連載が書籍化されました。連載記事も大幅に加筆、書籍オリジナル記事も多数収録しています。
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