「トヨタがEV巻き返しに動いた」祭りは、豊田社長に飛んできた大きなブーメラン

密かに布石を打つ「二枚舌戦略」どう破綻した
ジャーナリスト
  • トヨタ自動車の「EV巻き返し」の実相は世間の“祭り”と異なる
  • 本当にEVシフトに後ろ向き?「クルマのスマホ化」へ打ち始めていた布石
  • しかし、豊田社長が業界団体トップとしてあまりにEVを否定するため…

トヨタ自動車の豊田章男社長に大きな「ブーメラン」が跳ね返ってきた――。トヨタは電気自動車(EV)の将来の販売について、2030年に燃料電池車(FCV)を含めて200万台としていた従来計画から8割増となる350万台に引き上げることを決めた。

トヨタの20年の世界販売台数は約953万台。今の数字をベースにすると、世界販売の3分の1を超える分がEVとなる見通し。EVに関して研究開発費と設備投資額を合わせて4兆円投入。そのうち2兆円をEV重要部品の一つである電池に充てる。従来公表している計画では1兆5000億円だったので、5000億円上積みした。

「祭り」の裏の苦肉の策

12月14日に豊田章男社長が記者会見して、修正計画を発表。その内容を主要メディアはこぞって「EVに乗り遅れていたトヨタが巻き返しに動いた」と肯定的にとらえ、アナリストも絶賛し、PRコンサルタントまでが「社長のプレゼンテーションが素晴らしかった」と持ち上げ、「トヨタEV祭り」の様相を呈した。

しかし、何のことはない、トヨタの発表は、トヨタが密かに手の内にしまっていた計画を急遽オープンにせざるを得ない状況に追い込まれた末の、ある意味で苦肉の策だったのである。

豊田氏は日本自動車工業会会長も務めており、業界団体のトップとして、急激なEVシフトは産業構造の大転換を招き、それが現在のビジネスモデルの崩壊につながりかねず、自動産業関連に従事する約550万人の雇用(日本の就業人口の約8%)に影響する、と強調してきた。

豊田氏の主張は、日本の自動車産業界にとっては「正論」の一面がある一方で、世界の眼が、トヨタはカーボンニュートラルへの取り組みが弱いと捉えてしまうことにつながった。

海外メディアは「トヨタはEVに後ろ向き」と論じ始め、環境保護団体グリーンピースなどは、大手自動車会社の中でトヨタを気候変動対策では最下位に格付けた。豊田氏の「550万人発言」が、トヨタが環境後進企業と見られてしまう事態にまで発展させたのである。

外国人重役の決算アピールも…

自工会会長としての発言であっても、世間の眼は、トヨタ社長の考えと受け止めた。このままでは、いずれESG投資などを重く見る機関投資家らが騒ぎ始めると見て、さすがに豊田氏も危機感が募り、「業界の守護神」を演じる余裕がなくなったのであろう。

そうした兆候は、今年5月12日に2021年3月期決算発表の頃から見られた。豊田氏は社長になって初めて本決算発表を欠席したのだ。最近のトヨタの決算は2部制に分かれ、1部はCFO(最高財務責任者)らが中心となって業績の発表を行い、2部は豊田氏が中心となってトヨタの戦略などを説明する流れとなっているが、1・2部いずれにも豊田氏は姿を見せなかった。

カフナー氏(トヨタ自動車公式サイトより)

2部では豊田氏に代わって米国人取締役のジェームス・カフナー氏が「トヨタの戦略とカーボンニュートラルへのコミットメント」と題して、エコカーに挑戦してきたこれまでの歴史とこれからの取り組みを解説した。

これは明らかに外国人の重役に英語で説明させることで、海外メディアや海外の投資家、環境保護団体などトヨタを「環境後進企業」とみなすステークホルダーへのアピールの狙いもあった。

こうした対応をとっても世界がトヨタを見る眼は変わらなかった。むしろ世界のEVシフトの流れはさらに加速し、今年7月にはEUが2035年に新車販売でガソリン車の販売を禁止する方針を示し、トヨタが得意とするエンジンと電気モーター併用のハイブリッド車も認めない方向になった。こうした規制強化によって、トヨタへの風当たりがさらに強くなった。

ちゃっかりEV時代への布石

ところで、トヨタは本当にEVシフトに後ろ向きなのだろうか。トヨタを26年近く観察してきた筆者はそう思わない。まず、トヨタは世界最強のハイブリッド車メーカーであり、その技術がEVに転用できることから、EV関連の特許保有数はトヨタが世界1位だと言われている。

EVシフトで雇用に影響が出ると警鐘を鳴らしながらも、トヨタ自体は生産開発体制の改革をかなり進め、たとえば、内燃機関には欠かせない燃料噴射装置事業を集約する計画を発表し、20年1月には国内最大のエンジン工場である下山工場(愛知県豊田市)の生産ラインを2本から1本に減らした。

また、EVシフトにあたってはバッテリーや電気モーターの存在が注目される一方で、EVシフトの核心は「クルマのスマホ化」でもある。EVで先行するテスラ車は、OTA(Over the AIR)と呼ばれる技術によって、外観は古くなっても自動車内部のソフトウエアは常に更新され、最新技術がダウンロードできるようになっている。

ネットワーク化される未来のクルマ(画像はイメージmetamorworks / iStock)

これはスマートフォンが、OSをアップデイトすれば、新しい機能やサービスが使えるようになるのと同じことだ。この数年以内に、米アップルが自動車産業に殴り込みをかけてくると言われるが、いわゆる「アップルカー」の強みの一つが自社のiPhoneで培ったOSをアップデートするノウハウをクルマにも転用してくることだと見られる。

この「スマホ化」とは、一言でいえば、クルマが今まで以上にソフトウエアの集合体になり、それを巧みに制御できる力がクルマの性能や使い勝手を左右する流れが加速するということだ。

トヨタはこうした動きにも備えており、OTA推進室を設置しているほか、社内の開発体制を大きく変更しようとしている。

今のトヨタには車種群ごとにチーフエンジニアがいて、ソフトもハードも車種ごとに同時並行で開発しているが、それを改め、ソフトとハードの開発を分離し、ソフトウエアを先行開発し、後から開発する車体に流し込む手法に変えようとしている。この開発手法により、OTAの時代に対応しようとしているのだ。

「EV二枚舌戦略」の破たん

ウーブン・プラネット・ホールディングスが開発中の実験都市のイメージ(ウーブン・プラネット・ホールディングス公式YouTubeより)

トヨタの新しい開発手法は「アリーン」と呼ばれ、その開発を担当するのが、子会社のウーブン・プラネット・ホールディングス(旧TRI-AD)である。そこでは、豊田社長の長男、大輔氏がシニアバイスプレジデントとして勤務している。

実は豊田社長は、この子会社に私財50億円を投資している。トヨタが重要なビジネスと位置付けているからこそ、トップ自らが身銭を切り、創業家の御曹司を配置していると見ることができる。将来的にはこのウーブン・プラネットが「新トヨタ」となる可能性すらあるのだ。

ここまでトヨタは取り組んでいながら、20年の世界販売に占めるEVとプラグインハイブリッド車(PHV)は約5万5000台で世界17位と沈んでいる。ちなみにトヨタと常に自動車世界一の座を争っている独フォルクスワーゲンは22万台売っている

トヨタがEVの商品化で出遅れている理由の一つは、EVはまだ電池の価格が高いことなどから利益を出しにくいと考えていたからである。各社の取り組みを見ながら、本格的にEVの時代が来れば、お得意の“後出しじゃんけん”で一気に追いつき、追い越す戦略を描いていたと見られる。

しかし、前述したように、豊田氏が業界団体トップとしてあまりにもEVを否定するため、トヨタという企業もEVに否定的な考えの会社と見られるようになり、レピュテーションリスクが生じ始めたのだ。

要は、豊田氏が業界のリーダーとして救世主を演じ、いい格好をしようとした結果、「EV二枚舌戦略」が破たんしたのである。14日の発表では将来発売する計画のEVを並べて豊田氏は得意げにプレゼンテーションしたが、「急な発表となったため、展示されたEVの一部は大手広告代理店に発注して造らせたハリボテだった」(関係者)とのことで業界では失笑を買っていた。

 

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