北朝鮮ミサイル発射の意図と朴槿恵釈放の背後にある「北朝鮮からの要望」とは

【展望2022】迷走中の2つの国家の先行きは
早稲田大学名誉教授
  • 北朝鮮の新年のミサイル発射と年末の朴槿恵前大統領の釈放の裏
  • 日本では知られていないが、朴氏と共に釈放された親北の元議員とは
  • 一方、昨年来、悪化する中朝関係。北のミサイル発射は中国宛の「年賀状」

3月に迫る大統領選で「悲劇の選択」を強いられる韓国国民(詳しくは前回の拙稿)。さらに北朝鮮は己の苦境を訴えるべく新年早々、ミサイルを発射。2021年末に行われた朴槿恵前大統領の釈放の裏には、北朝鮮からの「要求」も影響していた。朝鮮半島は今年も先行き不透明だ。

朴槿恵釈放劇の「顛末」とは

釈放された朴氏(画像は2013年大統領時代の訪米時。出典:米国防省 by Erin A. Kirk-Cuomo)

12月30日に朴前大統領が釈放された。かねて筆者も「文在寅大統領に朴槿恵恩赦の悪だくみあり」と指摘したが、やはりその通りになった。

朴前大統領の釈放は、野党の尹候補追い落としのため、と一般には受け止められ、実際に尹候補の支持率は下落した。尹氏は、朴槿恵大統領の収賄事件捜査を指揮し、有罪にした元検察官で、朴槿恵支持勢力から激しく非難されていた。だから、朴槿恵氏が釈放されれば尹候補への「裏切り者」批判が高まる、との「悪だくみ」が与党にはあったのだ。

野党の重鎮らは二人の和解と「尹を許す」との朴槿恵氏の声明がなければ、大統領選挙は勝てないとみていた。このため野党重鎮らが、獄中の朴槿恵氏に「政権交代を望む」との声明を出させようと動いていた。

これを知った文在寅大統領が、先手を打ったのだ。釈放には「感謝文」と「反省文」が必要だという条件を付けたのである。過去の大統領釈放でも、必ず「感謝文」や政治活動しないとの「反省文」を書かせた。だが、朴前大統領は「感謝文」も「反省文」も書かなかった。「朴槿恵氏に釈放を伝えたら『大統領への感謝を述べた』」と、弁護士が明らかにしただけだった。

無罪を主張する朴槿恵氏は「文書」を拒否したが、文在寅の方も弁護士の責任による「大統領への感謝」発言で妥協した。文在寅も焦っていたのである。

両者の妥協策で「大統領への感謝」「(大統領選挙直前の)2月末まで入院」「政権交代支持を言わない」を文在寅は条件にし、病状悪化を理由に釈放した。朴前大統領は「感謝文」は拒否したが、弁護士が「大統領への感謝」を伝えた。後で、「弁護士が勝手に言った」と釈明できる余地を残している。

そしてこの「釈放劇」には、もう一つ裏がある。

「北朝鮮派」の極左元議員を釈放した理由

日本の新聞は日経以外、全く触れなかったが、文在寅のもう一つの目的は朴槿恵釈放と同時に発表された極左の李石基元議員の釈放と、韓明淑元首相の公民権停止を解除し復権させることにあった。李石基氏は、北朝鮮支持の統合進歩党(解散)の指導者で、北朝鮮の指示を受けた「内乱扇動罪」で服役していた。

李元議員と韓元首相への「恩赦」を伝えるKBSニュース(昨年12/25)

日本では2人の名前は全く知られていないが、文在寅氏が朴槿恵の釈放を必要としたのは、李元議員と韓元首相のためだった、と韓国の政界通は言う。この2人だけに恩赦をしたら、保守派の激しい攻撃を受け、大統領選挙にも影響するからだ。それに加え、北朝鮮からの要求もあったというのだ。

朴槿恵と同時に釈放された李石基元議員は、保守派の間では「極左」と言われ、彼の統合進歩党は解散命令を受けたが、総選挙では10%に迫る得票を得ていた。李氏の釈放を求める元党員らが、12月に釈放を要求する2万人集会を開くほどの影響力を残している。北朝鮮にとっては、「南朝鮮革命」のためには必要な人材だ。

大統領選与党勝利のために極左までを結集か

また、同時に釈放された韓明淑元首相も、盧武鉉元大統領派の重鎮で、復権は大統領選の与党候補の票集めには欠かせない人物だ。今回の釈放劇は、大統領選挙のために、左派から極左までの勢力を集める作戦を、文在寅が展開したとの解説もある。

もし野党の尹錫悦候補が当選したら、文在寅大統領の逮捕は間違いない、とソウルでは語られる。また、与党の李在明候補との間では、大統領を逮捕しない密約が成立している、ともささやかれる。

文在寅大統領は、2月の北京五輪で金正恩総書記との首脳会談を希望している。北朝鮮は、その条件として李石基と韓明淑の釈放を求めたというのだ。韓流ドラマの悪役にはぴったりの筋書きで、文在寅の支持率は47%にも跳ね上がった。だが、全てが脚本通りにいくかどうか。

北朝鮮ミサイル発射は中国宛の「年賀状」

金正恩氏(米政府公式flickr:Public domain)

一方、北朝鮮も国連経済制裁による苦境を脱しきれない。北朝鮮は、新年早々に日本海にミサイルを発射した。中国と周辺国への「年賀状」だ。

北京冬季五輪のひと月前の1月5日未明にミサイルを発射することで、中朝関係の異常を国際社会に示し、中国のメンツを潰した。援助物資をくれない中国への駆け引きだ。

そもそも中朝関係の悪化は、昨年10月に公式に確認されていた。2021年10月28日に、楊潔篪政治局員が北朝鮮の李竜男駐中国大使をよび、会談した。政治局員が大使と会見するのは、異例の厚遇である。

中国は、この事実を大きく報じた。ところが、北朝鮮は全く無視して、報道しなかった。会談で、中国は金正恩総書記の北京五輪出席を求め、五輪が終わるまでミサイルを撃たないように要請したという。その要請を裏切ってミサイルを発射したうえ、金正恩総書記は7日に「北京五輪不参加」を発表した。世界的なコロナ感染拡大が理由だが、事実上の「ボイコット」であり、中朝関係悪化は深まるばかりだ。

米中対立の煽りを受ける朝鮮半島

北朝鮮は、米朝首脳会談、日朝首脳会談の展望も開けていない。拉致問題の解決にも、応じる様子はない。外貨不足を、金融機関へのハッキングやネット詐欺で賄う「犯罪国家」に成り下がってしまった。

米国と中露両国との対立で、中国は北朝鮮への影響力を強め、韓国にも米国に従わないようにと圧力をかけている。朝鮮半島の2つの国家は、コロナ感染の対応に苦心してもいる。

国際情勢変化への対応に苦慮する指導者の存在、国内対立。南北朝鮮は、国内和解が生まれず、国際社会でも尊敬されない状況に加え、北朝鮮はミサイル実験の再開、韓国も原子力潜水艦や空母の開発を明らかにするなど、朝鮮半島の軍拡競争が本格的に始まろうとしている。さらに経済難が重なり、今や確実に中国の勢力圏に組み込まれようとしてもいる。

今年の朝鮮半島の先行きは、暗い。隣国としては、明るくなってほしいと願うしかない。

 

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