トヨタ流「カイゼン」、デフレからインフレ移行で限界

豊田社長が「分配」を熱弁する足元で...
ジャーナリスト
  • トヨタ自動車の豊田社長が珍しく数字を上げて成果を誇った「分配論」
  • 20兆近くの巨額が支払われたとしても、協力企業の利益に繋がったかは別問題
  • 下請けに徹底したコスト削減を強いる「カイゼン」がどう限界を迎えているのか

過去最高益に迫るほど業績好調なトヨタ自動車の豊田章男社長はいま、「分配」に大きな関心を寄せているそうだ。豊田氏が気に入っている記者だけを集めて時折開催される、今年最初のオンライン囲み取材が1月5日に開催されたが、そこで豊田氏は「09年に私が社長になって以来、仕入れコストは総額100兆円を超え、設備投資に9兆円、開発投資に9兆円、株主還元に9兆円それぞれ使い、税金も3.8兆円払った」などと語ったそうだ。

トヨタ自動車・豊田章男社長(写真:AFP/アフロ)

トヨタの下請け政策の限界

豊田氏は通常、数字を掲げて経営を語るのが大嫌いなのだが、珍しく数字を羅列しながらトヨタがいかに世間に還元しているのかを強調したのには訳がある。それは、岸田政権の重要政策の一つが「分配」であり、今春闘ではトヨタに対して政府から賃上げ圧力がかかると見て、その機先を制しようとしたのだ。要は、分配は賃金だけではなく、部品などを購入し、投資や配当もすることで社会に目配せしていますよ、とアピールしたかったのだ。

トヨタの売上高の70〜80%が仕入れコストと見られる。22年3月期決算の売上高が28兆円の見通しなので、仮に仕入れコスト比率が70%だとすると、20兆円近い巨大な金額が下請けなど協力企業に対して支払われていることになる。

ただ、支払われているからと言って、それが協力企業の利益に繋がっているかどうかは別問題だ。協力企業には中小企業も多い。そうした会社が潤うことで、下請けで働く人々の賃金は上がる。しかし、トヨタは原価低減に厳しく、仕入れ先が大きな利益を出し始めると、強烈な値下げを求めるからだ。

また、同じ部品であっても毎年何%かは値下げしないといけない「暗黙の掟」がある。表現は適切ではないかもしれないが、江戸幕府が百姓から年貢を取り上げるときに「生かさぬよう殺さぬように」といった考えがあったとされるが、トヨタの下請けに対する考え方もそれに近いものがある。

しかし、敢えて言いたい。トヨタのこうした下請け政策はもはや限界ではないか、と。筆者は朝日新聞経済部記者だった1995年10月からトヨタを取材、観察してきた。その当時から振り返ると、日本経済全体はバブル崩壊の後遺症を引きずりながら「失われた〇十年」と言われる時代に突入し、90年代後半には山一證券が経営破たんするなど日本企業の競争力の衰退が始まった。こうした局面の中にあっても、トヨタはグローバル化の波に乗り、海外での販売を伸ばして業績を飛躍的に向上させた。

「カイゼン」支えたデフレ経済

そのトヨタ的経営の「武器」がカイゼン活動であり、原価低減という主に部品のコスト削減力であった。徹底して無理無駄を排してコストを落とした。リーマンショック直後には下請け企業に対して「トイレでペーパータオルを使うな」とまで指示するなど徹底したコスト管理を実践してきた。

こうしたトヨタの値引き要請などの「しごき」に耐えることができた下請けは、企業体質が筋肉質になり、収益を何とか確保できた。しかし、その「しごき」に耐えることができた理由の一つにマクロ経済の環境がある。特に国内経済はデフレが進んだことで、人件費や材料の仕入れコストを抑えることができたため、トヨタへの納入価格が毎年抑え続けられても下請けの多くは何とか利益が確保できたからだ。

非常に端的にいえば、ワンコインでそれなりにうまい飯など食える先進国は日本くらいのものだが、そういう物価の安い国で生産活動をし、下請けから部品を買い叩いて、中小企業が青息吐息でも皆が何とか飯が食えたのだ。

しかし、局面は大きく変わった。原油や鉄鉱石などが高騰する資源インフレの時代に突入したことであらゆる物価が上昇し始めている。こうした中でもトヨタは部品などの購入価格を抑え続ける傾向にあるが、材料コストの値上がりは、もはや下請けのカイゼン活動や原価低減活動といった自助努力で吸収できるものではない。

サプライチェーンの頂点にいるトヨタは仕入れ政策を見直す局面にあるのではないか。そうしなければ、下請け企業は収益どころではなくなり、それが「分配」にも影響してくるだろう。

トヨタ自動車「お膝元」愛知県豊田市の工場(撮影2018年、写真:つのだよしお/アフロ)

本質はサプライチェーンのあり方

下請け側にも不満がたまっている。日本製鉄が「鋼材価格を値上げしなければ供給を止める」とトヨタに強く迫って、その要求をのませたのはそうした不満が爆発した形だ。日本製鉄はトヨタにとって最大級の「下請け」である。この熾烈な値上げ交渉が伏線となって日本製鉄は、トヨタが日鉄の電磁鋼板の特許を侵害した中国製を使っているとして提訴した。

日本製鉄のように交渉力のある企業は値上げを勝ち取ったり、トヨタに強く対抗できたりするが、多くの中小企業はトヨタに対して弱い立場にある。このため、トヨタの値引き要請を受け続けることになる。そこに資源インフレというもう一つの圧力がかかって業績を圧迫し、社員の賃金を上げるどころではない。

念のために断っておくが、筆者はカイゼン活動や原価低減活動を否定しているわけではない。企業が収益を確保する上では重要なテクニックの一つだ。しかし、デフレ時代には非常に有効であったかもしれないが、インフレ局面でそれをやり過ぎると、下請けの業績が悪化し賃金が抑え続けられ、物価は上がるインフレなのに賃金は下がる「スタグフレーション」を誘引しかねない。要は、サプライチェーンの頂点にいる企業の「匙加減」が重要な局面にあるのだ。

さらに言えば、もっと賃金を伸ばすためには、もっと企業の成長を促すことに注力すべきである。国民経済を繫栄させるためには、古い産業にお引き取りいただき、成長できる新産業を育てるしかない。実はここでもトヨタ的経営手法がネックとなっている、と筆者は強く感じるようになった。

ズバリ「PDCA病」である。

続きはこちら

関連記事

編集部おすすめ

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事