電波オークションから国家戦略特区まで…規制改革を阻むデタラメな言説

なぜまかり通ってしまうのか?
政策コンサルタント/株式会社政策工房代表取締役
  • 筆者の原英史氏が、専門とする規制改革を阻んできたデタラメ言説を検証する
  • 電波オークションは「外資参入説」が阻み、企業の農地所有には「企業性悪説」が
  • 最近は野党マスコミによる「利益誘導説」も。マスコミの機能不全も大きい

(編集部より)日本は中曽根政権以降、議論されてきた規制改革。他の先進国より遅れていることも日本の長期停滞の理由の一つに挙げられます。規制改革が進まないのは、あきらかに事実と異なる言説がまかり通り、改革がつぶされてきたことも大きな原因です。規制改革の専門家で、現場での修羅場に何度も直面してきた原英史氏が「デタラメ言説」を検証し、まかり通る原因を分析します。

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電波オークションを阻む「外資参入説」

電波オークションは、1980年代から世界中で議論されてきた。日本でも90年代から規制改革会議の前身(行政改革委員会規制緩和小委員会など)で議論がなされている。しかし、今日に至るまで実現していない。これはOECD諸国の中で今や日本だけだ。

立ち塞がってきたのはデタラメな言説だ。例えば「電波オークションを導入すれば、外資が資金力にものを言わせて日本の通信市場に参入し、安全保障が脅かされる」との説だ。

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この「外資参入説」は、ちょっと考えれば、おかしな話だとわかる。日本はこれまで電波オークションを導入しておらず、比較審査方式(総務省が審査して誰に割り当てるかを決める)をとってきた。しかし、2000年代に外資のボーダフォンが一時参入したことがあった。

つまり、比較審査方式でも、外資規制がなければ外資が参入できる。逆にオークションを導入しても、外資規制を整備すれば外資参入は防げる。外資参入とオークションは関係ない話だ。

明らかにデタラメな言説だが、90年代以来、2017年に規制改革推進会議で議論した際に至るまで、電波オークションの議論が浮上すると必ず出てくる。会議などで、総務省や通信事業者が公然と主張する。規制改革側は「おかしな主張だ」と指摘するが、そちらはなかなか広がらない。「電波オークションは危うい」との印象が広まって、導入は阻まれてきた。

ほかに「電波オークションを導入すれば、携帯事業者に高額負担が強いられ、携帯料金が上がる」といった言説もずっと唱えられている。

これも、結果から考えて、もはや嘘といってよい。たしかに2000年頃に英国とドイツで落札価格が異常に高騰した例はあった。しかし、各国ともそんな失敗は乗り越えて仕組みを改良し、オークションを実施し続けてきた。結果として、20年ほど前からオークションを導入してきた欧米諸国と比べ、日本の携帯料金は高い。だから「携帯料金引下げ」が政策課題になり続けてきた。

なぜこんなデタラメが横行するかというと、新聞・テレビが一貫して反対の立場だったことが大きい。マスコミ報道を通じて、議論が正しく伝わらない。電波割当を受ける当事者であるテレビだけでなく、新聞も反対の立場をとってきた。これは新聞とテレビが系列化されている日本の特殊事情で、日本のガラパゴス電波政策をもたらしてきた(本サイト特集記事『田中角栄からの卒業 #3 電波制度で残した遺産と病巣参照)。

企業の農地所有を阻む「企業性悪説」

デタラメな言説が規制改革を阻むのは、電波に限らない。

「企業の農地所有」も長年の岩盤規制の代表例だ。ここでは必ず、「企業は営利優先だから、農地を所有した後に儲からないとなったら、すぐに耕作放棄したり産廃置き場にしてしまう」との言説が出てきた。

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この「企業性悪説」も、先ほどの「外資参入説」と同様で、話のすり替えだ。耕作放棄をするかどうかは、企業か個人かと関係ない。現に、高齢化した個人農家の多くが耕作放棄している。

逆に企業の場合は、営利優先だからこそ、ふつうは参入する前に収益性を十分検討するはずで、継続的に事業運営がなされると考えられる。「企業は耕作放棄しやすい」との理屈は論理的には理解しがたい。

ところが、ここでもマスコミはしばしば、「企業性悪」説をそのまま垂れ流してきた。農業分野で記事を書く記者にとっては、規制改革に反対する側の農水省や農協などが重要な情報ソースであり、その主張に沿って記事を書きがちになるためだ。

結果として、おかしな説が社会で広く共有され、「企業の農地所有」もいまだに実現していない。国家戦略特区の養父市限定で実施されるにとどまっている状況だ。

野党・マスコミの定番になった「利益誘導説」

最近は、もっと次元の低いデタラメ言説も目立つ。「規制改革で、特定事業者への利益誘導がなされている」との筋立てが、野党・マスコミの定番になっている。

代表例は加計問題だ。国家戦略特区を巡る疑惑追及で「規制改革はアヤシイものだ」との風評が広がり、安倍政権での規制改革が進まない最大の要因になった。その後、私自身、国家戦略特区を巡って利益誘導を行ったとの虚偽の誹謗中傷を受けた。

この「利益誘導説」は、そんな事実があったかどうか以前に、そもそも前提からおかしい。規制改革で利益誘導はできないからだ。規制改革は実現すると、誰もが新たな規制の適用を受けることになる。補助金や公共事業の受注などと違って、特定の人だけに利権を与えることはできない。

ジルバーナー/写真AC

また、規制改革のプロセスは、規制を所管する省庁と合意に達し、制度の詳細を検討してもらい、法令の改正などを行ってもらって、初めて実現する。首相や民間委員が「この規制改革をやろう」と言ったら実現するプロセスではない。

獣医学部の新設なら、新設認可を行うのは文部科学省だ。映画「新聞記者」では、規制改革担当の内閣府が独自に認可を行うことになっていたが、日本の法制度はそういう仕組みではない。利益誘導の余地はおよそなく、二重三重にデタラメな話だった。

この点は、実は司法の場でも明らかにされている。私自身の事案で現在、毎日新聞・森ゆうこ議員・篠原孝議員と訴訟係争中だが、このうち篠原議員との訴訟の判決が3月末に東京地裁で出され、篠原議員は賠償金支払いを命じられた(控訴がなされ、引き続き係争中)。判決では、規制改革側の特区委員には、利益誘導につながるような「選定」権限がないことが判示されている。

マスコミが機能不全の問題

それでもなお「利益誘導説」は止まらない。最近では、看護師派遣を巡って国会で追及がなされている。前提が間違っている話だが、衆参厚生労働委員会で立憲民主党議員らが毎回取り上げる最重要案件になっているようだ。

参照拙稿:立憲民主党はワクチン接種を妨害しないでほしい

こうしたデタラメな言説はなぜまかり通るのか?  マスコミが機能していない問題は大きい。デタラメをデタラメと指摘せず、それどころか、デタラメを真実のごとくしばしば報じてきた。根源は、田中角栄論に戻るが、新聞がテレビとともに利権構造に組み込まれ、ジャーナリズムとしての機能と矜持を失ってしまったことだと思う。

最後に宣伝で恐縮だが、今月末に『総務省解体論』という新刊を出す。総務省という役所は、「情報通信」「地方自治」「行政管理」のほか、裏所管業務として新聞を含む「マスコミ」を担当する。それぞれの担当領域で機能不全を抱え、規制改革の停滞やデタラメ言説の横行、その他多くの難題を引き起こしてきた。新刊では、日本の根底をなす仕組みをどう変えたらよいか、道筋を示してみた。ご関心あればご覧いただけたら幸いだ。

 
政策コンサルタント/株式会社政策工房代表取締役

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