だからビールがおいしくなった!「結晶スポンジ法」って何?

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第1回
2021年05月16日 06:00
化学講師
  • 人気化学講師の坂田薫さんが文系の人にも楽しく化学を基礎から教える連載スタート
  • 抗生物質などの構造解明に使う「X線解析法」は信頼できるも、結晶化の困難も。
  • 結晶スポンジを使った解析法が確立。ビールの苦味成分を解明し、美味しさアップ

(編集部より)コロナ禍の当初、さまざまな情報が錯綜したこともあって文系の人たちの間でも医学や科学に関するリテラシーを高めようと関心が高まっています。ただ、「興味はあるが、難しいそう」という人が多いのも事実。そこでSAKISIRUが日曜企画として、大学受験の人気講師、坂田薫さんに「コテコテ文系」の読者にも楽しく、わかりやすい「化学教室」を行います。第1回はおいしいビールの秘密から。

west/iStock

「仕事終わりのビールはうまい!」というセリフを、居酒屋ではなく家や路上で言うのが当たり前になったコロナ禍。緊急事態宣言により飲食店は時短営業となり、いわゆる「家飲み」や「路上飲み」が仕事終わりの定番となりました。

そんな中、居酒屋で飲むからうまいはずだったビールが、家で飲んでも意外にうまいと感じた人も多かったのではないでしょうか。

実は、ビールの研究にも日本発の最先端技術が利用されているのです。その技術とは、2013年に東京大学の藤田誠教授らによって開発された結晶スポンジ法です。

研究開発で最も重要な過程

化学物質の中には、右手と左手のような関係にある物質が存在します。それらはパッと見は同じに見えますが、実際には立体構造が異なり、その一方のみが特別な性質をもっていることが多いのです。

例えば、グルタミン酸という物質にも存在しますが、一方のみが旨味成分としての性質をもっています。誰でも簡単におふくろの味を再現できる『味の素』で有名ですね。

このように、同じ物質でも立体構造の異なるものが存在し、その一方のみが医薬品や調味料として利用できることがあるため、新薬を開発したり、加工食品を作ったりといった研究において「構造を知ること」は非常に重要な工程なんです。

metamorworks/iStock

しかし、研究者は化学物質の構造を肉眼で捉えることはできません。化学物質があまりにも小さすぎるためです。例えば医薬品などの化学物質は「分子」という粒子で存在しますが、分子1個の大きさには「ナノメートル」という単位が使われます。

「ナノ」とは「10億分の1」を表しており、1ナノメートルは1メートルの10億分の1。想像するのをあきらめてしまうほど、とにかく小さいんです。そこで研究者は数々の実験を行い、データをかき集め、そこから分子の構造を決定したり予想したりします。研究開発において、この過程にかなりの時間と労力を割くことになるのです。

X線解析法の「100年問題」

化学物質を構成する粒子(以下、分子)の構造を決定する方法で、最も信頼できるものに「X線解析法」があります。対象となる物質にX線を照射することで、分子の構造を詳細に割り出すことができるため、抗生物質や人工甘味料など多くの分子の構造解明に利用されています。

Wanmongkhol/iStock

しかし、この方法を使うには、対象となる物質がある条件を満たしている必要があります。それは「美しい結晶であること」です。

結晶とは、「分子が規則正しく配列している固体」のこと。ゴルフボールが規則正しく並んでいる空間をイメージしてください。ゴルフボールが分子、空間全体が結晶です。

さらに、X線解析できる結晶は、ゴルフボールに印字されているメーカーのマークが全て同じ方向を向いて並んでいる必要があるのです。物質によっては、この美しい結晶を作るのに膨大な時間を要します。

そもそも固体にならない(油状にしかならない)物質もあります。また、自然界から抽出する物質など、サンプルが微量しか入手できないときも結晶化は困難。当然、これらの場合X線解析は使えません。この問題は「X線解析の100年問題」ともいわれ、研究者を悩ませてきました。そして、これを解決したのが結晶スポンジ法なのです。

結晶スポンジ法

「結晶スポンジ」とはジャングルジムのような規則正しい空間を持っている大きな粒子です。美しい結晶を作るのが困難な物質、すなわちX線解析法が使えない物質をこの結晶スポンジに流し込むと分子が同じ方向を向いた状態で規則正しい空間に取り込まれ、美しい結晶のように並びます。

結晶スポンジ法の原理

「結晶化した空間」に基質を流し込む(出典:科学技術振興機構サイト)

これにより、今まで長い年月をかけて美しい結晶にしていた物質や、結晶にできなかった物質が、結晶スポンジに流し込むだけでX線解析可能となりました。それだけではありません。サンプルを結晶化する必要がないため、微量しか入手できない物質でもX線解析可能となったのです。これは、ビールの研究にも取り入れられ、今まで解明されていなかったビールの苦味成分とその構造まで明らかにしました。これは苦味成分の制御などに役立てられるといいます。ここまでされたらビールが美味しくなるのも納得ですね。

コロナ禍でビール各社は「家飲み」商品を強化しています。緊急事態宣言の延長により、外食でお酒も飲めなくなったこの頃。日本発の最先端技術に思いを馳せながら、家でビールを味わってみてはいかがでしょうか。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でSAKISIRUをフォローしよう!

関連記事

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事