東京人の考える「地方暮らし」なぜリアルと乖離してしまうのか
都会から見えない農業コミュニティのリアル- 東京の人が考える「地方暮らし」が田植えや伝統工芸などテンプレ化に疑問
- 農業生産高ランキングで全国上位でも統計上の農林漁業の従事者が5%未満の謎
- 泥に塗れる畑仕事以外にも支え手の存在。都会人の見えないコミュニティが存在
(編集部より)コロナ禍になってからの仕事や生活のリモート化で、「地方」への注目度が上がっています。しかし地方にお住まいの当事者からは、マスコミやSNSでの議論がどこか地に足がついていないように見えるようです。室町時代から創業600年。愛知県内で麹づくりに使う「種麹(たねこうじ)」メーカーを経営する第29代当主、村井裕一郎さんが、東京人やマスコミが考える「地方暮らし」についてツッコミます。
東京の人が考える「地方暮らし」や「東京の学生が地方を体験してきました!」は、どうして「田植え!伝統工芸!古民家再生!」ばかりなのでしょうか。
自分で田植えをして泥にまみれて、自然とふれあって、みたいなのものはありますが、「農業のリアル」はそれだけではありません。むしろ、東京の人からみると「ド田舎」の方が、規模が大きく、農業資材と機械化が進んでいたりします。逆に、「郊外」と言われる地域の田舎エリアは、農地の面積が狭いのですが、「意識高い」人たちがいることで、有機農法の取り組みがきちんと地域ぐるみでできていたりするのです。
統計から「見えない」担い手
机の上で数字だけをみてもわからないことがあります。農業の「担い手」はどんな人たちがいるのでしょうか。
私が生まれ育ち、いま事業を営む愛知県の豊橋市は、市町村別農業生産高ランキングで、30年近く全国ベスト10入り(かつては1位も)し続けている「農業の街」です。
ところが、豊橋市民37万人のうち、就農者は約1万人ほど。業種別に働く人の統計割合でみると、「農林漁業」の従事者は約5%に過ぎません。大半の市民は、多い順に「製造業」(約5万人)「卸売業、小売業」(約3万人)「サービス業」(約2万人)となっています。
ここで私が何を言いたいか、イメージがわかない人のために補足します。
たとえば「製造業」といっても、「高速のインターを降りたところの工業団地にある“◯◯電気▲▲工場”でライン工に入っています」という従事者がいます。そして、その工場で「防虫・防鼠処置や、事務所の清掃を請け負っています」というビルメンテナンス業という「サービス業」もいます。
あるいは、「大体半径5キロぐらいの人が利用するデイケアセンターやってます」という「福祉業」、「うちは、新築の民家があったときに地元業者として太陽光パネルを載せるのがメインに仕事しています」という地元の「建設業」もいるでしょう。ほかにも家一軒建てるにも「うちは、地元にガスボンベとガス器具の販売してます」とか、「うちは近くの採石場から、住宅エントランス用の砂利を運搬して、外構・エクステリア屋さんにお渡ししてます」みたいな人たちが、ずらっと並んでいるわけです。
誰が本当に農業に従事してるのか?
話を「農業」に戻します。泥にまみれて作業するだけが農業ではありません。
農業資材を売る「農機具・農業資材卸さん」が、各自治体に数件ずつぐらいあって、そういうところが、「リンゴの果樹に被せる袋」を売ったり、農薬の噴霧器本体と交換ノズルを売ったり、精米機や乾燥機やらの調子が悪くなったらメンテナンスに駆けつけて、ダメそうなら精米機のメーカーにつないだりとかって地味な作業を業務とされています。
このような事業所や従業員の方がいて、「農業」というコミュニティが成り立っているのです。これらの事業所は、統計的には「卸小売業」や「サービス業」などに分類されます。
他にも、
「農協とか三セクが経営してる多目的ホールで、多目的と言いつつ8割以上は葬式にしか利用されないホールの維持管理をして、日常的には葬式花のとりまとめや発注をかけている事務員」さんとか、
「(その)セレモニーホールに、朝、葬儀の花を飾り付けにいって、夜回収しにいく花屋」さんとか、
「プリントパックの格安に押されている、地元企業の封筒や名刺を印刷する日銭が収入源で、たまに商工会議所の周年会報誌みたいな大きい仕事が来るととても助かる印刷屋」さんみたいなのとか,
「大企業の、県庁所在地規模(名古屋支社とか仙台支社とか)の、さらに下にぶら下がっている複数市町村(三河エリア)とか、のさらに下の「××支店」」に勤めている人とか…
フランチャイズ形式で全国展開するレンタカー屋さんがあって、その加盟店で、地方のロードサイドで「◯×レンタカー▲▲支店」で、店長やってます、整備士やってます、受付やってます。同じ市内で、カラオケのフランチャイズと携帯ショップのフランチャイズにも加盟しているから、来年からレンタカー屋店長がカラオケ店店長になりますとかあって、
そして、そういう「セレモニーホール」や「花屋」さんや「大企業の支店」や「フランチャイズ加盟の中小企業」の事務所に、本棚とかキングジムのファイルとかコピー用紙とかを収める「事務機器屋」さんがいて。
そういう人たち一人一人をみていくことで、「地方で1万人単位が本当に従事しているリアルの雇用」がやっと見えてくるのではないでしょうか。
冒頭で引き合いに出した有機農法や、古民家カフェに携わっている人たちは、地域に大きな影響を与える可能性があったり、すでに影響をもたらしている場合もありますが、人数で言えば100人規模の顔が見えるコミュニティのことが多いのです。でも、そういう「地方」の実態は、「都会」の人は、見ないし、見えてないし、見ようとしてないように思います。
コロナ禍を機に、「社会の分断」が語られるようになりました。このようなリアルの手触りが伝わっていない、見えていないことこそ、まさに「社会の分断」を象徴しているように思います。
一般には、どの国も、都会はリベラルが多く、田舎は保守が多い傾向にあると言われます。「地方」も「都会」も、自分のイメージに沿う人物像でなく、相手のリアルな生活、生身の人間を知ること。それが互いのリスペクトに繋がり「分断」に橋を架けることになるのではないでしょうか。
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