「辺野古」で全国区の注目、沖縄・名護市長選でいったい何が起きているのか?

「経済・暮らし」現職 VS.「伝説」の元市長ジュニア
批評ドットコム主宰/経済学博士
  • 「辺野古」で全国的な注目を集める沖縄・名護市長選、投票日を前に展望する
  • 今秋の知事選の「予備選」。「辺野古」実質容認の現職と反対の元市長の長男が激突
  • スキャンダル報道もあったが、選挙戦は拮抗。カギは有権者の2割程度の無党派層?

「埋め立て容認」「埋め立て阻止」の激しい対立で全国に知られることになった辺野古地区を擁する沖縄県名護市で市長選挙が行われている。投開票日はあす1月23日。地元名護市や沖縄県はもちろんのこと、永田町でもその行方が注目されている。

「知事選の予備選挙」名護市長選

立候補を届け出たのは、市会議員だった岸本洋平氏(49)と現職市長の渡具知武豊氏(60)の2人だ。岸本氏を支援するのは、辺野古埋め立てに反対する玉城デニー沖縄県知事が率いる「オール沖縄」、渡具知氏を支援するのは埋め立てを進めている自民党・公明党である。地元では、今秋の知事選を占う「予備選挙」ともいわれている。

名護市は人口約6万4千人、有権者数約5万5百人。1970年に町村合併により誕生した市だが、沖縄本島北部、いわゆる「やんばる(山原)」の政治経済の中心地として、琉球王朝以来繁栄をつづけてきた。

立入禁止のフェンスが覆う辺野古基地の建設予定地(撮影:1月中旬。写真提供:Takosaburou氏)

市域内の太平洋側にはキャンプ・シュワブがあり、隣地にある辺野古弾薬庫と併せて約21.6平方キロが米海兵隊(第3海兵遠征軍)の専有基地となっている。これは市面積の約1割に相当するが、目立った産業もなく、観光とも縁の遠い名護市の太平洋岸地域(久志地域)では経済的に重要な要素を構成している。

このキャンプ・シュワブの沿岸を埋め立て(埋め立て面積約1.6平方キロ)、普天間飛行場を移設するという計画が発表されたのは1997年。すでに25年の歳月が経過しているが、埋め立ての一部が完了しただけで、飛行場と関連施設の完成は2030年代にまでずれ込み、総経費は1兆円近いと試算されている。

歴代市長の辺野古移設への立場

この移設計画をめぐり、地元・名護市は容認派と反対派が対立し、市長選では激しい戦いが繰り広げられてきた。辺野古移設計画が発表された1997年以降の歴代市長の立場をまとめると、以下の通りとなる。

  • 比嘉鉄也(在任期間1986年〜1997年)容認(容認直後に辞任)
  • 岸本建男(同上1998年〜2006年)条件付き容認
  • 島袋吉和(同上2006〜2010年)容認
  • 稲嶺進(同上2010年〜2018年)反対
  • 渡具知武豊(同上2018年〜現在)事実上の容認

反対運動が最も盛り上がったのは、反対派の稲嶺進氏が市長を務めた8年間で、渡具知現市長に代わってから反対運動は萎みつつある。反対運動の萎縮にはコロナ発生という特殊な要因もかかわっているが、そもそも前回2018年の市長選挙で渡具知氏が当選した背景には、20年以上にわたる反対運動に市民が「疲れ果てた」という事情もある。

「市長が反対運動に注力すると、他の行政が疎かになる」と、反対運動に力を注いだ稲嶺市長に対する不満を隠さない市民も少なくなかった。

「伝説」の市長の長男の出馬

その流れで行けば、今回の市長選挙は現職の渡具知氏が有利になるはずであった。ところが、前回よりもむしろ接戦となっているのが実情である。なぜなら、今回の市長選は、市民にとって今や「伝説」となっている岸本建男元市長の長男が出馬しているからだ。

岸本建男氏は、辺野古受け入れを条件付きで決断したときの市長である。市民益と国益のあいだで苦しみながら下した決断、いわゆる「苦渋の決断」の主だった。「苦渋の決断」を口にする政治家は多いが、建男氏は決断後も苦しみぬき、2006年に病で斃れている。市民の間では「政治生命どころか自分の命を賭けて決断を下した勇敢な市長」として今も語り草になっている。

また、建男氏は、全国から注目された「逆格差論」(相対的に貧しい地域だからこそ心豊かに生きられるという考え方)の提唱者としても知られた。市民のいるところならどこにでも入りこんで、酒を酌み交わしながら持論を説き、名護市の明るい未来を語ると同時に、市民からの批判や意見にも真摯に耳を傾けた。その姿を記憶する市民は今も多い。つまり、建男氏は保革両陣営からきわめて信頼の厚い市長だったのである。

その建男氏の子息・洋平氏が出馬したのだから、なんともこれは強力である。しかも、洋平氏は渡具知氏より若く生き生きとして見える。オール沖縄にとっては最上等の「玉」だが、自公陣営にとっては最大級の「難敵」である。

選挙情勢は「まったく互角」

ところが、建男氏を知らない世代が増え、昨年の事前世論調査では「渡具知有利」との結果が出ていた。それに安心したのか、あるいは衆院選での島尻安伊子氏(名護市を含む沖縄3区の自公候補)の選挙区当選に安心したのか不明だが、渡具知陣営の当初の動きは鈍く、たちまち岸本陣営に追いつかれてしまった。

今年になってからは、「岸本有利」という世論調査の結果も出回るようになり、渡具知陣営は自陣を引き締めると同時に巻き返しを図り、その効果もそろそろ出始めている。選挙終盤の現在は両候補ほぼ横並びで、得票に差が出るとしても数百票ではないかといわれている。どちらが勝っても全くおかしくない状態だ。

南国風の独特のデザインが目を引く名護市役所庁舎(Laboko /PhotoAC)

疑惑報道まで登場

1月18日には、こうした拮抗状態に変化を与えるような動きがあった。『週刊女性』が、名護市消防跡地開発をめぐる渡具知候補の「疑惑」を「沖縄版モリカケ問題」として報道したからである。この記事は、小池百合子都知事、高市早苗氏、岸田文雄首相の「問題発言」を引き出したことで知られるジャーナリスト・横田一氏が寄稿したものだ。

横田氏はこれまでも自身の関わるネットメディアでこの「疑惑」を問題にしてきたが、『週刊女性』に記事が出るまでほとんど注目されなかった。が、20日に週刊女性の電子版にこの記事が掲載されると、配信先のYahoo!ニュースを経由して拡散。この「疑惑」が名護市民にまで届くようになれば、少なくとも「数百票」は動く可能性があり、今回のような接戦では、結果を左右する効果を持つことになる。あざといやり方に見えるが、選挙ではありがちである。

しかしながら、今日までのネット上の動向を見るかぎり、その影響はきわめて微々たるものに留まりそうだ。沖縄のメディアもまったく取り上げていない。沖縄の選挙戦では、本土の週刊誌で報道された沖縄の政治家の疑惑や醜聞は、これまでほとんど影響力を持たなかった。おそらく今回も同じ運命をたどることになるだろう。つまり、両候補の拮抗状態になんら変わりはないということだ。

リアルな争点は何か?

むしろ、有権者の2割程度存在する「無党派層」や「選挙に行かない層」がどう動くかのほうが注目に値する。岸本陣営は、「渡具知 VS. 岸本」の戦いは「辺野古埋め立てを認めるか認めないか」あるいは「オミクロン株をばらまいた米海兵隊の駐留を許すか許さないか」の戦いであるかのように広報しているが、市民の関心は必ずしもそこにはない、というのが筆者の見方である。各種世論調査を見ても、「毎日の暮らしはどうなるのか」「名護の経済は上向くのか」といった問題により切実な関心があるように思われる。

そうした面から両候補の政策や発言をチェックする限り、辺野古の争点化を避けながら経済や暮らしを前面に掲げ、具体策を提示する現職・渡具知氏のほうが、辺野古反対を掲げ、福祉の充実を強調しながらも結局は「私に任せてください」的な精神論で立ち向かっている岸本候補より説得力があるように思われる。

「辺野古移設や米軍駐留が市民の暮らしを左右する」という問題意識から市長を選ぶためには、「名護市長には一国の安全保障政策や米軍の駐留政策を動かす力がある」という前提が必要だが、残念なことに現実はそうなっていない。市民は果たしていかなる判断を下すのだろうか。

 
批評ドットコム主宰/経済学博士

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