「ウインブルドン現象」後の英国に見るしたたかさに日本も学べ

連載『日本経済をターンアラウンドする!経済再生の処方箋』#4
  • 「失われた30年」の日本が学ぶべき事例、今回は英国の「ウインブルドン現象」
  • 門戸開放、規制緩和、資本の外国からの導入で、老大国・英国が息を吹き返す
  • 「分配と資本の好循環」と言った耳障りの良い話より求められることは?

株式会社ターンアラウンド研究所
小寺昇二

アベノミクスと呼ばれる経済政策がコロナ禍の中で終焉し、「新しい資本主義」を標榜する岸田政権の経済の舵取りに注目が集まっています。

10月の衆議院選挙では 、コロナ禍であからさまになった日本社会や経済の様々な「後進性」が野党から批判されましたが、一般大衆も、GDPや平均賃金の伸びについて、他の先進国がそれなりの成長を実現させているのに対して日本がほとんど成長していないという現実を認識させられています。

加えて、最近ではアベノミクスの始まった2013年からの建設受注統計の意図的とも見える二重計上の事実が明るみに出て、今更ながらに「失われた30年」から脱却できていない日本の現状に焦燥感が出てきているように感じます。

この連載では、海外での事例を引きながら日本の再生のヒントを示すというコンセプトで進んできましたが、今回は英国に学ぶ…いわゆる「ウインブルドン現象」について考えていきます。

peepo /iStock

ウインブルドン現象とは?

さて、日本は、1980年代には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と日の出の勢いがあったものが、バブル崩壊後の失われた30年の中、2010年にGDPで中国に抜かれました。

しかし未だに世界3位の経済大国であり、「モノ作り大国」という誇りも持っています。中国との差は開くばかりであり、今後は人口増加も著しく、傾向としてGDP成長率も高いインドに抜かれるのもそう遠い日ではないと考えられています。

かつての栄光からの凋落、そしてその後の復活と言う意味で学ぶとしたら、英国、それもいわゆる「ウインブルドン現象」を引き起こした「門戸の解放」が参考になるのではないでしょうか。

1979年のサッチャー政権誕生前の英国は、戦後の労働党政権下での産業国有化政策、手厚い福祉政策や労働組合の先鋭化などによって経済の活力を喪失、結果として国際競争力の低下、ポンドの下落などに見舞われました。それが、門戸開放規制緩和資本の外国からの導入と言った新自由主義的な経済政策によって、この老大国は息を吹き返します。

スポーツに象徴される英国の「門戸開放」の目立った動きとしては、

  • 1968年「ウインブルドンにおけるプロ選手の参加容認」~それまで格式は高いものの、英国人のための一ローカルテニス大会であったウインブルドン選手権が国際的なビッグタイトル戦の一つになるきっかけとなった。
  • 1986年(スポーツではないが)「ビッグバン」~国内の金融市場を外国勢力にも開放したことによって、「シティ」はそれまで英国金融界を牛耳っていた証券会社が米国などの金融機関に買収されたものの、世界の金融プラットフォームとしての地位を築くことになった。金融が国の基幹産業になり、雇用も増え、国内への資本導入も進んだ。
  • 1992年「プレミアリーグ創設」~それまでのリーグ構造を改編しビッグクラブによる「プレミアリーグ」を創設、衛星テレビの資金力によって各クラブはスタジアムを改築、1984年のロサンゼルスオリンピック開催と並び、現在の「スポーツビジネスの興隆」の嚆矢となった。

外資導入も辞さず隆盛を極めたプレミアリーグ(画像はアーセナルの本拠地:Philip_Willcocks /iStock)

「門戸開放」の成果

「ウインブルドン現象」と言われるように、ウインブルドン大会は、門戸開放によって、英国人がウインブルドンで英国人が優勝したのは、2013年、2016年のアンディ・マレーだけですが、開催による経済効果、雇用、大会のブランド価値などでは大成功だったと言えましょう。

同様に、プレミアリーグの創設は、世界中から資本を呼び寄せ、現在プレミアリーグ、そして二部のプレミアシップのオーナーの大半は富裕な外国人であり、豊富な強化費によって世界中から名選手をかき集める世界ナンバーワンのサッカーリーグになっています。

プレミアリーグやウインブルドン(全英テニス選手権)の興隆を見る限り、経済、雇用と言った面での成功は間違いないところなのですが、プレミアリーグについては世界的な選手と一緒にプレーする英国人選手の成長も顕著であり、サッチャー政権以前に、サッカーの実力面で大きく後れを取っていたイングランド代表も、今では世界の強豪国の一つに返り咲いているのです。

英国が「大国」としてのプライドをかなぐり捨てて、「実利」を取りに行った実利主義こそが今のプレミアリーグの隆盛を招き、そして同じように門戸開放による資本流入を誘発して経済の蘇生に役立てた英国人のしたたかさに日本人も学ぶべきだと思うのです。

例えば、プレミアリーグで言えばチェルシーマンチェスター・シティを始めとするビッグクラブのオーナーが外国人になっても、その資本力による強化の結果として「圧倒的に強くなる」ことはサポーター、国民の感情的な反発を蹴散らしてしまいました。

2008年、試合を観戦するチェルシーのオーナー、ロシア「石油王」アブラモヴィッチ氏(John Dobson /Wikimedia CC BY-SA 2.0)

求められる資本流入

ところで、ここでGDPの基本的な計算式を以下の2つの方法で示しましょう。

①国内総支出(GDE)

  • GDP=消費+資本投資+(輸出―輸入)
  • GDP成長率=現在のGDP/基準年のGDP(×100)

②経済成長の要素分解

  • GDP成長=資本生産性の増大×労働生産性の上昇×資本投入量の増大×労働投入量の増大

少子化を前提とすれば、移民を増やすことが労働量を増やすための唯一の方策ではありますが、政府の対応は直近「技能実習生」への対応が少し変わる兆しがあるものの、基本的にはNOであるわけで、そうなると国内での「資本投入量」及び、「資本生産性、労働生産性」をアップさせることがポイントになります。資本生産性も労働生産性も、いわゆる「DX」と言われるように資本投入(設備のリプレース、アプリ他IT系投資によるホワイトカラーの生産性アップ)によって引き起こされるわけで、結局「資本投入量」が究極の方策となります。

やはり日本の経済を成長させるためには、資本の投入が必要です。

それは、「分配と資本の好循環」と言った耳障りの良い、しかし訳の分からない(あるいは人々へのバラマキによる消費促進)政策ではなく、投資、それもIT、ソフトウエアなどの無形資産を中心とした生産性、効率性のアップによるものなのです。

30年を経ても漂流し続ける日本経済(画像は東京・新宿  AlxeyPnferov/iStock)

企業の内部留保はこの「失われた30年間」に増加し続け、未だにサラリーマン経営者に率いられた大企業は思い切ったビジネスモデルの転換、経営改革、投資を行えていません。国際競争力を高め、経済を活性化することが必要なのですが、国内で資本を賄えないのであれば、門戸を開放するのも一案なのでしょう。

スポーツで言えば、以下のように変化の兆しは見えています。

  • 大相撲が外国人力士のお蔭で未だに人気をキープしていること
  • サッカーではDAZNがスポンサーについたことによって各クラブが選手費用の増額余地が出来たこと
  • 野球、サッカー、バスケットリーグで、スタジアム、アリーナの改築・新築が相次いでおり、地域ビジネス化が進もうとしていること

英国発祥のラグビーでは、帝国主義の植民地経営時代から、「国の代表」については柔軟な運用を行い、結果としてラグビー人口は世界的に増加、英国の競技レベルもキープされているのと同様、「ラグビー日本代表」のキャプテンが外国生まれであっても日本人は受け容れられるようになっています。

あとは、考え方の整理、ルール作りと実行、なのではないでしょうか。

次回は、ウインブルドン化のメリット、外資規制撤廃について考えていきます。

 

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