行政による動物「殺処分ゼロ」は本当か
裏に潜む3つの「カラクリ」- 自治体で進む動物「殺処分ゼロ」の実情は?保護活動をする杉本彩さんが指摘
- 殺処分数ゼロや激減の裏に潜む3つの「カラクリ」とは?
- 愛護団体の引き取り、自治体間の数字の相違、行政の引き取り拒否の闇…
(編集部より)動物の「殺処分ゼロ」に取り組む自治体が増え、その成果が報道もされてきましたが、実相はどうなのでしょうか。この問題に長らく取り組み、公益財団法人理事長として動物愛護の活動をしてきた女優の杉本彩さんに現場の実情を伝えていただきます。
(本稿は:杉本彩著『動物たちの悲鳴が聞こえる 続・それでも命を買いますか』(ワニブックスPLUS新書)から一部抜粋、最新情報をもとに再構成しています。)
ここ数年で自治体の間にも動物の「殺処分ゼロ」を目指す取り組みが広がってきました。選挙の公約として掲げられることも増えています。こうした機運の取り組み自体は歓迎すべきことではあります。
ただ、こうした根本的な問題の様々な背景を理解せず、本来向き合うべき問題から目をそらして、政治思想と関係のない聞こえの良さや共感の得やすさに飛びついているのではという安易なケースも少なくありません。
私が危惧するのは殺処分ゼロという言葉だけが美化されて、本当に解決しなければならない問題が置き去りにされてしまいかねないことです。そもそも「殺処分ゼロを目指す」という言葉に違和感を覚えています。なぜなら数字にとらわれて、数を減らすことを目標にしてしまう恐れがあるからです。
殺処分とは――自治体の保健所や動物愛護管理センターなどに持ち込まれた犬猫などを”殺害”して”処分”すること。
施設の収容される犬猫が譲渡されないまま増え続けると、収容可能な頭数を超えると“キャパオーバー”になってしまうため、こうした殺処分が行われるのです。その方法は、「ドリームボックス」と呼ばれる箱のなかに、二酸化炭素ガスを充満させて窒息死させる方法が一般的です。何の罪もない犬猫が“夢の箱”のなかで、もがき苦しみながら死んでいきます。決して安楽死などではありません。
「減少・ゼロ」に潜む3つのカラクリ
近年、この殺処分が減少傾向にあると言われています。環境省の統計によると、令和元年度(2019年度)は3万2000頭以上の犬猫が自治体の施設にて殺処分されています。
ここ数年の殺処分数は、平成30年度(2018年度)は約3万8000頭、同29年度(17年度)は約4万3000頭、同28年度(16年度)は5万5000頭と推移しており、10年遡って2009年度には約22万9000頭だったことを考えれば、殺処分は年々減少しています。
全国の犬・猫の殺処分数の推移
またここ数年、いくつかの自治体で「行政における犬猫の殺処分ゼロを実現した」という発表も行われています。しかし、この数字を額面どおりに信用して、「日本も動物にやさしい国になった」「行政も頑張っている」などと手放しで喜ぶことはできません。
なぜなら「殺処分数の激減」「殺処分ゼロ」の裏には、あるカラクリが存在しているからです。そのカラクリとは、大きく分けて次の3つです。
- 動物愛護団体によるサポート
- カウントの仕方
- 行政の引き取り拒否
以降、ひとつずつ検証していきましょう。
I. 動物愛護団体によるサポート
ひとつめのカラクリは、収容された犬猫を動物愛護団体が引き取っているという実態です。行政施設に収容された犬猫をなんとか救いたいという思いで犬猫を引き取り、治療やしつけをし、譲渡に繋げる動物愛護団体やボランティアがいるのです。行政が声高に成果を主張する「殺処分の減少」や「殺処分ゼロ」は、行政の取り組みだけでなし得たものではありません。その陰では、心ある動物愛護団体が大きな負担に身を削りながら、尊い気持ちを持って保護活動を行っています。
もちろん真摯にこの問題に取り組んでいる行政もあります。しかし、なかには動物愛護団体の善意におんぶに抱っこで丸投げし、本腰を入れて取り組まずに愛護団体の負担だけが増えて疲弊していくというケースもあります。
Ⅱ. カウントの仕方
2019年4月、東京都の小池百合子知事は記者会見で、都知事選での公約のひとつに掲げていた「ペットの殺処分ゼロ」について、「当初の目標より1年早い平成30年度(2018年度)末の時点で達成した」と発表しました。
令和元年度(2019年度)の最新情報はどうでしょうか。実は環境省では、動物の”死亡”による処分を3つに区分しています(参照:環境省『動物愛護管理行政事務提要の「殺処分数」の分類』)。
- ①譲渡することが適切ではない(治療の見込みがない病気や攻撃性がある等)
- ②分類①以外の殺処分(譲渡先の確保や適切な飼養管理が困難)
- ③引き取り後の死亡
つまり、東京都における「殺処分」とは②に該当するケースのみ。ここが「ゼロになりました」と都知事は言っているわけです。
よくよくこの表を見てみると、令和元年度(2019年度)の犬猫の引き取り数は451頭、そのうち①と③による処分数は77頭で、6割以上の291頭は譲渡されました。そして譲渡されたうち半数近くは幼齢の猫です。幼齢の猫をいきなり個人の里親希望者に渡すとは考えられないので、譲渡先のほとんどが動物愛護団体と言えます。区分②の殺処分はゼロになっても愛護団体への負担は変わりません。愛護団体の負担を減らすためにも幼齢猫の引き取りを減少させるべく対策を取らない限り「殺処分ゼロ」を手放しで喜ぶことは出来ません。
Ⅲ. 行政の引き取り拒否
前述したように令和元年度(2019年度)は3万2000頭以上の犬猫が自治体の施設にて殺処分されています。しかしこの数字はあくまで”環境省が発表した頭数”に過ぎません。
その陰には、ここにカウントされることなく、闇に葬られてしまった数多くの犬猫たちの命があるのです。それが生体展示販売を主流とするペット業界の生産・流通過程で失われる命です。利益第一主義のペット業界における「動物の命の軽視」という実態が、多くの動物たちを苦しめ、死に至らしめています。
- ペットショップで売れ残って不良在庫となりバッグヤードで命を落とす犬猫
- 繁殖場で子を産む道具”として扱われ、産めなくなったら不要となり放置される犬猫
- 免疫力の低い幼齢期に売買の流通過程で罹患し、死亡する犬猫
前回の動物愛護法改正によって自治体が動物を扱う業者からの持ち込みを拒否できることになりました。その結果、不要になった動物たちの処分先を失ったペット業者のもとでは、闇に葬られるが如く命を落とす犬猫たちが増えているという現実があるのです。
悪質なペット業者が公表したくない死、知られたくない死、報告されない死―――正確に把握できないまま闇に葬られてしまう死については、当然、行政にカウントされることはありません。
さらに飼い主にも終生飼養が義務付けられたために、業者に限らず個人からも、相応のやむを得ない事由がない限り行政は引き取りを拒否できることになりました。このこともまた、行政の施設に入ってくる犬猫の数が圧倒的に減った一因となっています。ですが飼い主の死亡や入院等どうにもならない事情でセンターに保護依頼するケースもあります。
以前と異なり野良猫が迷惑だから「処分しろ」と持ってくる人より「助けたい、保護収容して欲しい」と最後の砦としてセンターに相談するケースの方が圧倒的に多いのですが、行政が言う「殺処分してもいいなら引き取りますよ」その一言に市民はひるみ、結果地元の動物愛護団体に助けを求めるのです。
昨今全国で多発している動物の多頭飼育崩壊も同様です。多い時は100頭以上もの犬猫の保護が必要なケースもありますが、そういう時でも民間の動物愛護団体が手分けして引き取ります。
全国の行政の動物愛護センターは次々新設、改築で十分な収容スペースや最新の設備が整っているにも関わらず、センターはガラガラ、一方民間団体には多数の動物で溢れかえっている…。そもそもセンターに収容しないから、その分の殺処分数が減っている。この実態もまた、環境省の発表する数字を喜べない大きなカラクリなのです。
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