ウクライナ侵攻間近か……プーチンの「狂気」が突きつける国際政治の「不都合な真実」
日本人が目を背けたくなる世界の「前提」- ウクライナ侵攻をチラつかすプーチンが示した「不都合な真実」とは?
- アメリカやEUがロシアと積極的な外交交渉を始めたことをどう見るか
- プーチンが今回突き付けたのは、日本で議論を避けがちなこと
「不都合な真実」という言葉がある。
もっとも有名なのは、90年代にアメリカのクリントン政権で副大統領を務め、ブッシュ候補(後に大統領)と2000年の大統領選挙で大接戦を演じたアル・ゴア元副大統領が制作した、本やドキュメンタリー映画のタイトルだろう。これは、政権を離れたあとに地球規模での環境問題、とりわけ温暖化ガスなどの排出による気候変動の問題を啓蒙するために制作したものだった。
日本でもテレビなどで大々的に紹介されたので、覚えている人も多いかもしれない。ゴア氏は後にこの映画の内容が認められて、2007年にはアカデミー賞まで獲得している。
だが、去年の後半から今年にかけて、世界的に新たに誕生した「不都合な真実」は、ある意味でより喫緊の危機である、国際政治における「軍事力の行使(とその脅し)が効く」という事実のことだ。
その原因をつくったのは、もちろんロシアのウラジーミル・プーチン大統領である。
脅せば交渉に持ち込める軍事力の効用
プーチン大統領はウクライナの国境沿いに10万人規模と言われる大量のロシア兵を展開しているという。専門家たちによれば、去年の2021年の春頃に一度数を減らしたのだが、11月下旬あたりから再度、集結しはじめ、年を越えた今ではいつウクライナに侵攻してもおかしくない状態にあると言われている。つまりロシアはここで「軍事力行使もあるぞ」との脅しを使っている。
すると何が起こったか。驚くべきことに、アメリカやヨーロッパ連合(EU)などの西側の政府が、こぞってロシアと積極的な外交交渉を始めたのだ。
プーチン大統領には「前歴」がある。規模は限定的ながら、2008年の首相時にロシア軍をジョージア(グルジア)に侵攻させ、2014年には大統領としてクリミア半島やウクライナ東部にも侵攻させている。 端的にいえば、実際に軍を動かしてきた過去を持っているため、今回の脅しの信憑性は実に高いのである。
そして彼の行動は、年末年始にかけての国際政治の状況に大きなインパクトを現実的に与えた。つまりこれは「軍事力の行使(の脅し)」が「外交交渉」という政治的な結果を引き起こしたのであり、まさに「軍事力が効いた」ということだ。
『戦争論』の示唆は核にも通ず
このような考え方は、安全保障や戦略論を研究してきた人間たちの間では当然の前提として共有されているものだ。ところが日本の大手メディアを中心とした言論空間や、さらには現実的な政策関連の議論では、このような前提は避けられるか無視される傾向が強い。
例えば、北朝鮮の金正恩総書記がミサイル実験や核実験を繰り返し「核保有国」となったからこそ、初めてアメリカのトランプ大統領(当時)と国家のリーダーとして単独で会見に望むことができたように、現実的には軍事力(この場合は核兵器の脅しの力)が国際政治における交渉の後ろ盾として効いてしまうことはよくあるのだ。
このような軍事力の行使の「脅し」が、相手国に対する「抑止」を確実なものにする上でも重要な要素であることは言うまでもない。
たとえばプロイセンの軍人哲学者で『戦争論』(中公文庫)で有名なカール・クラウゼヴィッツは「戦闘の流血がないと戦争は終わらない」と書いているが、私が先ごろ翻訳したマイケル・ハワードは『クラウゼヴィッツ:戦争論の思想』(勁草書房)で、これを援用する形で、「核兵器が登場すると、核爆発の脅威がそれを代替した」と指摘している。
その根本にあるのは、非常にカジュアルな言い方で言えば「核兵器を持っていると相手国は本気でビビる」ということだ。軍事力の行使(この場合は核爆発)の脅しは、やはり「効く」。
日本の「敵基地攻撃論」に誰がビビるのか
もちろん私は、この事実を踏まえて「日本の軍備を劇的に増強させるべきだ」と言いたいわけではない。むしろ日本の近頃の「敵基地攻撃」に関する議論が、いかに空虚で当たり障りのないものかが暴かれていることを指摘したいのだ。
なぜなら日本の防衛関連の議論には、ロシアの今回の激しさ(「マジでやる気だぜ!」と専門家も「ビビる」ような)を連想させるような「脅し」への覚悟がない。少なくとも、日本に脅威を与えている中国、北朝鮮、ロシアのような国々が「日本の敵基地攻撃論は脅威である」とは感じていない可能性が高いからだ。
こうした「脅し」やそれによる「抑止」は、自分も相手も、危険な兵器によって破滅する、危害が加えられる、被害が甚大なものになると本気で認識してはじめて、「では互いに手出しをするのをやめよう」となる。それによって「抑止」が効いて平和な状態が保たれるのが国際政治の一面であるということだ。誤解を恐れずにいえば、平和を守るには「いざとなったらやりかねない」と相手に感じさせるような、ある種の「狂気」が必要になるとも言える。
軍事と政治は不可分という「真実」
このような議論は、普段の生活を普通に営むわれわれにとって、実に不快で神経を逆なでする議論かもしれない。ところがまさに「不快」であるがゆえに、我々はそれを考えたり議論をすることを避けたり、拒否してしまいがちだ。
クラウゼヴィッツは「戦争は政策のためのツールである」という主旨のことを述べたことで有名だが、その際の軍事力の行使(の脅し)も、それがどのようなものであれ、政治的な結果を生み出すものなのだ。
中国の台頭や北朝鮮のミサイル実験が続けられるという安全保障環境が悪化しつつある中で、我々は軍事力の効能というものから目を離せなくなっている。
ロシアが今回われわれに突きつけたのは、このような「不都合な真実」なのかもしれない。
【編集部よりおしらせ】奥山真司さんが翻訳を手がけた新刊です。
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