北京で大騒動「おれたちの羽生」世界のメディアが一挙手一投足を報じる

「94年ぶり快挙」3連覇へ、いよいよ登場
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授
  • 北京五輪フィギュア、羽生結弦選手、94年ぶりの3大会連続「金」なるか
  • チェンとの頂上決戦に熱視線、現地は羽生の北京入りでフィーバー
  • 4回転半で偉業なるか、羽生の憧れ、皇帝プルシェンコのメッセージとは

羽生結弦がフィギュアスケートの歴史に新たな1ページを刻もうとしている。北京冬季五輪フィギュア男子は8日にショートプログラム(SP)、10日にフリースケーティング(FS)が行なわれ、羽生は2014年ソチ大会、2018年平昌大会に続く、男子では94年ぶりの五輪3連覇の快挙を目指す。

フィギュア公式戦で初めて4回転半(4A)ジャンプを決めるか、そして、最大のライバル、米国のネイサン・チェンとの対決はどんな結末を迎えるか? 北京五輪最大のスーパースターの動向に、現地に集う世界のメディアが熱視線を送っており、連日、「おれたちの羽生」「わたしたちの羽生」を伝えている。

昨年12月の全日本選手権で貫禄の演技だった羽生(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

羽生vs.チェン頂上決戦に熱視線

五輪は夏季も冬季も毎回、「大会の顔」を世界に送り出す。夏季大会の近年のスターは世界最速の男、陸上男子100メートルのウサイン・ボルト(ジャマイカ)。そして、金23個、合計28個獲得の競泳男子のマイケル・フェルプス(アメリカ)だった。五輪開催地のメデ ィアセンターに集う記者、カメラマンたちはスター選手の一挙手一投足を追った。2016年リオデジャネイロ大会は競技そっちのけで、記者たちがサッカー男子、 ネイマー ル 選手の動向を追い、地元メディアは常にトップ級扱いでブラジルのアイドルのネタを報じた。

北京大会の羽生結弦の存在は、そうしたスーパースターの姿に匹敵する。4Aに臨む羽生と雪辱を期すチェンの頂上決戦は、過去大会のあらゆる試合のライバル物語を彷彿させる。筆者にとってはやや古いが、高校生のころに胸を熱くした1988年ソウル大会、陸上男子100㍍のカール・ルイス(アメリカ)VSベン・ジョンソン(カナダ)の思い出がよみがえる。フィギュアスケートであれば、2010年バンクーバー大会、2014年ソチ大会の浅田真央VSキム・ヨナ(韓国)の対決だろうが、羽生VSチェンは北京大会最大の決戦であり、世界中を巻き込んだ注目度はけたが違っている。

羽生最大のライバル、ネイサン・チェン(Aude Mugnier /Wikimedia CC BY-SA 4.0)

五輪が始まる前から北京の報道陣は羽生の姿を一瞬でも見逃すまいとソワソワしていた。3日に現地で行なわれた日本選手団の記者会見。地元メディアの女性記者がまるで中国のファンに後押しされるように、こう聞いた。

日本のスター選手の羽生結弦さんは北京にいつくるか、多くの人たちが知りたがっている

これに対して、伊東秀仁団長が「残念ながら渡航に関することは言えません」と答えるに留まる。ここでもし渡航情報が漏れれば、北京空港は大勢にファンが駆け付け、パニックが起きたかもしれない。新型コロナ禍のため感染対策の厳戒態勢が敷かれる中で、空港では全身防護服を着たユヅルファンが到着をずっと待っているという。

TBS報道局の取材班が空港に到着した際の様子をこう伝えている。

閑散とした空港を誘導されるまま進むと、防護服の背中に書いてある文字に目が留まった。

Yuzuru welcome to Beijing!

羽生選手のファンだという。よく見ると、彼女だけでなく、防護服に「Yuzuru」とマジックで書いた女性があちこちに。

ホテルに直行するバスに私たちを誘導する係の女性もまた、羽生選手のファンだった。彼女は思い切った様子で話しかけてきた。

「日本から来たんですよね?羽生選手はいつ、どの便で北京に来るか知っていますか?」

残念ながら知らないと答えると、とてもがっかりしていたが、こう続けた。

「毎日ここにいれば会えると思って待ってます。羽生選手を誘導したいです」

(出典:TBSニュース「バブル的北京五輪 空港で待ち受ける羽生結弦ファンと30センチの世界」)

じわじわと広がる期待感の中で羽生は3日、日本スケート連盟の公式ツイッターの動画を通じて、コメントを出した。

「北京五輪では4Aを含めて絶対に勝ちを取りに行きたいなと思ってます。それには皆さんの応援の力が絶対に必要だと思ってます。ぜひぜひ応援してください」

それでも羽生はこの動画をいつどこで撮影したかがわからない。このメッセージに対して、SNS上では英語、中国語、ロシア語、韓国語、フランス語、スペイン語などあらゆる言語で、羽生の生姿、生声に過熱ぎみのリツイートが相次ぐ。

「羽生を見た?」が挨拶がわり

香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SMP)が「なぜ、中国のファンが羽生を愛しているのか」と題した記事で、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で「世界中が羽生を探しているような気がする」と題したメッセージの投稿が24時間で3000万回再生されたと報じた。「羽生を見た?」が現地では、挨拶のように交わされているという。

メディアセンターに集まる世界中の羽生担当のバンキシャたちが会場や国際空港で右往左往している光景が目に浮かぶ。

4日、団体戦が始まったフィギュアスケート会場の首都体育館、そして、開会式が行なわれた国歌体育場(愛称・鳥の巣)にも羽生がいない。多くの選手たちがリンクに現れた5日の公式練習にも姿を見せず、フリー曲「天と地と」だけが場内に流れた。

「羽生はどこにいるの?」

ボルテージが上がる一方の羽生騒動について、現地の報道陣はバブル方式のため首都体育館と練習リンクを結ぶ、1時間に1本運行の最大8人乗りの小さなシャトルバルでは対応しきれないのではないかとやきもきしていた。スポーツ報知の現地取材班の「記者日記」にはこう記された。

フィギュアスケート会場の記者室では「羽生選手が来たらどうなるんだろう」が皆の口癖に。2日前にようやくピストン輸送のバスは2台に増やされたが、五輪2連覇中の国際的スターの登場に集まる報道陣に対応するには心許ない。会場にバスは全部で何台あるのか。羽生結弦の登場が間近に迫り、報道陣の間ではそんな所にも注目が集まっている。

そして、ついに6日、羽生は北京入りした。国際オリンピック委員会(IOC)の公式メディアチャンネルであるOlympic.comが「とうとうここに 羽生結弦が北京に到着した 」との見出しをつける。記事は、彼のことを「GOAT」(Greatest Of All Timeの頭文字をとった言葉:「史上最高の選手」)であり、「王様」と伝えている。そして、同サイトが文末にこう宣言した。

私たちはこの4日間、全てを追いかけて明らかにします。

4Aで3連覇、「新しい歴史」作れるか?

平昌に続き、再び日の丸をまとってのスケーティングは見られるか(写真:松尾/アフロスポーツ)

羽生は男子では1920年アントワープ大会、24年のシャモニー・モンブラン大会、28年サンモリッツ大会で優勝した、スウェーデンのギリス・グラフストローム以来94年ぶりの五輪3連覇を狙う。女子でも1936年ガルミッシュ・パルテンキルヘン(ドイツ)大会まで無敵の強さを誇ったソニア・ヘニー(ノルウェー)がおり、3連覇は史上3人目の歴史的な快挙となる。

ほぼ1世紀前の出来事の記録に至るというのは、昨季メジャーリーグで数々の金字塔を打ち立てた大谷翔平を思い起こさせる。2人は奇しくも1994年生まれの同級生の27歳。羽生は昨年末のオンライン記者会見で大谷の活躍について語った。サンスポにはこう記されている。

「同年代の選手が前人未踏のことを自分で切り開いてやっているところを見ると、本当に勇気づけられて。僕もまだ見ぬ世界、4回転半というものに、ある意味1人で挑み続けているので、勇気をもらっています」

米国三大ネットワークのNBCも大谷翔平だけでなく、東京五輪最終聖火ランナーで女子テニス界のスター、大坂なおみの存在感に比類するとして指摘する。「Planet Hanyu」という英語ベースのファンサイトが存在し、「彼には世界中にアピールできる著しい魅力がある」と伝える。

羽生は子供のころ、ロシアのトップスケーターで「皇帝」の異名を持つ、エフゲニー・プルシェンコにあこがれ、フィギュアスケートの技術を磨いた。天才だけが通じ合える2人の交流は国境を越えて、世代を超えて今も続いている。12月7日の羽生の誕生日にはいつも、プルシェンコが自身のSNSで彼に祝福のメッセージを流す。

その彼が北京五輪で4Aに挑もうとする姿にインスタグラムでこんなメッセージを送った。

彼は新しい歴史を作ろうとしている。ナイストライ!

ライバルのチェンはNBCのインタビューに対して、こう羽生のことを表現している。

彼は私がスケーターという地位である以上にまったく別次元の地位にいる。私はいつも彼のことを尊敬している

羽生は2つの五輪金メダル。対して、チェンは過去3回の世界選手権のタイトル。2人の対決はこの6シーズンで9回しかない。AP通信が「2人のライバル物語が最高潮に達する」と題した北京での戦いがいよいよ幕を開ける。

 
ジャーナリスト、大和大学社会学部教授

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