【独自】大手コンサル「引き抜き」訴訟、判決を本当に喜んでいるのは中国だ

どこのメディアも報じない「深層」とは
ジャーナリスト
  • 大手コンサル「引き抜き」訴訟判決で報じられてない深層とは?
  • 判決内で言及された筆者から指摘したい、裁判所の不可解な認識
  • 人材流出の本質的な問題にある「中国リスク」

善管注意義務などに触れる違法な引き抜き行為をしたとして、大手監査法人系のデロイトトーマツコンサルティングが同社の元業務執行役員の國分俊史氏に対して約1億2000万円の損害賠償を求めた裁判の判決で、東京地裁は16日、國分氏に対して約5000万円の支払いを命じた。國分氏は現在、競業のEYストラテジー・アンド・コンサルティングに移籍し、執行役員を務めている。

結論から言うが、この裁判の判決はおかしい。なぜ筆者がそんなことを指摘できるのかといえば、筆者が文春オンラインにて2019年2月8日付で書いた「最大手会計事務所『デロイトトーマツ』の国家情報機密が狙われる」という記事に関して、裁判官は間違った推認をして判決を下しているからだ。

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被告が筆者に記事を書かせた !?

デロイト側は、國分氏が元部下らをEYに引き抜く過程で、筆者に文春オンラインで記事を書かせ、記事が出た後に國分氏がデロイト社内でその記事を流布させて社内で不安を煽って引き抜きの実効性を高めた点が悪質だと主張している。これに対し、國分氏は社会通念上相当な範囲内での元部下への勧誘であると反論していた。

転職が非常に多いコンサルティング業界で、國分氏が元部下らの転職を誘った手法に正当性があるのか否かが裁判の行方のカギを握っていたが、裁判所はデロイトの主張を受け入れ、國分氏が記事を書かせ、デロイトの事業に悪影響を及ぼそうとしたことが社会的相当性を逸脱したと判断。國分氏の行為がメディアの不当な利用だともした。

國分氏側の代理人で、無罪請負人との評判がある喜田村洋一弁護士は「受け入れがたい判決である」とコメント。國分氏は控訴する。筆者も控訴審にはぜひ何らかの形で出廷したいと考えている。

また、裁判官は、國分氏が私の書いた記事の掲載に関与していたことが推認できるとしているが、推認なので、あくまで裁判官の推測だ。はっきり言うが、この記事は國分氏から依頼されて書いたものではないし、複数のソースの情報から書いた。編集作業にも國分氏は全く関わっていない。

この記事は国民の知る権利の負託に答えるために書いたものであると自負しており、デロイト側が指摘する同社を誹謗中傷するものでは決してない。だから、その記事を國分氏がデロイト社内で配ることに仮に関与していたとしても、それが裁判官の言うところの社会的相当性を逸脱した行為だとも思えないのだ。

人材流出の背景「中国リスク」

その記事を読んでいない人もいるので、どんな内容なのか概要を説明する。デロイトトーマツで安全保障やサイバーセキュリティの専門家の大量の退職者が出始め、その背景には中国共産党関係者の存在があるというものだった。

18年9月1日付で設立された地域統括会社デロイトアジアパシフィック(デロイトAP)が日本への影響力を強め、中国共産党員でそれなりの地位にいると見られる女性がAP幹部になったため、デロイトの社員は業務で知り得た日本の防衛機密や産業界の最新情報が洩れるリスクがあると判断、そうした組織では日本の官庁の仕事は受けても責任が持てないと考え、辞めていた。

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筆者はある情報源から得た情報で取材を進め、複数の元デロイト社員らにも確認して記事を書いた。筆者が問題意識をもったのは、中国では17年に国家情報法が制定され、中国国民は国の情報収集活動に協力する義務を有するようになったため、中国人が日本企業と接点を持つ会社の幹部なれば、情報漏洩のリスクがあると判断したからだ。

しかもその女性は、チベット問題などに関して対外工作を行う中国共産党中央統一戦線工作部と関係が深いとされる中国人民政治協商会議に出席していることも把握した。さらに調べていくと、当時、デロイトは防衛省の次期戦闘機の開発や内閣官房のサイバーセキュリティ対策などにコンサルティングで関わっていた。

しかも監査法人であることから企業の財務情報が多く集まり、クライアントに大企業も多いから機微な情報の宝庫であるだろうと考えた。こうした状況であれば責任感の強いデロイトのコンサルタントは中国に情報が洩れるリスクがあると判断し、会社を辞めるのは当然の流れだと強く感じるようになった。

「対中国」を問う意義

また、17年7月、18年1月と立て続けに米アップルの中国人社員が自動運転などの技術を盗んだとしてFBIに逮捕されていた。また日本の大手自動車メーカーも中国に燃料電池の技術を供与することが安全保障に影響しないかナーバスに考え始めていた。

米中対立が激しくなる中、日本は中国とどう付き合うのかが大きな課題となっており、国民の関心も高い。私企業とはいえ、デロイトは公益性の高い仕事をしており、そうした企業の中国との関係性を世に問うことは、記者が負託されている国民の知る権利に答える仕事だと思った。

取材のプロセスは情報源の秘匿のため詳細は明かせないが、國分氏にも取材依頼し、情報漏洩防止策はどうあるべきかを尋ねた。デロイト広報にも中国人がAP幹部なることのリスクについて見解を求め、その見解を記事で載せた。

記事掲載後、筆者や文春オンライン編集部に内容証明郵便が届いたり、猛烈な抗議を受けたりすることはなかった。これをもって、筆者はこの記事に大きな問題があるとは到底思えなかった。さらにその後、事務次官会議でデロイトの動向に注意するようにと政府高官が指示したとの情報も把握していた。

國分氏の影響低下の場合の危惧

最後に余計な一言。岸田政権は重要政策の一つに「経済安全保障」を掲げる。経済安保とはサイバー攻撃から重要インフラを守るなど国家の生存基盤を経済面からしっかり確保し、独立と繁栄を維持することである。

國分氏(多摩大学サイトより)

日本において経済安保政策研究の第一人者が國分氏である。氏は兼任で、多摩大学教授・ルール形成戦略研究所長、東京大学先端科学技術研究センター・経済安全保障研究プログラム特任教授を務めているほか、自民党のアドバイサーも長らく務めてきた。現在は公安調査庁の経済安全保障関連アドバイザーも務めている。

経済安保では、ずばり中国とどう向き合っていくかがカギとなる。國分氏の動向は常に中国が監視していると言われ、國分氏の影響力がもし低下すれば、日本の経済安保対応にも少なからず何らかの影響は出るだろう。

中国はオーストラリアを紅く染めていく過程で、国会や閣僚やメディア、地方政府などあらゆる領域に工作を仕掛けていた。選挙に中国マネーを投入することだって十分にある。まさか日本の裁判所にまで中国の工作が……とは言うまいが、この判決が日本を取り巻く現状認識からあまりにも程遠かったのは間違いない。

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