ワクチン接種首長“首狩り”報道は、日本の平和ボケした「悪平等」

城里町の初報は政治的な匂いも
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役
  • 首長らのワクチン優先接種報道が「醜聞化」する構造を新田編集長が考察
  • 橋下氏ら「真っ先に打つべし」。厚労省のルールは自治体任せの部分が大
  • 騒ぎの背景に「効率性よりは平等性」重視。城里町の事案は政治的背景も

全国各地の自治体で首長や自治体職員が、優先的にワクチン接種をしていたことが相次いで判明し、今週後半の新聞やワイドショーの報道はこの話題で持ちきりだった。

ツイッターでも意見は賛否両論出ているようだが、説明責任などの課題はあるにせよ、違法でもないことをスキャンダラスに騒ぎ、ワクチン接種の遅れに苛立つ国民の鬱積した不満を煽り立てる不毛さが拭えない。

Martina Birnbaum/iStock

発端は今週5月12日に、朝日新聞系のAERAdot.が、茨城県城里町という人口約1万8000人の小さな自治体で、町長、副町長らがワクチンを接種していたことを特報して騒ぎになったことだった。ここから全国各地のメディアで“首長の首狩り”が一大ムーブメントになり、翌13日夜には共同通信などが続々と各地の首長の先行接種を報道することになった。

AERAdot.は騒ぎに気を良くしたか、今度は東京都多摩市で職員約800人のうち300人超が優先摂取したことを掘り起こして、またもネットに炎上ネタを投下している。

「町長は真っ先に打つべき」と橋下氏

橋下氏(Wikipedia:CC BY 3.0)

すべてのケースを追えているわけではないが、城里町長をはじめ、摂取した首長たちの多くの言い分は、キャンセルが出て廃棄しないための措置だった。職権を発動しての「横取り」ではないにも関わらず、城里町長の記者会見では記者たちが吊し上げ状態で詰問していた。これに対し、政治、行政の現場を知っている人たちには違和感も大きいようだ。

元大阪市長の橋下徹氏がテレビ出演で「僕は町長や知事、総理大臣は真っ先に打つべき」と主張すれば、元内閣官房副長官の松井孝治氏はツイッターで「地方自治体のトップは年齢に関わらず最優先で接種を受けられるべきだと思います。行政の指導者が罹患しては仕事に支障をきたします。堂々とその旨公表してお受けになればよいのではありませんか」との見解を示した。筆者も橋下、松井両氏にまったく同意だ。

実際、厚労省で示す廃棄が出た場合の対応についてのルールはどうなのか。3月に厚労省が自治体側に示した資料によれば、以下のように自治体の裁量に委ねている面が大きく、しかも無駄なくと強調している(太字は筆者)。

新型コロナワクチンの接種予約がキャンセルされた等の理由で余剰となったワクチンについては、可能な限り無駄なく接種を行っていただく必要があることから、別の者に対して接種することができるような方法について、各自治体において検討を行ってください。

キャンセルを想定して再来訪できる日を事前に聞くなどの助言はしているが、首長の接種の是非について細かいルールはないようだ。もちろん公費で調達し、一日も早い接種を望む高齢者が我先にと予約に苦慮している中で接種をするわけだから、説明責任は必要だ。この点で城里町長らが後手を踏んだのは間違いない。

河野大臣が指摘したキーワード

政府インターネットテレビ(5/12)より

ただ、首長の歯切れが悪い原因について、橋下氏が前述のテレビ出演の際にも「特権だとか批判されることを恐れている」とも述べたような政治的土壌、日本的な空気がある。その空気の本質について、河野太郎行革担当相が印象深い言葉を残している(太字は筆者、参照:朝日新聞)。

効率性よりは平等性の方を重んじる自治体が多かった。これは完全に僕の失敗です。

非常事態に弱い。平時と同じルールでワクチンの承認をするとか、このコロナをきっかけに行政も変わらなきゃいけない

本当ならば政治がここはリスクを取る。

これは首長のワクチン接種の話ではなく、ワクチン予約の混乱について河野氏が報道番組で謝罪した際のコメントだが、いみじくもここで述べたことは首長の先行接種騒ぎの底流でつながる。

すなわち「効率性よりは平等性の方を重んじる」「有事なのに平時と同じ感覚」とは、行政の感覚だけではなく、マスコミも同じだ。そして橋下氏が「特権とか批判される」とも述べたことがまさに首長たちにはリスクとなって顕在化した。選挙が近い人は首筋に寒いものを覚えているだろう。

しかし、報道する側は、首長の感染リスクによる行政の停滞や混乱を防ぐとか、ワクチンを打てる人から打って集団免疫を完成させる、といった「全体最適」志向がまるでない。

行政や企業という“カタギ”の世界で実務経験がない記者たちの感覚はそんなものかもしれないが、背負っている社会的責任は大きい。しかし、目先の特ダネを取りに行く「部分最適」志向で平時的な悪平等を追求し、ただの「首狩り族」と化して接種の足を引っ張っている。

コトの本質は国のルール整備が至らないところにありそうだが、空前の大規模接種プロジェクトだ。災害有事と同じく、ルールに穴が出るのは当たり前でそれを埋める政治側の「トライ&エラー&説明責任」で動くしかないが、「自分たちだったらこう解決する」という当事者性を持てないメディアの記者たちにそれを認識させるのは無理な注文だろうか。

政治的策謀が匂う城里町の初報

上遠野修・城里町長(広報しろさと-平成26年11月号より)

おまけに、一連の騒動の発端となったAERAdot.の報道は、せっかくのスクープではあるものの、ジャーナリズムとしての正当性にいささかの疑問符が着く。

記事タイトルを『「上級国民か」と問題化』などと扇情的にしたため、配信先のヤフーニュースの専門家コメント欄では、朝日のお友達のリベラル論客であるはずの憲法学者、南野森・九州大教授にすら「自治体トップの先行接種を否定すべき理由をきちんと論じる、といったことをせずに、刺激的な表現を使うことで一般市民の素朴な反感を煽り、それでページビューを稼ごうとしているかのような三流ジャーナリズム」と喝破される始末だ。

付言すれば、城里町は、現在2期目の上遠野修町長が初当選以来、議会との関係はギクシャクしており、4年前には予算案が3度否決されたことで全国区のニュースにもなった。そうした経緯もあったので政治的な策謀の匂いが漂うと思っていた。そしてAERAdot.の取材に応じたのは誰かと思いきや、対立してきた議会側の議長や匿名の町議だ。

議長は町長の接種を「一番やってはいけない」と切り捨てているが、これは彼の主観的な意見であって、この「」を見る限りは、上述した厚労省のルールを踏まえたコメントではない。政争絡みだけに読者は留意したい。

この手の不毛な騒ぎは毎度のことで辟易する読者も多いだろう。なお昨日のフジテレビの情報番組で首長の先行接種の是非を尋ねた視聴者のリモコンアンケートでは「YES 59%、No 41%」という結果に。いかにも行政批判をしようと手ぐすね引いて待っていたコメンテーター氏がアテが外れたように不満そうな表情をみせていた。この時ばかりは少し爽快な気分になった。

 
報道アナリスト/株式会社ソーシャルラボ代表取締役

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