なぜあの会社は「上場ゴール」で終わってしまうのか?

3社でIPO、「上場請負人」が語る理想と現実
IPO請負人/中小企業診断士
  • 3社でIPOを実現し、現在も新興企業を支援する「上場請負人」が語る
  • 上場をめざす企業の羅針盤が資本政策。経営計画と表裏一体で作成する
  • 求められる高い成長性。「上場ゴール」に終わらないためにどうする?

(編集部より)日本のIPO(Initial Public Offering:新規株式公開)の年間件数は2006年の196がピーク。リーマンショック後の激減を経て昨年はひさびさに3ケタに届きましたが、株式市場で資金を調達し、成長軌道に乗る新興プレイヤーが増えるかどうかは日本経済の勢いに関わります。

すべての株式会社のうち上場しているのは0.1%。この「夢」をつかみ、実現したあとも「燃え尽き症候群」で終わらない会社は何が違うのか。3社でIPOを主導し、現在は新興企業の「上場請負人」として活躍する佐々木義孝さんの連載スタートです。

holwichaikawee/iStock

新型コロナウイルスが相変わらず猛威を振るっております。しかしながらダウ平均は最高値更新、日経平均も30年ぶりの3万円超えと株式市場は活況を呈しております。

IPOの会社数も、昨年2020年2月~4月にかけては新型コロナウイルスの感染拡大による一時的な株式市場の低迷等により、3月までに上場承認された会社のうち18社が上場延期を公表するに至りましたが、5月以降の株式回復に伴いIPOも活況を呈し、コロナ禍にも関わらず前年比7社増の93社となり、2007年以来の新規上場社数となりました。

本年2021年に入っても、新規上場社数は堅調に推移し、本日現在で31社。オファリング規模は合計で2,303億円、1社あたり平均74億円、業績予想に対するPERは公開価格ベースで68.1倍、初値ベースで139.1倍と活況を呈しております。

上場めざす会社の羅針盤とは

私はこれまでCFO及び経営企画室長として3社でIPO、今年は監査役としても上記の表にもある3月30日上場のスパイダープラス株式会社のIPOを経験しました。

私は実務を行った会社では資本政策も任され、IPOを目指す理由はそれぞれでしたが、最大の目的は何と言ってもIPOの名のとおり、新規で株式を発行して、株式市場を通して公募することで資金を調達することでした。

成長する企業の多くは上場を目指します。株式市場は高い成長が期待される企業に資金を提供する場であり、上場企業は、株式を発行して市場に流通させることで資金調達(エクイティファイナンス)を実現します。つまり、市場を活用して事業を拡大することがIPOの大きなメリットです。

上場を目指す企業の資本政策とは、主に上場時と上場後の資金調達を視野に入れながら、上場前のエクイティファイナンスを計画することです。資本の増減に影響を与える潜在株式であるストック・オプションの設計も含めて、株主資本を中心とする資金調達計画のすべてが資本政策と言えます。

資本政策を立てないまま上場に向かうことは、船が羅針盤を持たずに大海原に飛び出すようなもので、目的地がわからずに海をさまよい続け、時には難破してしまうリスクがあります。不確定な要素には仮定を用いてでも、経営計画を作成し、資本政策表に落とし込むべきです。

資本政策は、経営計画と表裏一体です。目先の資金調達を優先するばかりにハイバリュエーションでの過剰な資金調達を行い、イグジット(株式公開やM&Aなどの出口)が見えなくなってしまった例もあります。

また、上場前の期待度と、上場後の期待を裏切る業績とのギャップを揶揄する言葉として使われる「上場ゴール」という言葉があります。今もそのような上場ゴール企業がたびたび出ていますが、これも資本政策の失敗の一例(IPO時やその後の資金計画と経営計画がマッチしていない)と言えます。

Blue Planet Studio/iStock

経営計画と資本政策はセットで

経営計画とは、事業環境やTAM(※)を分析し、事業戦略など定性面に加え、定量面では財務数値に落とし込んだ計画(売上やコスト、設備投資の見積り)を立てることです。そうすることで、いつ、どの程度の資金が必要になるかを把握できます。また、その時の利益水準から、株式時価総額を把握し、何%の株式を発行すべきかが明確になります。これが、資本政策と経営計画(資金計画を含む)が表裏一体ということの意味です。

※TAM(Total Addressable Market):実現可能な最大の市場規模で、市場における製品またはサービスの総需要を示す。TAMを明確化することで、投資家に対し、事業の長期的なポテンシャルを示すことができる。

上場を目指す企業は、まず全社の経営計画の基となる、事業ごと、部門ごとの事業計画を立てる必要があります。事業計画がなければ、いつ、いくら必要かがわからず、資金計画が立てられないため、資金調達する時の株式価値の見積りも立ちません。そうなると資本政策表は作れません。

いくつかの不確実な事項については仮説を用いて、ポジティブ、ネガティブ、ニュートラルといった形で複数の経営計画を作成し、資本政策表に落とし込み、シミュレーションを行うべきです。1つ作成して定期的に見直すだけでも、事業のSWOT分析(会社を、強み:Strength、弱み:Weakness、機会:Opportunity、脅威:Threatの4つの軸から評価する手法)を自ずと行うこと効果もあります。経営計画と資本政策は、自社の事業を強化するための有力な経営ツールになるのです。

東京証券取引所(winhorse/iStock)

当然のことですが、事業を立ち上げ、スピード感を持って規模を拡大していくためには、資金調達が必要となります。株式を発行して資金調達することは、言い換えれば、リターンを期待する投資家を説得し、納得してもらうということです。

事業がどの程度、どのような速度で成長することが想定されるのか、そのためにはどのような投資がいつ、いくら必要となるのか、そのための原資は営業キャッシュ・フローと外部調達でどの程度のバランスで必要となるのか、上場がいつ頃見込めるのか……それぞれについて、一定の根拠をもとに、説得力を持って投資家に説明する必要があります。

上場ゴールに終わらないためには

マザーズ等の新興市場に上場するためには、上場を申請する会社が高い成長可能性を有していることがそもそもの要件となっています。そして上場プロセスにおいては、成長性をステークホルダーが理解するために、上場申請で求められるⅠの部や各種説明資料とは別に「成長可能性に関する説明資料」を提出する必要があります。

上場を申請した会社の成長可能性については、まず主幹事証券会社が判断し、その判断を前提としつつ、取引所が上場審査を行うルールになっています。昨今の主幹事証券会社の引受審査、取引所の上場審査は非常に厳しく、計画の前提条件を詳細に確認するようになっており、根拠の薄い計画は審査を通りません。

そもそも上場する目的は、事業に高い成長可能性があり、その成長を具現化にするために資金調達を行うことです。それが本末転倒し「上場ゴール」にならないよう、経営者が真剣に事業に向き合って事業を構想し、エクイティストーリー(投資家に「なぜエクイティファイナンスを行うのか」を合理的に説明すること)を具体的に描いていくことが制度上も求められているのです。

次回以降、コロナ禍の先行き不透明な事業環境に必要と考えられる資本政策と経営計画のポイントについて、順次お伝えしていきます。よろしくお願い申し上げます。

(筆者の定期連載は毎月第3火曜に掲載します。次回は6月15日)

 

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