韓国大統領選・尹錫悦氏が僅差の勝利。「反日全体主義」一掃なるか

慰安婦問題と徴用工問題「一括解決」言及
早稲田大学名誉教授
  • 韓国大統領選は野党の尹錫悦氏が僅差で勝利。その人柄、公約は?
  • 「日韓関係改善」を約束、現政権の“反日全体主義”を一掃なるか
  • 検事総長として文在寅政権と対峙。「法には従うが、人には従わない」

韓国で政権交代が実現した。野党の尹錫悦氏(前検事総長)が、第20代大統領に当選した。得票はわずか0.8%の僅差だった。韓国は、中朝傾斜から日米の同盟友好関係に復帰し、日韓関係も好転するとみられる。だが北朝鮮支持の左派はなお勢力を保ち、政権運営と経済の立て直しは容易でない。日本の協力が不可欠だ。大統領を争った李在明氏と文在寅大統領は、いずれ不正が表面化し拘束されることになるだろう。

民主主義陣営か、全体主義転落かの闘い

与野党どちらの候補が当選しても、韓国の運命を決める歴史的選挙だった。自由民主主義に留まるか、権威主義(全体主義)に転落するかが問われていた。つまり、中国と北朝鮮の大陸国家に組み入れられるか、あるいは海洋国家として米国と日本との関係を強化するのかが、隠された歴史の問いかけだった。韓国民の民度と国際認識が問われていたのである。

だが、韓国民にはそこまでの認識はなく、得票率が拮抗した。年初の北朝鮮の11発ものミサイル発射や、ロシアのウクライナ侵攻への反応は鈍かった。中国や北朝鮮から攻撃を受けるかもしれないという自国の安全保障問題と受け止めていなかったのである。

新大統領で「日韓関係改善」へ

次期大統領となる尹氏は、信念の政治家だ。大統領への立候補を宣言した会見では、真っ先に「政権交代」と「日韓関係改善」を約束した。選挙運動でも、文在寅大統領に日韓関係を悪化させた責任を問い続けた。現在の韓国では、かなり勇気のいる発言だった。

もし人気を得ようとしたら、日本を批判し日韓関係改善に言及しない方が、得策だった。大統領の座を争った李在明氏は、「日本は信用できない隣人」と述べ続け、日本とは関係改善に取り組めない姿勢を強調したポピュリスト政治家だ。

一方、尹新大統領は、慰安婦問題と徴用工問題を一括解決する、と話している。落とし所は、裁判所判決が出た慰謝料などの支払いを、韓国政府が責任を持って支払うとの解決だろう。

左派や運動家が納得するかが問題だが、権力が変われば韓国世論も変化する。また、日韓指導者の頻繁な往来によるシャトル外交も提案しており、日韓首脳会談や閣僚級会談が、頻繁に開かれることになるだろう。

「青瓦台」の新しい主は尹氏に(SUNG YOON JO /iStock)

「法には従うが、人には従わない」

韓国は、伝統的に権威主義政治の国家だ。それが、独裁につながる文化でもある。文在寅政権下では、日本を理解する発言や報道は、圧力や嫌がらせを受けた。日本についての「言論の自由」と「報道の自由」は封じられ、「反日全体主義」が支配した。

もし、李在明氏が当選していたら日韓と米韓の関係は悪化し、在韓米軍撤退が進展し、中国との関係が強化されただろう。韓国経済は後退し、国際的な地位も低下しただろう。

尹大統領の選挙公約は「公平で常識が通じる政治」だ。文在寅政権はもとより、歴代政権の権力型腐敗には、厳しい目を向ける。また、自由民主主義の回復も掲げる。

韓国は必ずしも、自由民主主義国家ではない。大統領の職権濫用をチェックする機能が弱い。国会は、アメリカのようには機能せず、司法も権力に従った。

その中で尹新大統領は、検察官として各政権高官の不正事件に取り組んだ。朴政権でも、文在寅政権でも不正な高官を起訴した。大統領府や検察庁幹部から、「与党に逆らうな」との圧力も受けた。その度に「法には従うが、人には従わない」と呟いた。

全斗煥大統領に「死刑」を求刑

その原点は、ソウル大法学部時代の光州事件を取り上げた学生模擬裁判だった。尹氏は検事役で、全斗煥大統領に「死刑」を求刑した、と言われる。拘束される危険から、しばらく地方に身を隠した。これについては、裁判官役で「無期懲役」を言い渡した、との報道もある。

この模擬裁判の直後に司法試験を受けたが不合格。その後7回も不合格で、民主化後の93年に9回目の挑戦で合格した。模擬裁判の調査報告が情報機関にあり、連続不合格にされたと言われる。それでも挑戦し続けたのは、「本当は合格していた」と教えてくれた人がいたからだという。

司法試験を9回にも受けた間に、1発で合格した同級生は検事として出世していた。忸怩たる思いもあったろうが、それでも検事を選んだのは、若者の「正義感」と「政治家の不正腐敗」への反発だった。権力腐敗を正さないと韓国と自由民主主義は滅びる、との強い思いがあったとされる。

尹錫悦氏Facebookより

なぜ大統領選に出馬したのか

今回、大統領への出馬を決断したのは、曺国法相(当時)との対立事件だ。曺法相は、家族のスキャンダルを隠蔽しながら、尹錫悦検事総長(当時)を解任しようと画策した。文在寅大統領の指示だった。文在寅大統領の圧力に徹底して対抗した尹氏は、大統領候補として挑戦しないと自分が葬り去られる、と判断し決断したのだ。

それでも、尹氏はすぐには保守野党に加入しなかった。保守野党は、国民の信頼を失っていた。政権を握った時代に、高官の不正が相次ぎ最後に朴槿恵大統領の友人の巨額不正献金疑惑が、国民の怒りを買った。

その保守野党との駆け引きが展開された。保守野党の政治家には、国民に信頼される大統領候補はいなかった。尹氏を担がない限り、政権奪取は不可能だった。

夫人の経歴詐称も……問われる手腕

経歴詐称疑惑に謝罪会見をする尹錫悦氏の妻、金建希氏(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

尹氏は、昨年末までかなり高い支持率を維持していたが、夫人の経歴詐称疑惑で急落した。大学教員に採用された際の経歴書に、有名美術展覧会に優秀な成績で採択された、と虚偽の事実を記入していたことが明らかにされた。尹氏の支持率は急落し、一時は李在明候補が逆転した。

夫人への失望はさらに拡大し、フリーの記者が夫人との密かな通話録音を公開した。この録音で、夫人の品の無い話し方が知れ渡り、「あんな人を大統領夫人にできない。韓国の恥だ」との雰囲気が広がり、多くの女性票を失ったとされる。李在明夫人の公費流用などの疑惑も明らかにされた。李在明氏の不動産開発不正疑惑と併せ、いずれ捜査の対象になる。

こうしたスキャンダルを乗り越え、尹氏が新大統領に就任する。得票差はわずか0.8%の薄氷の勝利で、国会は左派が60%を確保しており、政権運営は2年後の総選挙まで厳しいだろう。国内では、コロナ対策と不動産価格抑制政策が優先される。

民主主義の回復を実現できるか、「政治経験ゼロ」の大統領の手腕が問われる。

 

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