だしの素、ペニシリン…化学物質にもある「右手」と「左手」って何?

坂田薫『コテコテ文系も楽しく学ぼう!化学教室』第20回
化学講師
  • 化学物質の中にもある「右手」と「左手」とは何か?坂田薫さんが解説
  • グルタミン酸ナトリウム、メントール…実は立体構造の異なる一対の化合物
  • 医薬品にも「右手」と「左手」。ただし「一方が危険」というケースも…

みなさんは、化学物質の中に「右手」と「左手」の関係にあるものが存在するのをご存知でしょうか。(「聞いたことある!」と思ったあなた。そうです。第1回の「結晶スポンジ法」で登場しましたね。)

maruco /iStock

自然界には、基本的に「右手」もしくは「左手」のどちらか一方のみが存在しますが、人工合成すると、特別な場合を除き「右手」と「左手」が1:1で混ざった等量混合物の状態で得られます。長い間、人類は、この混合物から一方のみを取り出すことができませんでした。

しかし、ある日本人博士の発見により「右手」と「左手」を簡単に分離することが可能になったのです。一体、どうやって分離するのでしょうか。そもそも、どうして分離する必要があったのでしょうか。

「そんなの、どうでもいい」なんて言ってられませんよ。わたしたちは、この技術の恩恵を受けて生活しているのですから。

「右手」と「左手」では何が異なるのか

銅像異性体のイメージ(国立科学技術振興機構サイトより)

ぱっと見では同じでも、実は立体構造の異なる一対の化合物。これらは「右手」と「左手」のように鏡像の関係にあることから「鏡像異性体」などとよばれています。たしかに「右手」を鏡に映すと「左手」に、「左手」を鏡に映すと「右手」に見えますよね。

この「右手」と「左手」の関係にある化合物。両者の間で異なるのは立体構造だけではありません。

例えば「だしの素」としてみなさんがよくご存知のグルタミン酸ナトリウムにも「右手」と「左手」がありますが、一方にはうま味があり、もう一方には味がありません。同様に、歯磨きや口中清涼剤として誰もが利用したことのあるメントール。一方はもう一方に比べ清涼感がなんと10倍以上!そして、松茸の香りで有名なマツタケオール。これは「右手」と「左手」のうち、一方は松茸の香り、もう一方は弱いハーブのような香りがします。

このように「右手」と「左手」では、味や匂いなど、わたしたちの体の中での作用が異なるのです。

「右手」と「左手」の違いは、実はもっと深刻!

「体の中での作用」といえば、医薬品を思い浮かべたかたも多いかもしれませんね。

1928年にアレクサンダー・フレミングによって発見された抗生物質のペニシリン。「右手」と「左手」のうち、一方は抗生物質として作用しますが、もう一方は作用しません。パーキンソン病の治療薬に用いられるドーパも同様です。

このように「右手」と「左手」が存在する物質の中には、医薬品として使用できるものもあります。ただし、次のようなケースもあるため慎重にならなくてはいけません。それは「一方には医薬品としての性質があるが、もう一方は非常に危険」という組み合わせです。

サリドマイド分子(ollaweila /iStock)

現在、多発性骨髄腫などの血液のがんの治療薬として利用されているサリドマイド。1957年の発売当初は、「副作用が少なく大量に使用しても死亡しないため、自殺を防ぐことができる」などと言われ、鎮静・睡眠薬として広く使われるようになりました。それは、妊娠中のつわり対策として妊婦にも。

しかし、発売から数年で多くの奇形児が生まれ、その原因がサリドマイドであることが発覚。「右手」と「左手」のうち一方に催奇性があることがわかったのです。(サリドマイドの研究は今も続いており、厳重な安全管理のもと医薬品として利用されています)。

もう、「右手」と「左手」の分離が必要な理由が、おわりいただけましたよね。「右手」と「左手」のうち、一方が人体にとって非常に危険な場合もあるため、きちんと分離し管理する必要があるのです。

分離が難しい「右手」と「左手」

しかし、「右手」と「左手」を分離するのは簡単ではありません。この2つは、融点や沸点、密度などの性質が全く同じためです。実際、1990年頃までは、人工合成される医薬品のうち、「右手」と「左手」が存在するものの多くは、合成後、混合物のまま使用されていました。先述のサリドマイドも、発売当時は「右手」と「左手」を分離することができず、混合物のままだったのです。

その後、「右手」か「左手」のうち一方のみを合成する方法や、分離する方法の研究が進み、現在は、混合物のまま医薬品として使用されるほうが少なくなりました。この、分離する方法に大きく貢献したのが、日本人博士の発見です。

次回後編は、この日本人博士の発見についてお話します。お楽しみに!
後編はこちら

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