ロシア・ウクライナ戦争これから: “一寸法師”と“巨人”の勝負はどう決まるのか?

【緊急連載】開戦1か月、戦いの構図を読み解く(後)
安全保障アナリスト/慶應義塾大学SFC研究所上席所員
  • ロシア・ウクライナ開戦1か月、軍事アナリスト部谷氏の徹底分析 後編
  • ロシア側の雑さを突いたウクライナ軍。この戦争の「構図」とは?
  • 今後の展開、『時間』を巡るロシアとウクライナの戦い

なぜロシアが予想外の苦戦にさいなまれ、物量で劣るウクライナ軍による巧みな作戦術が一定度奏功しているように見えるのか。前編では、①ドローンの徹底的な活用、②地の利と人の和(士気の高さ)③優勢に見せるための情報戦の成功を挙げたが、④ウクライナ側の営為というよりもロシア側の雑さも指摘せねばなるまい。

vitalli /iStock

ロシア側の雑さを突いたウクライナ軍

ある自衛隊幹部は「北からのキエフ攻略を主攻として補給と戦力を集中し、あくまでも東側からは陽動としての助攻を行うべきなのに、実際のロシア軍は同時多方面の雑な進撃をしていて理解できない」と評したが、政治・戦略・作戦・戦術レベルにおけるロシア軍の開戦劈頭の雑さは群を抜いている。ウクライナ側は、このロシア側の雑さをうまく活用しているわけだ。

これら各戦術を巧みに織り合わせる作戦術をウクライナ軍は行っている。まずドローンやゲリラ等による攻撃でロシア軍の雑な兵站に打撃を加えてさらなる混乱を引き起こし、その進撃を遅らせる。おまけにお腹が空いたロシア軍の士気も低下し、ロシア側は無差別攻撃などの力押しに更に傾斜する悪循環を生む。

また防空網の穴に侵入できる武装ドローンがその穴を拡張することで、ウクライナ軍の戦闘機や武装及び偵察ドローンは活躍の幅を広げ、それは地上戦における戦意の高いウクライナ軍の善戦に大きく貢献する。士気も弾薬も食料も不足するロシア軍が相手ならなおさらだ。実際、ロシア側の高級幹部の戦死が相次いでいるが、これは既に指摘されているように高級幹部が前線で指揮をして士気を維持しなければならない状況の裏返しだ。

この戦争の構図を総括すると…

連日、西側各国の議会で演説し支持を取り付けるゼレンスキー大統領(AP Photo/Shuji Kajiyama)

そしてこれらの「善戦」とロシア軍の力押しはドローンやスマホによってSNSを通じ、またゼレンスキー大統領らの巧みな使い方によって国内の戦意を高めている。またそれは、西側諸国の市民の世論を変え、西側諸国の民間企業を自主的な制裁に参戦させ、ロシアの恐喝に腰の引けた指導層の姿勢を転換しつつある。

それらはウクライナ政府への支援やロシア政府への経済制裁に繋がっている。しかも先日ロシアに内乱鎮圧を支援してもらったカザフスタンだけでなく、ベラルーシですら参戦を躊躇する事態にまでになっている。

経済制裁を受け、ロシア最大の経済団体首脳と対策を協議するプーチン氏(2日、ツイッターより)

一方でロシア側は西側諸国を中心とする国際世論における優勢も失い、経済的にも軍事的にも出血を重ねており、残る優位性である機甲戦力と火砲と航空戦力を使った「力押し」に傾斜している。換言すれば戦術レベルでのゴリ押しだ。実際、ロシア側は都市に対する無差別攻撃を拡大させている他、残る優位性であるNBC(核・生物・化学)兵器の使用やウクライナ国外への戦線拡大すら危惧されている。

これを総括すれば物量の不利を作戦術で巧みに戦う一寸法師のウクライナ軍、それに力押しで押し込もうとする「粘土足の巨人」のロシア軍という構図になる。

『時間』を巡るロシアとウクライナの戦争

これは軍事的な視点だが、さらに大きな視点で眺めた時、戦争全体の構図はどのようになっているのか?それは結論から述べれば両国は『時間』を争っている

時間軸で眺めた場合、短期的には作戦術を活用するウクライナが優勢だが、中期的に補給が回復すれば(出来ればだが)軍事的な地力で勝るロシアが優勢になるだろう。一寸法師にも疲労は来るし、決定的打撃には弱いからだ。しかし長期的には泥沼の消耗戦と経済制裁で苦しむロシアが不利な状況だ。

そのため、ウクライナ側はロシアの兵站を寸断し、士気を叩いてロシアの戦力発揮による優勢獲得を永遠に遅らせようとしている。その上で、宣伝戦によって露への制裁を強化させ、かかることによりロシアの発生する将来的な不利を中短期的に発生するように早めようとしている。

つまるところロシア側は経済が崩壊する前に補給を回復し、大軍大兵力の優位性を発揮してウクライナの物心の抵抗力を粉砕しなければならないウクライナ側はロシアの兵站と補給が回復する前にロシア経済なりプーチン政権が崩壊するか、その危機に追い込まれて撤兵させないと負ける

しかしここで事態をややこしくするのは、NATO諸国指導部、特に米バイデン政権の考えだ。こうした時間軸をNATO諸国から眺めた場合、キエフが陥落したとしても残る西部地域での抗戦(かつてのアフガニスタンの北部同盟のように)、さらには全土が占領されたとしても、ポーランドに樹立する亡命政権を中核としたウクライナ全土でのゲリラ戦や抵抗運動によってロシアに対する消耗戦を継続できる。バイデン政権からすれば、ロシア経済なり体制の崩壊まで「時間的余裕」がある。

24日、イタリア・ドラギ首相と会談するバイデン大統領(米ホワイトハウス公式ツイッター)

バイデン政権としては第三次世界大戦のリスクを冒すよりは、ウクライナの長期的な善戦に期待できてしまう構図があるのだ。だからこそゼレンスキー大統領は米英日の各国における議会での演説等によってそれをひっくり返そうとしている。

このようにNATO諸国とウクライナ政府、そしてロシア政府は『時間』を巡る争いをしており、ウクライナ政府とそれを支援するNATOには齟齬が生まれているのだ。

つまりそれぞれが相手の破滅的状況を自分たちよりも早期に引き起こすべく、努力を重ねている構図だ。

これは圧倒的に物量で自衛隊に勝り、質でも長足の進歩と改革を継続している人民解放軍の脅威にさらされている日本にとって学ぶべき構図だ。日本が明日のウクライナにならないためにも、神学論争に堕した改憲論でも、戦術や兵器論になりがちな防衛論でもなく、どのように戦争に政治的に勝利するかを議論するべき時がきている。

 
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