ウクライナ紛争の遠因は、政治的歴史論とソ連解体時の外交的失敗
【連載】八幡和郎『タブー排除!ホンネで論じるウクライナ問題』(前編)- ウクライナ紛争で一方が全て正しいのか?両国の本音と利害をえぐる
- 両国の歴史を概観。「歴史観は政治的な立場で創られる」と八幡氏
- ソ連解体後の「無理」がたたったのも遠因。責任はロシアだけなのか?
ウクライナ紛争ほど、誰がどうして戦争にしてしまい、誰がこれからどうしたいのか理解に苦しむ話はない。両国の国益はそれほど深刻に対立するようなものでないし、落とし所の見当もつくのに、凄惨な戦争になって、世界経済にも大打撃を与えている。

日本のマスコミでは独裁体制のロシアが民主主義的なウクライナを圧迫してきたという歴史観で両国関係をとらえようとしているが、それは正しくない。
今回のプーチンの軍事行動は、真珠湾攻撃が暴挙であるのと同じように弁解出来ないが、これまでの経緯についてウクライナ側の言い分がすべて正しいわけでもなく、米国やEUが無用にロシアを追い込んだともいえる。本稿では、分かりやすく、対立の大きな構図と、当事者それぞれの本音と利害は何かを、大胆に単純化して説明しようと思う。
前史:ロシアとウクライナの成り立ち
ロシアとウクライナは、キエフ大公国をルーツとする兄弟国家で、兄貴分はウクライナだと思っている人がいるが、それは間違いだ。ロシア国家は、キエフ大公ウラジーミル1世がギリシャ正教に改宗し、ロシア、ベラルーシ、ウクライナを含むキリスト教王国となって成立した(988年)。先祖は、ノブゴロド(ロシア西北部)でスラブ人から王に推戴されたルーリクというバイキングだ。一族を各地に諸侯として封じたが、キエフの権威は低く群雄割拠だった。ただ、キエフ大主教はロシア正教のトップとして君臨した。

そこへ、東からモンゴルが侵入し、モスクワやキエフまで征服した(1240年)。一方、西からは、ドイツ騎士団が十字軍の延長で侵入してきたが、北ロシアにアレクサンドル・ネフスキーという英雄が出て、ドイツ騎士団を破り(1242年)、モンゴル人のキプチャク汗国(ジョチ・ウルス)に臣従して北ロシアを統括した。
これがモスクワ大公となって全ロシアのツァーを名乗り、モンゴルの宗主権を否定しその支配下にあった南の草原に進出した。そして、キエフ大主教も200キロほど東のウラジーミル(1299年)を経てモスクワに移ってきた(1328年)。
このころ、ドニエプル川中流では、トルコ人や正教徒の逃亡農民からなるコサック(満洲の馬賊に似た騎馬武装集団)が跋扈し、その長の称号を冠してヘーチマン国家と呼ばれるようになった。

彼らはカトリックのポーランドに属していたが、1654年に正教徒のロシア保護下に鞍替えした。しかし、18世紀前半、ピョートル大帝の「大北方戦争」でマゼッパというヘーチマンがスウェーデンに付いて敗れ、自治を徐々に制限された。
18世紀後半の、エカテリーナ2世は、クリミア汗国を滅ぼし、さらに、黒海沿岸を西に進んでオスマントルコからオデッサ地方を獲得し、1764年には、ヘーチマン制度も廃止して中央集権化を進めた。
西欧で小領邦群立から国民国家に移行していったのと同じ過程だが、19世紀に起きた民族主義運動では、ヘーチマン国家の記憶を「自由で平等なコサック社会」という伝説に使ったので、ロシア政府に抑圧された。
政治的な立場で見方が異なるウクライナ史
ウクライナが本格的な独立国家だったことはない。言語もロシア語と同じ東スラブ語群に属し、中国語とウイグル語やチベット語のような違いはない。ただ、14~17世紀にポーランドに支配されたのでその影響が残り、別の言語と扱われている。
つまるところ、歴史観にせよ言語にせよ、政治的に独立性を強調したい人がその手段として独自性を強調しているので、たとえて言えば、薩摩藩の歴史や文化の独自性を西郷隆盛か大久保利通のどちらの立場でみるかみたいな話だ。
チャイコフスキーの曾祖父は前述のマゼッパの乱のときにロシア側で活躍したコサック幹部でロシアの英雄となったが、父祖の地としてのウクライナを愛し、「交響曲第二番・小ロシア(ウクライナの別称)」を作曲している。
ロシア革命のあと、ウクライナなどで民族主義者による独立の動きもあったが、結局、ソ連を15共和国の連邦国家として統一を維持した。ただし、民族や領域の区分はたいてい人工的で歴史の裏付けはなく、ロシア人が多数派の地域も多く囲い込まれた。ウクライナもヘーチマン国家の領域だけでなく、ロシアがモンゴルやトルコから奪いロシア人が多数派の地域を広く含むことになった。
スターリン体制初期の1931~32年に、農業集団化の過程での政策失敗で、穀倉地帯でホロドモールといわれる大飢饉が起こり、ウクライナでは最大の餓死者を出した。ただし、カザフスタンや北コーカサスのほうが餓死者の比率も高く、ウクライナ政府が主張する「ウクライナ人を狙い撃ちにしたジェノサイド」というのは根拠がない。

一般論としてソ連では極端な民族主義は排除され、ロシア人への優遇もなく、民族融和に成功していたのは、長所のひとつだった。また、第二次世界大戦では、ウクライナは戦場となり悲惨な目にあったが、ウクライナ側からはナチスへの協力者も多く出たとロシアは主張し、しこりとなり、今回の紛争の遠因でもある。
戦後は、ロシア生まれだが幼少期にウクライナに移ったフルシチョフやウクライナ生まれのブレジネフが権力についたので産業開発などで非常に優遇され、フルシチョフ時代にはロシアから併合300周年ということでクリミアをお手盛りで移管された。
ソ連解体後の「無理」がたたった
ソ連解体は、第二次世界大戦中にソ連に併合されたリトアニアが離脱宣言したのが最初だが、大きな流れになったのは、ロシアのエリツィン最高会議議長が、ソ連のゴルバチョフ大統領との権力闘争の一環としてウクライナ、ベラルーシとともに離脱宣言してからで、ソ連解体はロシア支配からの少数民族の離脱だったともいえない。

むしろ、核を含む巨大な軍事国家の解体であわてたのは西側で、核兵器が各国に分散しては大変というので、米英仏中が安全を保証するという代わりにウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに放棄させロシアに集中させるブダペスト覚書が結ばれた。
それでも、ウクライナは分不相応な通常兵器と技術を引き継ぎ、大きな財政負担に苦しんだこともあって、世界の平和を乱すようなかたちで兵器や技術の輸出を行った。日本周辺でも中国に空母を売るなど軍事力の飛躍的発展を助け、北朝鮮のミサイル技術の飛躍も主としてウクライナからの技術流出の結果であることを忘れてる日本人は脳天気だ。
また、黒海の海軍は両国で分割されたが、母港であるクリミアのセバストポリはウクライナ領を期限つきで租借することになった。このあたりは、クリミアをロシアに返還させるとか永久租借にでもした方が無理がなかった。

また、独立したウクライナなど各共和国では、ロシア語の使用制限や少数派であるロシア人抑圧が行われ、ラトビアでは市民権を与えなかった。カザフスタンでアルマータから北部のヌルスルタンへ首都移転されたが、これは、ロシア人比率の高い北部地域の分離を予防するためだった(参照:拙著「世界史が面白くなる首都誕生の謎 」知恵の森文庫)。
このように、ソ連解体時においてエリツィンの個人的野心に基づく性急さで、ロシアやロシア系住民にとって普通なら受け入れるはずがない不利な条件で15の新国家が成立したことも問題の根底にある。
そして、さらに、NATOやEUの拡大、ウクライナやジョージアにおける政権転覆工作など内政干渉で、ロシアをさらに追い込んだことに、相当な無理があった。もちろん、最初に開戦したロシアが国際法に違反することは当然だが、外交が平和を守るための技術だとすれば、欧米もウクライナもこの戦争に重大な責任があると思う。
次回は、どうして、そのような誤りを犯したかも含めて、今回の開戦と和平の遅れの裏側を各国別に明らかにしたいと思う。(後編はこちら)
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