ロシアは何を見逃していたのか?ルトワックの「逆説的論理」で考察する

ウクライナ善戦をもたらした「5つのリアクション」
地政学・戦略学者/国際地政学研究所上席研究員
  • アメリカの戦略家ルトワックの「逆説的論理」を元にウクライナ情勢を分析
  • ロシア軍の苦戦に、プーチン大統領が見逃していたウクライナ側のリアクション
  • 奥山氏、具体的に5つのリアクションを指摘
廃墟となったウクライナ南部のムィコラーイウの街(ウクライナ国防省ツイッターより)

ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まってから、とうとう1か月が過ぎた。 戦況は膠着状態に陥っており、全体的な報道を見ると、ロシア側の苦戦とウクライナ側の善戦が伝えられている。ところが今後の事態がどうなるのかについては、専門家や研究者たちにも正確に予測するのは難しい。そもそも戦争というのは実にやっかいで複雑な現象であるからだ。 しかしこのような複雑な現象について、俗に「戦略家」と呼ばれるような人々、またはそのような感覚を持った人々は、全体的な戦況や国際政治環境について、すでにいくつかの興味深い視点を提供している。

ルトワック氏(DLuttwak /Wikimedia CC BY-SA 3.0)

「パラドキシカル・ロジカル」で戦況を眺める

そこで今回は、アメリカの戦略家であるエドワード・ルトワック(1942年〜)の代表的な論理である「パラドキシカル・ロジック」(逆説的論理)を元にウクライナ情勢を分析したい。 ルトワックは、意思を持った者(アクター)同士が互いに相手を出し抜き殺し殺されないようにすることによって状況がダイナミックに進展するというメカニズムを「パラドキシカル・ロジック」(逆説的論理)と定義づけた。 これは実に画期的な論理なのだが、概念としては非常にわかりづらいものであるため、私が人に説明する際には「アクションとリアクションがある」とすることにしている。これにより、戦争や戦略における「敵対する二者の決闘」という本質がわかりやすくとらえられる。この「アクションとリアクション」という観点から、ウクライナ情勢を戦争前にさかのぼって検証したい。

8年前とは違っていたウクライナ軍

今回の紛争が始まる前から発生していたにもかかわらず「見逃されていたリアクション」として挙げられるのが「ウクライナの準備」である。 専門家の間ではほぼ常識であるが、ウクライナは2014年のクリミア半島や東部のドンバス地方へのロシア軍の侵攻以降、今回の侵攻が始まるまでにすでに8年に渡って実質的に戦争状態にあった。国土防衛隊を組織し、次なる侵攻に備えて軍全体を大改革している。 北大西洋条約機構(NATO)に所属する国々はこれをきっかけに、当時ボロボロだったウクライナ軍に対して軍事顧問団を派遣して軍の訓練に当たってきた。実に300人を超えるウクライナ軍の士官たちがアメリカの軍事教育機関に留学しており、カナダのような国までがウクライナの治安部隊に訓練を行っていたほどだ(参考:カナダ政府「UNIFIER作戦」)。 つまりウクライナは、2014年の侵攻というロシアのアクションを受けて、その「リアクション」として次の侵攻に(西側からの援助を含めて)綿密に備えていたのである。 こうしたウクライナの「リアクション」を軽視していたプーチン大統領は、今回の侵攻が始まる前の時点ですでに失敗を犯していた、と言える。

プーチン大統領(ロシア大統領府サイト)

ロシアが見逃した「5つのリアクション」

さらに2月24日にいざ戦争が始まってからも、「見逃されていたリアクション」があったことが発覚している。いくつか挙げられるが、以下では簡潔に5点ほど指摘しておきたい。 第一に、「ウクライナ軍と市民の抵抗が予想以上に激しかった」というものだ(参考:毎日新聞「侵略者にウクライナ市民抵抗」)。多くの報道がこの点を指摘しているが、これによってプーチンは短期決戦という当初の計画を変更せざるを得ず、ロシア軍部の発表にもその焦りが見える報道が出てきている(参考:テレビ朝日「ロシア軍作戦変更」)。 第二に、EUやNATOの結束だ。ロシアによるウクライナへの侵攻、そしてマリウポリの無差別都市攻撃に見られるウクライナ市民の被っている惨状や人道危機などにより、バイデン大統領が先日「NATOはこれまでにないほど結束している」と述べた通りの状態を実現している(参照:朝日新聞)。たとえば欧州をはじめとする世界の金融機関によるロシアに対する経済制裁(SWIFTからの排除など)が予想以上に素早く決定したことも「リアクション」だが、こうしたリアクションをロシアがどこまで予期していたか。 個別に見ても、ドイツが当初の自省的な態度から一変させてウクライナへの対戦車兵器や対空兵器を供給や、国防費2%以上への増額決定、フランスがトルコやギリシャとマリウポリの人道支援をトルコやギリシャと共に決定したことなどが挙げられる。いずれも今回のロシアの「蛮行」に恐怖を感じた他の国々による「リアクション」であり、各国の結束は侵攻前よりも断然、高まった。 ちなみに国際関係論ではこのような脅威を受けた国が対抗するためにとる行動を「バランシング」(balancing)と呼ぶ。

プーチンが取る「あらゆるリアクション」とは

第三に、ロシアが化学・生物学兵器を使用する可能性があるということだ。戦場で失敗が見えつつあるプーチン率いるロシア軍だが、英語圏のメディアでは「角に追い詰められたプーチン」(Cornered Putin)というタイトルの記事でも説明されているように、「必死になったプーチンはあらゆる手段を使う」という意味で事態をエスカレートさせる可能性が高まっていることを指摘している。 これはウクライナと、それを支援する西側の「成功」というアクションが、プーチンに「リアクション」という形で危険な手段を考えさせていることになる。

2018年、モスクワの軍事パレードで披露されたロシア軍の核ミサイル(rusm /iStock)

第四に、負けつつあるロシアが、今回の軍事的失敗を受けて教訓を学ぶということだ。これまでの歴史を振り返っても、ソ連時代を含めたロシアというのは戦場での敗北をすぐさま教訓に変えて、長期戦になると終盤で相手よりもうまい戦い方をするような順応性を持っていることがわかっている。 もちろん軍が短期で完全に崩壊してしまえばその教訓は活かされないわけだが、ロシア軍もやられっぱなしではない。長期化すれば「学んだロシア軍」はウクライナや西側にとって脅威となる。

ヒトラーに化けたプーチン

第五に、フランスのマクロンが5月の大統領選挙において再選確実になっていることだ。これはもちろん、現職のマクロン大統領がプーチン大統領との連続電話会議などを通じてEUの首脳たちの中でも存在感を示していることが最大の理由ではあろう(参考:The invasion of Ukraine has helped entrench Emmanuel Macron)。 だが同時に選挙のライバルとなるはずだった候補者たちが戦争開始前までプーチンを絶賛していたことが、マクロンの再選を確実なものにさせている。右派として名をはせたマリーヌ・ル・ペン候補にいたっては選挙パンフレットにプーチンと握手していた写真を掲載していたが、印刷していた120万部の回収に追い込まれた

ルペン氏とプーチン氏の握手シーンを報じる英ガーディアン

つまりマクロンのような中道派に対抗する形で保守、もしくは極右的な政策を標榜していたフランスの大統領選の候補者たちも、自分たちが目指すべき「理想のアイドル」として持ち上げていたプーチンが「ヒトラー」に化けてしまったために非難せざるを得なくなり、結果的に現職のマクロン大統領を極めて有利にしてしまったのだ。 プーチンのウクライナ侵攻という「アクション」は、このような多くの「見逃されていたリアクション」を引き起こしたのだ。 後半では、戦争後に起きかねない「見えないリアクション」について考える。(続きはこちら

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